溺れる鳥と飛びたい魚


「起きた?」
 襖を開けると、身体を起こしてきょろきょろと辺りを見渡すヒタキの姿があった。
 敷居を跨いで後ろ手に襖を閉める。
 まだぼーっとした様子のヒタキの傍に膝をついて、その額にもう一度掌を当ててみる。
「身体はつらくない?」
 訊ねるとうつろな様子と緩慢な動きでこっくりと頷く。
 氷魚は眉を下げて、笑って見せた。
「今日は、ゆっくりしよう。眠かったら、まだ眠っていてもいいよ」
 言いながら頭を撫でて立ち上がろうとすると、服の裾を引っ張られる。
「起きる……」
「いいよ。無理しなくても」
 ふるふると首を振る。
「……やだ」
 囁くような声だった。ヒタキが出した小さくも確かな、初めての意志の主張に、氷魚は驚く。
 驚きながらも、見下ろしたヒタキは胸で浅く呼吸を繰り返しながら、蒼白い顔をしている。もとより、血色がいいとは言えない方だがそれにしても万全とは思えない。
「どうして?」
 もう一度、傍に膝をついて聞いてみる。
「氷魚が、いないのは、いやだ」
 ゆっくりと浅い呼吸を繰り返しながら、ヒタキはあえぐように言い、何度も首を振る。
 氷魚は少し狼狽えながらも、ヒタキの肩をなだめるように優しく叩いた。
「そっか、うん。わかった。――ここにいる。ヒタキの傍にいるから。だから、ゆっくり休んで。まだ身体つらいよね?」
 ヒタキは首を振ろうとしたが、その振る舞いは先ほどよりも酷く弱々しい。すぐに項垂れてしまった。
「今日は、二人でゆっくりしよう?」
 そう言いながら、氷魚はヒタキを布団に優しく押し戻す。
 横たわるヒタキの肩に毛布をかけて、身体をさすりながら、優しく話しかける。
「昨日は急に連れ回しちゃったから。もう一度目を閉じて、ヒタキの目が覚めたら、のんびり話しをしよう」
 次第にヒタキの瞬きが重たくなっていくのを穏やかに見守った。
 閉まったままのカーテンから、外の日差しが明るく透けている。その向こうに見えない景色を、ぼんやりと氷魚は思い浮かべて微笑む。
 眉間に皺を寄せて瞳を閉じて眠るヒタキの裾を掴んだ手を、指でとんとん、と優しく叩く。そっとその拳の下に掌を滑り込ませて、拳を包むように握ってみると、険しい表情が見る見る綻んでいくようだ。
 呼吸が深くなっていくのを目視で感じながら、ほっと息をつく。
 氷魚はこみ上げてきた欠伸を一つ噛みしめた後、大きな欠伸を漏らした。
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