溺れる鳥と飛びたい魚
いつまでもタオルだけ、というわけにもいかないので、氷魚は自分の服をヒタキに着せた。白いTシャツとスウェットのズボン。
浴室と台所から、寝室代わりの和室に場所を移し、布団を座布団代わりにして座ってもらう。近くの自販機で買ってきたペットボトルを傍らに置いて、向かい合わせで腰を下ろした。 氷魚は自分用に買ったお茶の蓋を捻って開き、口元まで運びかけてヒタキに目を止める。
掌サイズのペットボトルを両手で持ち上げて、中身の液体を不思議そうに眺めている。人魚が何を口にできるのか見当も付かなかったのでリンゴジュースを選んだのだが。
軽く揺すってみたりしながら、ちらりと氷魚の手元を見たのに気付く。
「ここを握って、こう回すんだよ」
お茶を見本にしてやってみせる。ヒタキは氷魚を真似してみるが、上手く行かなかった。
「最初だけちょっと硬いんだよ。貸して」
ヒタキの手からペットボトルを受け取って一捻りし、また戻す。
回すだけだよ。と教えると、蓋を指で摘まんで何度か回す。
蓋が開くと、何だかとても嬉しそうに両手のそれを眺めている。
「飲んだらまたそれをかぶせて、さっきと反対に回して閉めるんだよ。――それ、飲める?」
氷魚が聞くと、ヒタキは首を傾けてペットボトルに口をつけた。そっと、軽く傾ける。その姿を固唾を飲んで見守る。
口に含まれた少量の一口が、白く細い首の喉元を通り過ぎていく。
ヒタキの表情と動きで、それがわかる。
浮かんだ穏やかな笑みに、氷魚はほっと息をついて、自分のお茶に口をつけた。
そして改め、何を聞こうか。と考える。
疑問はたくさんある。分からないことも多い。
だけど――と、氷魚は思案する。
「身体に変化とかない? 嫌な感じがしたら、すぐに言ってね」
頷きながらも、興味深そうにリンゴジュースを飲むヒタキに声をかける。
見た目的な異変はなさそうだが、と注意深く見守った。
「――それで、陸には何かの用事?」
散々考えあぐね、出てきた精一杯の問いかけ。
ヒタキはぴたりと動きを止める。わずかに伏せられた瞼の奥で、視線がふらりと彷徨った。 氷魚が首を傾げると、ヒタキはおずおずと目線を上げる。
深海のような瞳の色が、窓から入るわずかな日の光で、水面のような色に変化していく。そのわずかな変化に、氷魚の目は釘付けになった。
気がつけば、その瞳がじっと自分を映していることに気付いて、氷魚は少したじろぐ。
「あ」
と、小さく開いたヒタキの口が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
――い、た、
「かった。から……」
開いた? 空いた? 買った?
途切れ途切れに紡がれた言葉が散り散りになって、戸惑う。
あいたかったから。
もう一度反芻して、咀嚼する。
昨日の会話も脳裏を掠め、ようやく言葉の意味を理解できた。
「――そっか。会いに来てくれたんだ」
ふんわりと氷魚が笑みを浮かべたので、ヒタキはほっと表情を和らげる。
「ありがと」
そう言って、氷魚はヒタキの頭に手を伸ばす。柔らかい髪を撫でた。
氷魚にとっては無意識下の行為だ。我に返った時には、ヒタキが心地良さげに目を閉じているので、このままでいいか。と、そう思った。
浴室と台所から、寝室代わりの和室に場所を移し、布団を座布団代わりにして座ってもらう。近くの自販機で買ってきたペットボトルを傍らに置いて、向かい合わせで腰を下ろした。 氷魚は自分用に買ったお茶の蓋を捻って開き、口元まで運びかけてヒタキに目を止める。
掌サイズのペットボトルを両手で持ち上げて、中身の液体を不思議そうに眺めている。人魚が何を口にできるのか見当も付かなかったのでリンゴジュースを選んだのだが。
軽く揺すってみたりしながら、ちらりと氷魚の手元を見たのに気付く。
「ここを握って、こう回すんだよ」
お茶を見本にしてやってみせる。ヒタキは氷魚を真似してみるが、上手く行かなかった。
「最初だけちょっと硬いんだよ。貸して」
ヒタキの手からペットボトルを受け取って一捻りし、また戻す。
回すだけだよ。と教えると、蓋を指で摘まんで何度か回す。
蓋が開くと、何だかとても嬉しそうに両手のそれを眺めている。
「飲んだらまたそれをかぶせて、さっきと反対に回して閉めるんだよ。――それ、飲める?」
氷魚が聞くと、ヒタキは首を傾けてペットボトルに口をつけた。そっと、軽く傾ける。その姿を固唾を飲んで見守る。
口に含まれた少量の一口が、白く細い首の喉元を通り過ぎていく。
ヒタキの表情と動きで、それがわかる。
浮かんだ穏やかな笑みに、氷魚はほっと息をついて、自分のお茶に口をつけた。
そして改め、何を聞こうか。と考える。
疑問はたくさんある。分からないことも多い。
だけど――と、氷魚は思案する。
「身体に変化とかない? 嫌な感じがしたら、すぐに言ってね」
頷きながらも、興味深そうにリンゴジュースを飲むヒタキに声をかける。
見た目的な異変はなさそうだが、と注意深く見守った。
「――それで、陸には何かの用事?」
散々考えあぐね、出てきた精一杯の問いかけ。
ヒタキはぴたりと動きを止める。わずかに伏せられた瞼の奥で、視線がふらりと彷徨った。 氷魚が首を傾げると、ヒタキはおずおずと目線を上げる。
深海のような瞳の色が、窓から入るわずかな日の光で、水面のような色に変化していく。そのわずかな変化に、氷魚の目は釘付けになった。
気がつけば、その瞳がじっと自分を映していることに気付いて、氷魚は少したじろぐ。
「あ」
と、小さく開いたヒタキの口が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
――い、た、
「かった。から……」
開いた? 空いた? 買った?
途切れ途切れに紡がれた言葉が散り散りになって、戸惑う。
あいたかったから。
もう一度反芻して、咀嚼する。
昨日の会話も脳裏を掠め、ようやく言葉の意味を理解できた。
「――そっか。会いに来てくれたんだ」
ふんわりと氷魚が笑みを浮かべたので、ヒタキはほっと表情を和らげる。
「ありがと」
そう言って、氷魚はヒタキの頭に手を伸ばす。柔らかい髪を撫でた。
氷魚にとっては無意識下の行為だ。我に返った時には、ヒタキが心地良さげに目を閉じているので、このままでいいか。と、そう思った。
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