「幕が下りた後のことは」


 いつからこの場所にいるのか。そんなことは皆目見当もつかないことだ。
 今日からのことかもしれないし、昨日からだったのかもしれない。若しくはもっと、ずっと以前——何年も前からになるのかもしれなかった。
 この場所は僕が小学生の頃に近所に建てられた、古いショッピングモールの中にあるシネコン。つまりは映画館だ。

 そして、僕はきっと、おそらくのことだが、死んでいるのだろう。
 有り体に言えばだから、僕はこの映画館に潜む幽霊ということになる。
 僕は昔から、ずっとここに通い詰めていた。毎日とは言えないが、頻繁に。
 高校生になりバイトを始めてからは、それまでの比にならないぐらい。ああ、やっぱり毎日だったかもしれない。
 だからもう、ここは僕の第二の家だと言ってもいいぐらいなのだ。
 馴染んだ場所にいつからいるのか、なんて数えているわけがない。
 映画が好きで、この場所が好きで、通い詰めていたこの場所にいることに、違和感も疑問もない。

 なんてことは、あるはずもなかった。
 目が覚めたらスクリーンを前にしていた。いつも選ぶ席に座っていて、エンドロールが流れているのが見えた。
 何度も観に訪れていたタイトルだったので、エンディングテーマも頭に刻まれている。今までにはあまり無いことだったけれど、うっかり寝てしまったのだと頭を掻いて悔やむ。
 せっかく頑張ってバイトをして買ったチケットを無駄にした気分だった。
 ため息をついて、劇場内が明るくなるのを待って、立ち上がる。
 立ち上がって振り返ると、観客はもう自分一人だけのようだ。劇場フロアの階段をエスカレーターで下り、ゲートを出て帰宅。——するはずだった。
 流れるように帰路を辿ろうとして、気づく。
 下りたはずのエスカレーターが目の前にあった。
 その先には通ったはずのゲートが。
 一度は、気のせい。ぼんやりとしすぎていたのだと思って、やれやれと同じことをもう一度行った。だが、結果は何度やっても同じ。
 僕はこの映画館の中から出られなくなったのだと気付いた。
 そのあと色々試しに歩き回り、シネマの中であれば動き回れること。ただし、入ったことのない場所には行けないことがわかっていった。
 でもだから、本当は自分がいつからこの場所にいるのかも知っている。
 映画館には上映中の映画のポスターが貼られているので。

 とはいえ、悲観しても仕方がない。
 理由を考えてもどうしようもなく、知るすべもなかった。
 何より、せっかくここにいるなら映画が観たい。
 僕はそれからずっと上映中の作品を文字通り梯子して、劇場内を巡った。
 最初はシアター1から順番に。
 しかし、劇場の上映時間は、1から順番になっているわけでは当然ない。
 だから、1から巡ったところで、嚙み合わないことも多かった。
 時間に限りがあるのかないのか、それすらも分からなかった僕は、なるべく効率よく上映中の作品を見られるように考え、スケジュールを練った。
 その時間も、もちろん楽しかった。
 今思えばそれでずいぶん気を紛らわせていたようにも、思う。
 けれど、時間は有限なのだと疑っていた時期はとうに過ぎ去った。
 それがいつだったのかも、もう本当に覚えていない。
 時間に限りがないのであれば、効率的な方法など必要ないのだと気付いて、やめてしまった。
 代わりに、別の方法で上映作品を巡ることにしたのだ。
 その方法が、シアターのすぐ隣。フロアから見える小さなゲームコーナーにある筐体に映し出されるサイコロだった。
 それは、ショッピングモールの開店と同時に転がり、止まると1~6までの数字がランダムに表示されるようになっていた。
 どういったゲーム機なのかは知らない。が、お金やコインを入れなくともサイコロは転がり、数字は表示される。
 この館内のシアター数はちょうど6つ。
 だからこれ幸いと、僕は作品を見終えるたびにゲーム機のサイコロの目数を確認しては、その数字のシアターを選んで作品を見る。
 作品がかぶることもあれば、上映のない数が当たることもある。
 それでもずいぶんと気休めになり、充分な慰みとなった。
 それももう時期に、終わる。
 毎日幾度となく回りつづけるサイコロ。減っていく上映数。剥がされていくポスター。
 否応なく感じさせられる幕引き。
 まるでエンドロールのような時間だった。
 サイコロを観るまでもなく、僕の観られる映画の数は狭まって、時間も開くようになった。長い。ひどく、長く感じられる空白。
 最期の上映を終えた日の翌日、館内は真っ暗で、時間になってもサイコロは映し出されない。
 エンディングテーマが鳴り止み、エンドロールが終わった瞬間のような。
 しん。とした、真っ暗な時間。
 僕は小さく慣れ親しんだゲートから劇場全体に拍手を贈る。
 一度頭を大きく下げると、ゲートの外へと足を踏み出す。
 おそらく向かう先は、真っ暗な闇の中だろうと知りながら。
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