溺れる鳥と飛びたい魚
水着のような物を身に纏い、濡れた髪を重たそうに掻き上げる。勝ち気な瞳をした美女は氷魚を見据えた。
にっこりと口元に笑みを浮かべているが、瞳はじっと氷魚を睨むように見つめている。
「…………」
ヒタキは口をぱくぱくと、苦しげに動かす。
美女はヒタキの方に優しく微笑みかけて、傍に屈み込んだ。
そして、氷魚には分からない言葉で会話を始める。
発語も、声すら認識できないけれど、ヒタキの表情からあまりいい会話のようには思えなかった。
状況を分析するに、おそらく彼女も向こうの住民なのだろう。と氷魚は仮定する。
ヒタキの視線が氷魚に送られていることに気付く。まるで助けを求めているかのように感じられて、手を差し伸べずにはいられなかった。
半ば間に割り込むようなカタチで、困った様子のヒタキと美女の間に割り込んでは見たものの、だ。
「――えっと、……困ってるみたいだから、さ」
「……」
彼女はじろりと、氷魚を下から上へと品定めするかのように見聞し、表情を歪めた。
「さっきから、アナタはなんなの?」
溜息交じりに侮蔑をあらわに問いかけてくる。
「人間のくせに、この子や私たちをどうしようっていうの」
「……君こそ、ヒタキの――この子の何?」
「こちらの言葉で言うなら、家族よ。それ以上のことは、アナタには関係がないわ。アナタこそ何なの」
何か、と問われて氷魚は言葉に詰まる。
自分たちの関係は一体なんなのだろうか。
「……友達、なのは確かだよ」
その返答の頼りなさを嘲笑うように、彼女は表情を歪めた。
「話にならないわね」
「ヒタキをどうする気?」
「連れて帰るのよ、海に。決まっているでしょう。陸は、ワタシたちが暮らす場所じゃないんだから」
「それを決めるのは、ヒタキなんじゃないの」
睨みつけてくる彼女の視線を受け止めて、氷魚は小さく息をつく。
そんな氷魚の腕を引く感触があった。振り返らず、その手を取って握る。
「氷魚……」
ヒタキの縋りつくような声に、氷魚は握ったヒタキの手を優しく離す。
「ヒタキが海に帰りたいなら、海に帰っていい。俺のところに一緒に帰るなら、それでもいい。ヒタキの好きにしたらいいんだ」
そう言って、再度彼女の方に向き直る。
「けどそれを、俺は別に今決めなくたっていいと思ってるよ」
「……アナタに何ができるの」
「俺はヒタキと一緒にいるだけだよ。――心配なら、君も来る?」
「お断りよ」
はねのけるようにきっぱりと彼女は言って、ふいと海の方へと向き直る。
「……今日は帰るわ。またすぐに迎えに来るからね」
ヒタキの方にそう言い残して、彼女は海へと飛び込む。
波の中に消えるように、大きな魚の鰭が翻った。
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