まわる


 片付け忘れた蚊取り線香が出てきた。
 その渦巻きを眺めながら、ずいぶんと昔に見た渦潮の光景をぼんやりと思い浮かべる。
 逆巻く海流。その複数の渦。
 遠くからでも、迫力のある不思議な光景だった。
 あの渦に飲まれたらひとたまりもないのだろう。

「あの渦は海底にまで続いていて、落ちたら戻ってこられないよ」
 
 と、そう誰かに言われた気がする。
 そうだろうな、と思う。
 海底の底には光が届かず、暗闇が広がっているという。
 ならば海面で渦巻くそれは、ブラックホールというものにも似ているのかもしれない。
 渦というのは不思議なものだ。
 夏の時期になるとニュースの映像で見かける、ハリケーンや竜巻なんかもそうだ。
 きっと飲み込まれたら帰っては来られないのだろう。

 ぶつかり、流され、回り、巡り、飲まれて、消える。
 どの渦も自分には遠く、現実感がない。
 目の前に現れても、好奇心にあらがえずに飛び込んでみるなんてことは、きっとできないのだろう。
 それでも唯一、私が自ら飛び込める渦がある。
 自分の中に持つ、渦。
 いついかなるときも、私を翻弄し惑わし、誘い、飲み込もうとする、渦。
 けれども決して、飲み込んではくれない。
 どんなに暗転と消失を望もうとも、必ず日の光の下へと私を引きずり出し、繰り返す。
 そんなことを、渦巻く緑色を眺めながら思う。
 目に見える、一番身近な渦。
 飲み込んでくれない渦の存在をかき消したくて、季節外れのそれに火を付ける。
 先から赤く、煙になり、灰となって崩れて小さくなっていく渦巻きを、しばらく何も考えずに見つめる。けど、すぐに飽きた。
 見ていると、また私の中の渦に襲われるから。
 溜息とともに、目をそらす。
 この渦も、火を点けて燃やしてしまえたらいいのに。
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