あかにしずめる

 ふと、思いついたことがあった。
 ならばしてみようか。と調べて、辿り着いたのは少し小高いところにある広場。
 標高はそれほどでもない山の中だったが、登ってくるのには難だった。
 というのも、街乗り用のスクーターにしては荷が多すぎたからに過ぎない。
 けれども、だが。と息をつく。辿り着いてしまえばどうってこともない。
 人っ子一人いない広い場所で、景色の見下ろせる場所を陣取る。
 視界を遮らない程度に植えられた木々。
 見下ろす景色の中には、大きな川が流れているのが見える。その水辺を複数羽のサギや水鳥たちが点在している。
 微かに聞こえる車の走る音は遠く、風に揺れる木々と名と姿も一致しないであろう鳥の声ばかりが響く。
 軍手を着け、スクーターから荷を下ろす。目的のための道具を取り出した。
 足台のような簡易の折りたたみ椅子を置く。
 耐熱シートを敷き、その上に金属の板のような物を取り出す。複数の薄い板で作られたそれを広げ、箱状に組み立ててシートの上に置く。
 少し周りを見渡し、湿っていない落ちている細い木の枝や枯れた葉を拾い集める。松ぼっくりがいいと聞いたことがあるが、見当たらなかった。
 深く追い求めることはなく、さっと拾って戻ると、組み立てた箱の中に放り込む。
 途中のホームセンターで買ってきた段ボールを開け、椅子の隣に無造作に置く。
 ライターと箱の中の一本を取り出し、椅子に腰を下ろす。
 先ほど拾い集めた細枝や枯れ葉の中に突っ込むようにして、点火棒式ライターの着火口を差し込んだ。ピストルのような——本物など触ったこともないが——引き金を、指で引く。 少し重ための感触。
 だが、手応えはなく、カチカチと乾いた音がするばかり。
 何度となく引き金のようなスイッチを入れ、やがて望んでいた音と勢いが感触として指に伝わる。やがて視覚へと現れる。
 ゆるりと燻り、昇る灰色の一線。昇っていく過程で揺らいでぼやけながら、勢いを増していく。
 赤い熱と、焦げた臭い。
 新品の輝きを失った金属箱の中。積み上げた木っ端が、被せるようにサラサラと細かい粉になりながら、吹き付けた息によって舞い上がった。映す視界に、呼吸をしようとする器官に、入り込もうとする粉塵にむせ込みながら、顔を背ける。
 色を濃くした煙を払いのけるようにして腕を大仰に振りかぶり、咳き込みながら腰を上げた。
 灰色から逃れるように距離を取る。思わず空を振り仰いだ。
 黙々と立ち昇っていく灰色の靄。いずれこれも上空に辿り着き、頭上に浮かぶ雲になるのだろうか。そんな夢想を、足下に転がった枝と銀箱に捨てる。
 ただ青かったはずの空の色が今は褪せ、薄くなって雲との境界の判別がつかないような。曇り空にも近いような色合いの中、淡く橙の光が差している。その色が朱に濃くなるにつれ、遠く、遙か彼方で別れを告げている。
 すぐ足下では煌々と息づくかのように、ぱちぱちと音を立てて、あかが揺れていた。
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