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Die Neue These版ファーレンハイト相手

――11月某日。
 この日、クラブ・ゼーアドラーは……すこぶる大きな論争の舞台になっていた。
「いや、どら焼きはやっぱり……つぶあん一択だろう」
「そんな!私は、こしあんのみ正義だと……!」
 戦闘の際の命の駆け引きともいえる極限の世界に身を置いている者たちからしたら「まぁなんとこの恋人達は微笑ましいのでしょうか」と、最初こそ美丈夫・ファーレンハイトと美女・エリザベートの「どら焼きの中身は、つぶあんかこしあんか」論争を聞いていたのだが……
「ビッテンフェルト、お前はどう思う」
「ロイエンタール閣下、ミッターマイヤー閣下は、こしあんですよね?」
と、火を鑑賞していた者達にも飛ばしてきたので放置する訳にはいかなくなった。
「えぇー……俺はー……別に食えたらどっちでも……」
「私も、どら焼き自体あまり食べないしな……」
「フロイライン・ホーエンツォレルン、残念ながら私はつぶあん派です」
 ビッテンフェルトとミッターマイヤーの言葉はエリザベートの印象には残らなかったようで、ロイエンタールの言葉だけがエリザベートの耳に残る。
「そんな……閣下も……つぶあん派だなんて……」
 エリザベートが目に見えてガッカリするので、ロイエンタールは少し面白くなる。
「しかしフロイライン・ホーエンツォレルンがそこまで仰るなら、こしあんのどら焼きを口にしてみたくもあります」
「本当ですか!?」
「ええ、ですが私が食べるのには条件があります」
「条件…………」
 エリザベートは、ロイエンタールの双の目をじっと見つめる。
「私とビリヤードの勝負をしましょう。あなたが勝ったら、思う存分私に……こしあんのどら焼きを食べさせればよろしい」
「あら、そんなことでよろしいの?」
「ええ、ですがあなたがもし負けた場合……」
「場合……?」
「クリスマスに、可愛らしいサンタの格好でプレゼント配りをしてもらいましょう」
 ロイエンタールがエリザベートにそう持ちかけた瞬間、他の三人は心の中でガッツポーズをした。
 エリザベートのサンタ姿は、疑いようもなく可愛いと想像に難くないからだ。
「…………」
 それを聞いたエリザベートは少し考え込む様子を見せたが、すぐに華のような笑顔をロイエンタールに向ける。
「――その勝負お受けしますわ、閣下」
「では決まりだ、フロイライン・ホーエンツォレルン」
 そうして、ロイエンタールは一息にグラスに残ったウイスキーを飲み干した……。

******

 かくて、一行は下の階に降りてビリヤード台の前にいた。
「――私が勝負をお受けしたのですから、閣下がルールを決めていただいて構いません」
 エリザベートは、敵ですら見惚れるような笑みを見せる。
「そうですか……では、2点先取制でつぶあん派とこしあん派に分かれましょう」
「承知しました。ならば私はビッテンフェルト閣下と組みます」
「え……俺!?」
 てっきり美女の華麗なプレーを観戦できるかと思い込んでいたビッテンフェルトは、不意打ちのスカウトを食らい驚く。
「――ええ、閣下。ファーレンハイト閣下の強い攻めには、ビッテンフェルト閣下の更に強い攻めを当てるのが一番かと思いましたので……お願いできますか」
――美女に言われて断るのは、どうなのか!
 ……と、ビッテンフェルトは秒で決心してエリザベートからキューを受け取った。
「ではブレイクショットはフロイライン・ホーエンツォレルンでどうぞ」
――やはりロイエンタール閣下は私のビリヤードの腕を試しておられる。
「ありがとうございます、閣下」
 素直に答えたエリザベートは、迷うことなく打つ位置を決めた。
 そしてブレイクマットを敷いて、手玉を置く。
――さて、フロイラインのお手並み拝見。
 ロイエンタールが一つ呼吸を置いたら、思っていたよりもハイパワーなブレイクショットがなされた。
「6つか……」
 それを見て、ファーレンハイトはううんと唸る。
――シシィは本気で来ている……。
 ファーレンハイトにビリヤードの手解きをするメルカッツと共にいた時のエリザベートとは違う。
「――失礼、少し髪を上げさせてもらっても……?」
「ん……?ああ……どうぞ」
 ロイエンタールが打つ直前、エリザベートは申し訳なさそうに申し出た。
「手伝おうか?」
「大丈夫よ。ごめんなさい、後で請求してくださって構いませんからマドラーを私に頂戴しても?」
 ファーレンハイトをやんわりと断り、通りがかったウェイターに声をかける。
「あ……どうぞ」
 何に使うのか、と分からないまま渡したウェイターの前でエリザベートはそれを使って器用に髪をまとめ上げた。
 いつの間にか集まっていた観客は、エリザベートの仕草に見惚れる。
「申し訳ございません、勝負を中断してしまって」
 それを気にする風もなく、エリザベートは謝罪の言葉を口にした。
「いえ……髪を上げたフロイラインも、魅力的ですよ。……さ、勝負を再開しましょう」
「ええ……では」
 エリザベートは、続けて2個球を入れる。
――ほう、なかなか……。
 代わったロイエンタールは、エリザベートのターンに球を落とさせないようにすることに決めた。
 入れてくれるのは、ファーレンハイトに任せればいいとロイエンタールは打算の上で球を打つ。
「お前敢えて妨害したな!?」
「戦術の内だろ?」
 ビッテンフェルトは、次の手をどうしたものかと考え込む。
 すると、
「――閣下、こちらから真っ直ぐに」
と、エリザベートは背伸びしてビッテンフェルトに背後から耳打ちした。
「ん……おお、そうか」
 なんならエリザベートに任せた方が早いのでは、と判断したビッテンフェルトは言われたままに打つ。
 球は入りはしなかったが、連続で入れることを困難にする位置へと持っていく。
――この先ずっとアドバイスするつもりか?
「閣下の打球には申し分ないパワーがありますね」とビッテンフェルトを称えているエリザベートを見て、ファーレンハイトは深呼吸をする。
――心頭滅却…………。
 いちいち嫉妬していては、勝負に集中できない。
 ファーレンハイトは手堅く一球を落とす。
「――あと3球……」
 ロイエンタールが妨害しに来ると踏んで、エリザベートはロイエンタールが入れやすいように球を持っていく。
 ロイエンタールは、一球を入れるしか手を出せない。
「フロイライン・ホーエンツォレルン、これは」
「……ここから……少しだけ弱めに」
――弱め?弱めとは……。
 ビッテンフェルトは、考えながら打つ。
「ビッテンフェルト、勝負あったな」
 ん?とファーレンハイトに言われて見ると、その球は、力が強過ぎて跳ね返ったあと綺麗に最後の2球が並んでファーレンハイトに勝ちを譲るものになっていた。
「なっ……」
「お気になさらないで閣下、ビリヤードは最後は運ですから……」
 こうして第一ラウンドは、つぶあん派が勝利を収めた……。


 続く第二ラウンドはエリザベートが華麗に勝負を決め、勝負は最終ラウンドに持ち込まれた。
「ロイエンタール閣下、今度のブレイクはビッテンフェルト閣下にお譲りしても?」
「構いませんよ」
「いいのか?ホーエンツォレルン中将」
「ええ」
 そういうことなら……とビッテンフェルトはブレイクを打つ。
「ふむ…………今度は3か」
 ビッテンフェルトがブレイクの後に続けて打って最終的に残った球を見て、ロイエンタールは考え込む。
――恐らく、ビッテンフェルトはここだと嫌がるだろう。
 これまでの勝負を踏まえて、妨害の球を打つ。
 それを見て、エリザベートはビッテンフェルトにアドバイスをする。
「承った」
 即答すると、ビッテンフェルトは手の長さを活かして予想もしないところから打ってきた。
「なんとまぁ…………」
 そして、見事に一球を落とす。
――あと2つか……この後シシィは、どう出てくるか。
 ファーレンハイトは、エリザベートの方向を見る。
 その視線に気付いたエリザベートは、ファーレンハイトに優しく微笑む。
――あなたが勝負を決めてくださって、構いませんのよ。
 それは、挑発にも見えた。
――悪いがシシィ、此度の勝負は俺がもらう!
 ファーレンハイトはキューをジャンプショット用に持ち替えた。
「え……は……?!ファーレンハイト?!」
 ビッテンフェルトは、まさかの展開に慌てる。
「閣下は恐らく、手玉を奥の若い番号の球に当てて……そのまま入れたら次に最後の球を入れるつもりでしょう……ジャンプショットは、アードの十八番ですから」
 エリザベートは、こっそりとビッテンフェルトに耳打ちする。
 アード、とエリザベートが敢えて言ったのは彼女がファーレンハイトの“手”を誰よりも知っているからこそ、ジャンプショットを使ってくることを予想していたのだろうとビッテンフェルトはすぐ結論に辿り着いた。
――フロイライン・ホーエンツォレルンは、ファーレンハイトに「取らせる」つもりで……?
 ビッテンフェルトがヒュッと息を詰めた瞬間、ファーレンハイトの打球が“予想通り”に展開された。
「――勝負、ありましたね。フロイライン・ホーエンツォレルン……此度は我々、つぶあん派の勝利です」
 ロイエンタールは、エリザベートの手を取ってそのまま口付けた。
「――残念、負けてしまいました……では、お約束どおり私は……クリスマスに」
「ええ、ローエングラム侯には我々から話をつけておきましょう」
「まぁ、私が私自身を賭けて勝負しなくても元々からホーエンツォレルン家がお菓子配りをすると読んでいらしたの?」
「フロイライン・ホーエンツォレルンは未来ある子どもたちを喜ばすことには何をも惜しみますまい?」
「これはロイエンタール閣下に、一本取られてしまいましたわ……勝負を受けた時点で、私は閣下の盤上でしたのね」
「そのようなことはありませんよ、フロイライン・ホーエンツォレルン……私は一度あなたとビリヤードの勝負をしたかった。そしてどうしたらあなたが私と“戦って”くださるのか……それは私のみが思うままに操る盤上ではありますまい、それは対等に在る戦場でございましょう」
「そんな……私なぞ、どんな状況でもロイエンタール閣下に勝てる気いたしませんわ……」
 エリザベートは、少し困ったような顔をする。
 それは愚かな男の口説きをはぐらかす、エリザベートのいつもの仕草。
 その困り顔に、どれだけの男が狂わされてきたのだろうか……。
 ロイエンタールは、少しだけ名残惜しそうにエリザベートの手を離した。
「ホーエンツォレルン中将、すまん」
 せっかく俺を選んでもらったのに、とビッテンフェルトは付け足す。
「ビリヤードは運もございます、此度の勝利の女神はつぶあんをお好みになったということでございましょう」
「そうか、ううむ、つぶあんか……しかしいちご大福は、こしあん一択だろう?」
 ビッテンフェルトの言葉に、エリザベートはきょとんとする。
「え、ええ……いちご大福には、こしあん……ですわね」
「いや、カスタード一択だろう」
「カスタードぉ?!」
 ファーレンハイトの言葉に、エリザベートとビッテンフェルトは一斉に食いつく。
「いけませんわ、これは閣下にこしあんのいちご大福を口に放り込むまで……このエリザベート・フォン・ホーエンツォレルン……引き下がらなくってよ」
「ハッ……ホーエンツォレルン中将、卿とはやはり食の好みが合いそうだ。もう一回勝負だファーレンハイト!今度こそは卿の口にこしあんのいちご大福を放り込んでくれる!」
 結局、二回目の勝負はファーレンハイトが面白がったミッターマイヤーとロイエンタールが頼んだこしあんのいちご大福を口にすることになったのであった……。

******

 それからなんだかんだ気付けば、執務室のアドベントカレンダーは全て開けられていた。
「さて……」
 エリザベートは一端執務室の扉を施錠する。
 そして、ヒルダが選んでくれたワンピース型のサンタクロース衣装に着替える。
 しっかり帽子も被って、少しだけいつもより赤いリップを付ければ完成だ。
「メリークリスマス、私!」
 鏡に映る自分に、そう話しかけた。
「さて……始めましょうか」
 ラインハルトに言われた時間が来た瞬間、エリザベートは用意していたプレゼントをワゴンに乗せて部屋を出た。
「閣下!」
「メリークリスマス!正面口でホーエンツォレルン家でプレゼントを配っているから、帰りに皆さん受け取って下さいね」
 すれ違う将兵たちに笑顔で応じ、楽しいクリスマスを!とエリザベートは将兵たちを祝福する。
「おまたせしました、ローエングラム侯」
 エリザベートは、ラインハルトの執務室の前に辿り着くと恭しく礼をした。
「ホーエンツォレルン中将か、ご苦労。入るといい、ミルクティーを用意している」
「はっ、失礼致します」
 部屋に入ると、美味しそうなミルクティーの香りがする。
「閣下、プレゼントをお持ちしました」
「そうか……クリスマスプレゼントなぞ、随分と久しいことだ」
 私は10で幼年学校入りしたしな、とラインハルトは自嘲とも取れるような言をこぼす。
「閣下……」
「何、気にするな……。さて、プレゼントのこだわりをお伺いしよう」
「閣下には、こちらをお贈りさせていただきたく思います」
 エリザベートはラインハルトにプレゼントを渡した。
「ん……これは……カフリンクス、か」
 プレゼントを開けたラインハルトは、そっとその石の部分に触れる。
「その石はクォーツ……あらゆる幸運を招く、万能の石でございます。ウィンボドナで産出される中でも、一等級のクォーツです」
「そういえば、ウィンボドナはダイヤモンド以外は大抵なんでも採れると謳っているな……」
「ええ……本当に、ダイヤモンドだけはウィンボドナ……産出されぬのです」
「まぁ、ダイヤモンドが産出されていたら……恐らく“辺境な星”では済まなかったろうな」
 そうかもしれません、とゴールデンバウム朝歴代皇帝が持つ錫杖に嵌っている大きなダイヤモンドを思い浮かべて目を伏せる。
「さて、サンタクロースはクッキーも食べるのだったか」
「……!!」
 エリザベートは、これ以上お邪魔する訳には!というように目を見開いて訴えた。
「――冗談だ、長居をさせたら他の者達の首が伸び切るからな……無事に時間内に配れることを祈ろう」
「えっ…………と」
 ラインハルトの意図を組みかねたエリザベートは、首を傾げる。
「今日は元帥府全てに午後5時で退勤するようにと命じてある」
 それを聞いて、エリザベートはバッと室内の時計に目を走らせた。
「あの……あと2時間しかございませんが……?」
「そうだな。健闘を祈る、美しきサンタクロースさん」
 その時のラインハルトの目は悪戯っ子のように愉しげな目をしていたので、
「し、失礼致しました閣下…………」
と、エリザベートは追及を逃れるように部屋を出た。
 部屋を出ると、一つ呼吸をする。
「…………やるのよ、エリザベート」
 エリザベートは、プレゼント配りを再開した……。

――あとはオーベルシュタイン閣下と、アードだけ……。
「オーベルシュタイン閣下、エリザベートです」
 部屋をノックすると、入れとオーベルシュタインの声がする。
「――また、ですか」
 オーベルシュタインは明らかに呆れ返っていた。
「メリークリスマス、閣下。閣下に、クリスマスプレゼントをお贈りさせていただきたく」
「あなたは一体おいくつですか」
「え、ミュラー閣下と同じ27ですけど」
 どうやらそこは馬鹿正直に答えることを望んでいたわけではなかったのか、オーベルシュタインはため息をついた。
「――よろしい、受け取ってあげますから早く出ていきなさい」
「分かりました、では閣下……どうぞ」
 すると、エリザベートはオーベルシュタインの前に小さめの箱を置いた。
「…………?」
「――の懐中時計でございます」
 エリザベートの口からブランド名を聞いた時、オーベルシュタインはそんな一級なもの、自分がもらっていいのかとなる。
 それに、エリザベートからそこまでのものを与えられる資格など自分には……。
「……ホーエンツォレルン中将」
「あら、プレゼントですので返却は受け付けませんよ閣下」
「――少し今後のことで意見をもらいたい」
「あら、私などでよろしいの?」
 エリザベートは、オーベルシュタインに意見を求められることは初めてだったので驚いた。
「――あなたが正真正銘の“生けるホーエンツォレルン・アーカイブス”ならば」
 ホーエンツォレルン家の最大の精華、地球時代からの人類全ての叡智……ホーエンツォレルン・アーカイブスの名前を出されて、エリザベートはゆったりと微笑む。
「――閣下が、そう望みますれば」
「そちらの戸棚にある好きな茶葉を使うといい」
 エリザベートは、そう言われると戸棚に歩いて茶葉の種類を一見する。
――紅茶に中国茶、緑茶まである……。
「閣下、本日はお味の希望がおありですか?」
「特には」
 なら、なぜか知らないがせっかく蓋碗があるのだから……とエリザベートは鉄観音茶の缶と一通りのセットを取り出した。
――味が出ないのは、しっかりカップを温めないから……。
 執事であるティルピッツのお茶の淹れ方を思い出しながら、エリザベートは手際よく用意していく。
「閣下、用意ができましてよ」
 蓋碗から茶杯にお茶を注ぐと、エリザベートはオーベルシュタインを呼ぶ。
「では、最初の意見を伺おう……」
 オーベルシュタインがエリザベートとテーブル越しに向き合うと、話を切り出す。
 エリザベートは、偽りも誇張もせず淡々とオーベルシュタインに意見を述べていく。
「よろしい、参考にさせてもらおう」
「私、閣下のお役に立てそうですの?」
「――あなたは、その答えを真に求めていらっしゃるのか」
 それもそうねとエリザベートが納得した瞬間、部屋の時計が午後5時を知らせた。
――しまった。
 プレゼント配りの途中、兄のルートヴィヒから“午後5時に終わるなら、その後お菓子配りを手伝ってくれまいか”と頼まれて断りに断れなかったので、この後すぐに兄達のいる場へと向わなければならない。
 ワゴンには、あと一つプレゼントが残っている。
――ごめんなさいアード、これは今夜あなたの枕元に置かせてもらうわ。
「長居して申し訳ございません、閣下。使った食器、片付けますわ」
「片付けはしなくて結構、置き場所には拘っているので」
 確かに……と、整然と並べられていた戸棚を思い出して、エリザベートは素直に引き下がる。
「あなたには、まだなすべきことがあるのでは?」
「あります……そして今一つそれを後回しにすることに致しました……」
 一つ、最後、後回し、という要素から、オーベルシュタインは瞬時にそれはファーレンハイトへのプレゼントだと看破する。
「そうですか」
「ええ……私、兄との割と重要な約束がございますので……これで失礼致します、閣下」
 エリザベートは、オーベルシュタインに一礼をしてから部屋を出た。
「はぁ……」
 自分はなんて時間配分が下手なんだろう……と、ため息をついてから自室へと戻っていく。
部屋に入ると、最初に帽子を外した。
 そして、クローゼットからロングコートを取り出す。
――これなら、そんなに目立たないはず。
 ファーレンハイトには一言伝言を残して現場に出向こう……と思っていた矢先、
「ホーエンツォレルン中将、入ってもよろしいか」
 当のファーレンハイトがエリザベートの部屋に来た。
「――アード……」
「シシィ」
 エリザベートがドアを開けると、ファーレンハイトはそのまま自分を抱きしめてきた。
「どうしたの?」
「今日は、もう終わりなのだろう?閣下や他の大将たちには配ったと聞いたから……共にWeihnachtsmarkt(ヴァイナハツ・マルクト)に行かないかとね」
 エリザベートはよかった、一人プレゼントが遅いことに怒っているのかと思った……と、ホッとすると同時に、
「――ごめんなさい……そのWeihnachtsmarktに行くというのを……“参加する”という方に転換するのは、いけませんか?」
と、上目遣いでファーレンハイトに訴えた。
 もちろん、ファーレンハイトの答えは……。


 広場は、クリスマスの時期のみに開かれるWeihnachtsmarkt……すなわち、クリスマスマーケットに集う人々で大賑わいだった。
 ホーエンツォレルン家は、毎年その市場の一角でクリスマスの伝統菓子であるプレッツヒェンとレープクーヘンの詰め合わせを配るということをしていた。
――富める者も貧しき者も、その一口で幸福を得ることができるなら。
 主としてレーションの生産をしているホーエンツォレルン家が製菓業を始めるに至ったのは、数代前の伯爵の言葉からだそうだ。
「――ありがとう、よきクリスマスを」
 エリザベートが別け隔てなく人に優しい笑顔でお菓子を渡しているのを見て、
――俺は本当に素晴らしい人を恋人に持った。
と、ファーレンハイトは作業を手伝いながら噛み締める。
 午後8時を過ぎると、徐々に人が減ってきた。
「シシィ、そろそろデートしてきたらどうだ?」
 自分の分を配り終えたらしいルートヴィヒが、水分補給をしていたエリザベートに話しかける。
「デート……でございますか」
「ファーレンハイト殿が可哀想だろう?」
 最初はピンと来ていなかったエリザベートだったが、ファーレンハイトの名前を出されてから一気に顔が紅くなる。
「しかし……兄上……」
「こちらはあらかた目処が付いた、グリューワインでも飲んでくるといい」
「分かりました」
 エリザベートはダンボールを片付けているファーレンハイトの元に行く。
「――アード……少しだけだけど、見て回らない?」
「――大歓迎だよ、シシィ」
 ファーレンハイトはスッと腕を差し出した。
「あ……えっ……と」
 エリザベートは、恐る恐るファーレンハイトの腕に手をやった。
「――行こうか」
「え、ええ……」
――恥ずかしいわ、これじゃあまるで……。
「Liebhaber(恋人)……」
 自分は何を言っているんだろう、もう恋仲になって数ヶ月経っているのに、とエリザベートは狼狽する。
「――シシィ」
「ごめんなさいアード、恥ずかしくて……」
「嫌か?」
「そうではなくて……人前でこのような……」
「――人前だから、だろう?……俺の恋人は世界で一番美しいサンタクロースだと……ね?」
「殿方はそういうものなのですか?」
 また今度、メックリンガー閣下に聞いてみようかしら……と、頭の隅で考えた。
「……まぁ、そう思ってくれて、いい。行こうか」
 ファーレンハイトの少し素っ気ない返事にあれ……何か悪いことを言ったかな……と、エリザベートは焦る。
 ならばどう答えればよかったのか、とエリザベートが考えていると、
「エリザベート様!」
 前を通りかかる店員達から、次々に声をかけられた。
「フリッツ!今年のオーナメントも素敵ね」
「アンナ、お父様は元気にしていらっしゃる?」
「久しぶりね、ゲラルト!おすすめはある?」
 エリザベートは一人一人しっかりと対話をする。
 そしてその度に
「彼は私の恋人のファーレンハイト大将よ」
と紹介していたので、ファーレンハイトが腕を組もうという意図を理解した。
――要は、恋人だってみんなに分かってもらいたいって訳ね。
 独占欲が強い(と思われる)ファーレンハイトならば、さもありなんとエリザベートは納得する。
 そうこう言っている内に、エリザベートの手元にはたくさんの紙袋が辿り着いていた。
「――やっぱり、クリスマスはこうでなくてはね」
 一息付きましょう、とグリューワインとソーセージなどいくつかの食べ物を買って、備え付けのテーブルに着く。
「それにしても、たくさんもらったな」
「毎年これくらいよ……クリスマスは、皆で祝うものだから」
 エリザベートは、道行く人々を慈愛の目で見つめている。
「そして私には、ここにいる人々の日常を守る責任があるっていうことの再確認をする日でもあるの」
 この手には、何万という命が握られているからとエリザベートは一瞬だけ軍人の目を宿した。
「Wir dürfen nicht aufhören(私達は止まることを許されない)」
 父・マクシミリアンが口癖にしていた言葉を、自分に言い聞かせる。
「シシィ……」
「来年は、ビッテンフェルト閣下などをお呼びするのもいいかもしれないわ」
「また賑やかになりそうだな……」
 ファーレンハイトは、違和感のないサンタクロース姿のビッテンフェルトを想像して、こみ上げる笑いをグリューワインで押し流した。
「あ……」
 エリザベートが空を見上げたので、ファーレンハイトも釣られて空を見る。
「雪か……」
「綺麗ね……宇宙では雪は降らないし」
「そうだな……」
 美しい髪に雪の粉が付いているエリザベートの姿は、魅力的なものだった。
「……シシィ」
「どうしたの、アード」
「綺麗だ、とても」
 嘘偽りなどなく、心の底からのファーレンハイトの言葉に、エリザベートは頬を染める。
「アードったら……」
「君さえよければ、今夜は君をずっと愛したい」
 ファーレンハイトは、エリザベートの手をそっと握った。
「……優しくしてくださるならば」
「当然だ」
「でもとりあえず、撤収作業をしてからね?」
 グリューワインと料理を平らげた後にルートヴィヒの元へ戻ると、
「ほらほら、恋人はさっさと帰れ帰れ」
と、ほとんど撤収作業を終えていた上でそう言われてしまい、二人はホーエンツォレルン邸に戻るしかなかった……。


******

「脱がせるのが少し惜しいな……」
 エリザベートのサンタクロース衣装の背にあるファスナーに手をかけたファーレンハイトは、名残惜しそうにエリザベートを抱きしめる。
「……じゃあ、あと一つだけサンタクロースのお仕事をしてもいいかしら?」
「ん?」
 ファーレンハイトの腕の力が一瞬弱まったのを見計らって腕から逃れたエリザベートは、昼間に渡せなかったプレゼントをファーレンハイトの手に渡した。
「Frohe Weihnachten!Adalbert」
「シシィ……!!」
 ファーレンハイトは、堪らずエリザベートにキスをする。
「んんっ……アード……!」
「君は本当に……一体どれだけ俺を喜ばせるんだ……?」
「そ、そんなに嬉しいの……?」
――この恋人は、自分の価値を分かっていないな……?
 でも、そうでなくてはロイエンタールが「サンタの衣装を着てプレゼント配り」を提案しても即断っていたのかもしれない……。
 そこがエリザベートのよいところであり、また危なっかしくて目が離せない愛らしいところであり……ファーレンハイトの好きなところだ。
「Ich bin ein glücklicher Mensch(俺は幸せ者だ)……」
「アード……」
 そのまましばらく、二人は幸せを噛み締めるように抱き合っていた。
 それが終わったのは、時計が12時を告げた時だった。
「さて、サンタクロースはもう帰る時間かな?」
 ファーレンハイトは、そのままゆっくりとエリザベートの背のファスナーを下ろす。
 えっ、と思う内にサンタクロースの衣装は床へと落とされてしまった。
「…………!!!」
「ほう……今日は俺の買った下着を着てくれていたのか」
「アードの買ってくれた下着……悔しいけど可愛いから……」
 せっかくヒルダが選んでくれたのに……と、エリザベートは足を動かしてからサンタクロースの衣装を大事そうに拾い上げる。
「そのパンプスも可愛いな」
「本当?実はこれ、いつも私の軍服を仕立ててもらってるお店の新商品で……」
 下着姿で喜々としてパンプスの話をするエリザベート……というのは、自分だけしか見れないのでは……とファーレンハイトは自然と笑みが溢れる。
「どうしたの?」
「いやなに……エロいなと思っていただけだ。あと踏んでもらいたい、とか」
「はぁ?踏んでもらいたいって……なに?」
 彼はそんな被虐趣味を持っていたのだろうか、とエリザベートは心を冷やす。
「その美しい脚で踏まれたいと思う男なんぞ、無限にいるだろうさ」
 あー……そういえば、ヴァナディースの部下にもいたなそんなこと言うの……とエリザベートは思い出す。
「でもお断りよ、私そんな人を奴隷みたいに扱うのは好きじゃないの」
「おや、俺はもう一生シシィという女の奴隷なんだがな」
 そこまで言うと、ファーレンハイトはエリザベートをベッドへ連れて行ってそのまま押し倒した。
「…………アードっ…………!」
「分かっていないな、君は……ティルピッツに鎖を持ってこさせようか、そして俺を繋ぐといい……そうしたら分かるだろ?俺は君という存在の奴隷、君は俺の女王……愛している……この身がどうなろうと構わないくらいに」
 ファーレンハイトは、エリザベートの手を掬い上げて手首にキスをした。
――分かっていないのは、アードの方よ……!
 その声で情熱的な愛の言葉を囁かれることの、破壊力が。
「そんなこと……」
 エリザベートは、そっとファーレンハイトの美しい銀色の髪に触れる。
――でも、ここで言うべきことは。
「もう分かってるわ、自分がどうなろうと構わないくらい好きなのはお互い様でしょう?」
「シシィ……!」
 ファーレンハイトは、嬉しそうにエリザベートを抱き締めた。
「愛している……」
「好きよ、アード」
 二人は、どちらともなく唇を重ねる。
 軽く触れるだけのキスを数度したら、今度は舌を絡め合わせる深いキスに。
――アードのキスだけで蕩けちゃう……。
 どうしよう、せっかく買ってくれた下着が自分の液で汚れてしまう……と考えていると、あろうことかファーレンハイトはブラを上にずらして胸を愛撫し、更には下着の横から秘められた場へと手を差し入れてきた。
「ああっ…………!!」
「俺の買った下着をこんなに濡らしてくれるだなんて……きっと下着も本望だろうよ。下着はいくらでも買ってやるから、こういうSEXもたまにはいいな」
「あっ……!あっ…………!アード……!アードの服……汚れちゃ……!」
 僅かに残っているエリザベートの理性を、ファーレンハイトは口付けで奪う。
 それだけで絶頂してしまうエリザベートの蜜は、下着だけでなくファーレンハイトの手やシーツをも濡らしていた。
――堪らないな……………………。
 でも、流石にこのままでは軍服が汚れる……と判断したファーレンハイトは全て脱ぐ。
――一回お互いに軍服のままSEXするのもアリかもしれないな。
「アード……」
「ん?どうしたシシィ」
「メックリンガー閣下から借りた本に、あったの……」
 何を、と聞く前に、エリザベートはファーレンハイトの欲望を口に含んだ。
「なっ…………」
 メックリンガー、アイツ何て本貸してやがるとファーレンハイトが思ったのは一瞬、直後は美しいエリザベートの口に自身が入っているという背徳感に飲まれた。
「んっ…………んっ…………」
 人よりも大きいそれを、エリザベートは懸命に口を動かして喜ばせようとする。
「シシィ…………!!」
 ファーレンハイトは、一度エリザベートの口を開放した。
「気持ちよくなかった……?ごめんなさい……」
 泣きそうになっているエリザベートにキスをしてから、ファーレンハイトはエリザベートに覆い被さり、今度はファーレンハイトがエリザベートの秘められた場に舌を這わせる。
「あ………あっ……」
 エリザベートは、無意識に顔の前にあるファーレンハイトのそれを口に含んだ。
 いつもは蜜壷でされていることを口でされて、エリザベートは快感と共に
――犯されている…………。
と、頭の隅で感じる。
 そういえば、地球時代に火山灰で丸ごと埋まった街にこんな感じの壁画があったっけ、なかったっけ……とぼんやり考えていると、ズルリとファーレンハイトのそれが口から抜けた。
「シシィ……」
 ファーレンハイトはエリザベートと額を重ねる。
「アー……ド……」
「君は口も最高なんだな」
「アードが喜んでくれたなら……嬉しい……」
「俺も、シシィを身も心も満たせるならば……本懐だ」
「私も、あなたを……」
 キスを交わしながら、二人は一つになる。
「シシィ!!」
「あっ、ああっ…………!!」
 深く入る側位の体位で入れられて、エリザベートはビクビクと身体を震わせる。
 最早、下着がどうこうとかはどちらも頭になかった。
 ただ、お互い寸分もなく繋がって愛を深く深く深く確かめあっているだけである。
 側位に飽きたら、次は後背位で……。
 この体位は「獣みたい……」とエリザベートが嫌がるので、本当に理性を無くした時しかできない。
――まぁ実際ラテン語ではcoitus more ferarum(動物のやり方)だとシシィは言っていたな……。
 ファーレンハイト的には、エリザベートの美しい背中と腰とヒップがよく見えるので好きな体位ではあるのだが……。
「だめぇっ…………またいっちゃ…………!!」
「いいぞ、何回でもイクといい」
「やっ……アードもっ……!アードも、一緒に……!」
――そんなこと言われたらッ……!
 ファーレンハイトはエリザベートに覆い被さる。
「シシィ……!!」
 胸を、耳朶を愛しながら、ファーレンハイトはエリザベートと共に絶頂に至るためにエリザベートの蜜壷で自らを追い詰める。
 エリザベートの奥は、ファーレンハイトのそれを欲するように柔らかい。
「ああっ…………!!!イクぅーーー!!!」
 この上ない大きな甘い声を上げて、エリザベートは絶頂へと至る。
 それと共に、エリザベートの蜜壷はファーレンハイトを絶頂に至らしめるかのごとく食いちぎらんばかりにファーレンハイトの肉棒を締め付ける。
「ウッ……俺、も、アッ……!ぐっ………ぅあっ…………!!」
「あぁん……!アード、のがぁっ……ビクビクゥ!って……」
 中で出されるのを感じて、エリザベートはまたビクビクと身体を震わせる。
 ようやく吐精が終わり、ファーレンハイトはエリザベートの蜜壷から己を抜く。
「ぁんっ…………」
 ハ……と息を付くと同時に、エリザベートの蜜壷からファーレンハイトの精がトロリと垂れて煽情的な光景を生み出す。
 それを見ると、ファーレンハイトの己は再び熱を取り戻す。
「すまない、明日何でも言うことを聞くから…………許せっ!」
 エリザベートを仰向けにさせて、ファーレンハイトは再び蜜壷に己を埋める。
「まっ…………ああっ……………………!!」
 その夜、結局空が白むまでエリザベートは、ファーレンハイトに愛され続けたのだった……。
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