海へ出る

 一泊旅行の帰り電車に乗った俺たちは、寄り道をしようと途中下車する。
 京都を後にして、俺たちは日本一大きいという湖を眺めていた。

 昼食を取ってから、妙に体が軽く、昨日まで存在した嫌な眠気や不快感もない。
 爽快ですっきりとした、とてもいい気分だった。
 大きく伸びをして、ゆっくりと深呼吸する。
 眺める先はきっと行楽客で賑わっているのだろうけれど、遠目ではそれも見えない。

「なあ、早汽さわき
 俺は高瀬の下の名を呼ぶ。
 きっかけは今日の昼食の席。突然、高瀬が俺のことを名前で呼ぼうと言い出したのが発端だった。
 互いの名前を呼び合うことは、今までそうしなかったのが不思議なほど妙にしっくり来る。
「海ってなんだと思う?」
 目の前に見える大きな水溜まりが海ではないことは、俺にも分かっている。
 けれど、それと錯覚できるぐらいには大きく、思い込むことができそうだった。
「不自由。じゃ、ないかな」
 早汽は突拍子のない俺の問いに対し、真剣に考え込み、そう結論づける。
「……自由じゃなくて?」
 俺は自分の中に浮いていた答えと真逆のそれに疑問を呈した。
「水中では息ができないし、浮くのも沈むのも自由意志でままならないこともある。不自由じゃない?」
 至極真面目に、言われてみれば尤もらしく聞こえる返答に、俺はやや顔を引き攣らせて笑う。
「早汽、海嫌いなのか?」
「好きだよ。でも、泳ぐのが苦手なんだ。しゅうはどう?」
 返事は明快で、少し意外だった。
 何故だか、なんでもそつなくこなイメージがあったからだ。
「俺も普通……いや、そんなにかな」
「それじゃあ、俺が溺れても愁に助けは期待できないのか……」
 神妙な面持ち肩を落とす友人の様子に、虚を衝かれた。
 その様子が何故か妙に子供っぽく思えて、こんな奴だっけ? と思う。
 だが思い返してみれば、知り合ってまだ1ヶ月にしかならない。そのことに今更気が付いて、驚いた。
 
「安心しろって。一緒に溺れてやるから」
 あまりにもがっかりとする背中を、俺は軽く叩く。
 自分でも軽快な口ぶりだと感じた。
「……その言葉を忘れるなよ」
 睨むような視線と共に帰って来た言葉は、不穏な色をはらんでいる。
 俺は少したじろぐ。が、なんだか本当にそうなってもいいように思えて、大きく頷いて見せた。
「ああ。――よし! じゃあ夏休みには本当に海行こうぜ。国外もいいよな」
「うん、それもいいな」
 潮の匂いはしない冷たい風に吹かれ、暖かな日光を浴びながら、俺たちは新しい約束を交わした。
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