オートフィクション

26 夢の中の男

2019/07/19 01:15
まどろみの中で男の手を感じた。短く切られた爪先が頬を撫で、首筋から腕へと降りていく。そのまま肩を撫でられ、男の掌の体温を背中に感じたとき、自分が裸であることに気づいた。

撫でられているだけなのに息があがっていった。吸うときは体の奥底まで、吐くときは体の奥底から、荒いけれどゆっくりと味わうように呼吸する。男が私の背筋をなぞると、私は尾ヒレを水に揺蕩わす金魚のようにその指の動きに合わせて体を捻った。気持ちよかった。早く股の間を触ってほしいと思った。でも、この緩慢な愛撫をずっと続けて欲しいとも思った。

気づけば泣いていた。切なくて苦しくてどうしようもなかった。はっ、と鳴き声を上げながら身を丸めると、男の愛撫は余計優しくなった。その指遣いからは、私を気持ちよくさせようとか、イかせようとかいう目的は感じられず、ただ私の悲しみや寂しさに寄り添うようなささやかな愛撫だった。それでも私は気持ちよかったし、その優しさが悲しみで爛れた傷口に滲みて、その痛みにまた涙した。




泣きながら目を覚ました。考える間もなく右手を枕元のポーチに伸ばす。夫が昔使っていた携帯を取り出し起動する。液晶の鋭い光に目をすがめ待つこと数秒、ホーム画面にあるSafariをタップしてブラウザへ飛んだ。時刻は1:06と表示されている。iCloudと連携させているせいで、彼がどんなサイトを見ているか、古い携帯を通して知ることができた。検索履歴欄に、「個人撮影 美少女との3Pで……」という言葉を見つけ、迷わずそれをタップする。表示された動画を見ながら、私はさっきの夢を思い出した。

短く切られた爪。あれは夫のものではなかった。夫とは何ヶ月もセックスをしていない。そして、営業職の彼の爪は少し長い。結婚したばかりの頃は、私を傷つけないために短く切りそろえられていた爪。彼は今でも優しいけれど、私の中をほぐすために爪を短く切ることはもうなくなってしまった。

あの夢の中の男は夫ではなかった。じゃあ誰だったのか。

昔の夫が、今の私を過去から慰めに来てくれたのだろうか。

そう思ってしまうほど、私は夫のことを今でも求めていた。



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