まぼろしのおかし
それはさながらホテルのビュッフェ会場のような場所でした。
私はそこに友人と一緒に立っていて、何か——食事……というよりは、食べ物を、物色していたのでしょう。
不確かで、おぼろげな記憶なのでさだかではありませんが、それは幾度目かのサーブによるものでした。
その表現が適正かどうかは判別しかねます。
要は、一度目ではなく二度目三度目以降の、『並べられた食べ物を物色しに行った際』という意味です。
一度目、二度目の記憶はありませんでしたが、その瞬間の私に『食事欲』というものがなかったのは確かです。
私が向かったのはデザート類の置かれた場所のはずでした。
詳細な記憶はやはりありませんが、そこにはあまり人がおらず、なぜだか広間の一角というには、どこか確立した部屋の一部。という感じがしました。
すぐ傍には部屋の壁、そして窓があり、大きな白いカーテンが垂れ下がっていました。
壁際にはアンティーク家具といった風情の大きな食器棚が並んでいました。
ですが、なぜか私の記憶にしっくりくるのは学校の理科室なのです。
少し薄暗く、垂れ幕を下げると部屋が真っ暗になる。あの様子が、本当になぜだかとても記憶にうまく収まるのでした。
垂れ下がったカーテンが重たい垂れ幕のようだったからでしょうか。
白いカーテンだと思っているものが、本当はテーブルクロスとごっちゃになっているから、なのでしょうか。
ですが、見たものは洋間の一室でした。それに間違いはありません。
細長く大きなテーブルが置かれていました。私はその近くにいました。
そのテーブルに、求めていたデザートが置かれていたんだと思います。
私は友達と真っ白いテーブルクロスの上に置かれた、少し大きな銀の食器に近付きます。
銀色だったのは、食事を覆う丸い蓋のようなあれです。クローシュというようです。あとになって、調べて知りました。
「開けていいのかな」
「いいんじゃない?」
そんな会話をしたような気がします。
思ったよりも軽いクローシュというそれを持ち上げると、少し高さのあるケーキスタンドの上に、黄金色の丸い洋菓子が綺麗に並べられていました。
それは見た目はマドレーヌに似ていて、しかしふっくらとしたパンのようでもあり、中身もわからない見たことのないお菓子でした。
私はその時、決してそれを「食べたい」と思ったわけではありませんでした。
見た目から想像できる味や食感は、私が求めているものではない。と脳が判断していました。
ですが、私はそれを手に取りました。
周りに他にデザートが無かったのです。
私たちはそれを、本当に食べてもいいものかわからないまま手に取ったのを覚えています。
少し人目を潜むように。こそこそとしたのを。
しかし、周りに人はいませんでした。
こっそりと一つ、盗むようにそれを取って私たちはカーテンの後ろに隠れました。
そのお菓子はふんわり柔らかそうでいて、両手の平で抱えるぐらいの大きさです。コンビニの肉まんよりは、少し大きいぐらいでしょうか。
口に運ぶとそれは、想像になかった食感でした。周りはサクサクとさっくりのちょうどいい気持ちのいい歯ごたえで、中はふんわりと軽くて温かい。くどくもなければ、べた付くようでもない。ほのかなバターの香りと卵の味が口の中いっぱいに広がって、しゅわりと消える。そんな、驚くほど美味しいお菓子でした。
もしかすると、記憶が美化されて誇張表現になっているかもしれません。
夢のようなお菓子だったのです。と、言うと、偽りになってしまうのが残念なことです。
「おいしい!」と、感じた瞬間に、私は目を覚ましたからです。
口の中にはあの温かさと、甘さや一口目のさくっとした感触が残っているようでしたのに。あのお菓子の名を、存在を、私は今も知りたいと思っています。
私はそこに友人と一緒に立っていて、何か——食事……というよりは、食べ物を、物色していたのでしょう。
不確かで、おぼろげな記憶なのでさだかではありませんが、それは幾度目かのサーブによるものでした。
その表現が適正かどうかは判別しかねます。
要は、一度目ではなく二度目三度目以降の、『並べられた食べ物を物色しに行った際』という意味です。
一度目、二度目の記憶はありませんでしたが、その瞬間の私に『食事欲』というものがなかったのは確かです。
私が向かったのはデザート類の置かれた場所のはずでした。
詳細な記憶はやはりありませんが、そこにはあまり人がおらず、なぜだか広間の一角というには、どこか確立した部屋の一部。という感じがしました。
すぐ傍には部屋の壁、そして窓があり、大きな白いカーテンが垂れ下がっていました。
壁際にはアンティーク家具といった風情の大きな食器棚が並んでいました。
ですが、なぜか私の記憶にしっくりくるのは学校の理科室なのです。
少し薄暗く、垂れ幕を下げると部屋が真っ暗になる。あの様子が、本当になぜだかとても記憶にうまく収まるのでした。
垂れ下がったカーテンが重たい垂れ幕のようだったからでしょうか。
白いカーテンだと思っているものが、本当はテーブルクロスとごっちゃになっているから、なのでしょうか。
ですが、見たものは洋間の一室でした。それに間違いはありません。
細長く大きなテーブルが置かれていました。私はその近くにいました。
そのテーブルに、求めていたデザートが置かれていたんだと思います。
私は友達と真っ白いテーブルクロスの上に置かれた、少し大きな銀の食器に近付きます。
銀色だったのは、食事を覆う丸い蓋のようなあれです。クローシュというようです。あとになって、調べて知りました。
「開けていいのかな」
「いいんじゃない?」
そんな会話をしたような気がします。
思ったよりも軽いクローシュというそれを持ち上げると、少し高さのあるケーキスタンドの上に、黄金色の丸い洋菓子が綺麗に並べられていました。
それは見た目はマドレーヌに似ていて、しかしふっくらとしたパンのようでもあり、中身もわからない見たことのないお菓子でした。
私はその時、決してそれを「食べたい」と思ったわけではありませんでした。
見た目から想像できる味や食感は、私が求めているものではない。と脳が判断していました。
ですが、私はそれを手に取りました。
周りに他にデザートが無かったのです。
私たちはそれを、本当に食べてもいいものかわからないまま手に取ったのを覚えています。
少し人目を潜むように。こそこそとしたのを。
しかし、周りに人はいませんでした。
こっそりと一つ、盗むようにそれを取って私たちはカーテンの後ろに隠れました。
そのお菓子はふんわり柔らかそうでいて、両手の平で抱えるぐらいの大きさです。コンビニの肉まんよりは、少し大きいぐらいでしょうか。
口に運ぶとそれは、想像になかった食感でした。周りはサクサクとさっくりのちょうどいい気持ちのいい歯ごたえで、中はふんわりと軽くて温かい。くどくもなければ、べた付くようでもない。ほのかなバターの香りと卵の味が口の中いっぱいに広がって、しゅわりと消える。そんな、驚くほど美味しいお菓子でした。
もしかすると、記憶が美化されて誇張表現になっているかもしれません。
夢のようなお菓子だったのです。と、言うと、偽りになってしまうのが残念なことです。
「おいしい!」と、感じた瞬間に、私は目を覚ましたからです。
口の中にはあの温かさと、甘さや一口目のさくっとした感触が残っているようでしたのに。あのお菓子の名を、存在を、私は今も知りたいと思っています。
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