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イリコとバトル<前編>

***



―――どうして。
「……どうしてこんなことに、なってるのよ」
雇った『兵士』たちがマップ上で次々とやられていることに気づき、ピーニアは震え声で呟いた。
まさかあの生意気なアオの取り巻きがやったのか?いや、そんなはずはない。怯えて震え上がっていたミントは数合わせにもならないし、そもそもあいつらのウデマエは所詮B程度。S帯であるピーニアの足下にも及ばない。さっきは不意打ちだからたまたまやられてしまっただけで、本来なら一方的にいじめてやれるはずだ。
それに、あの男から雇った『兵士』のウデマエはピーニア以上―――X帯にだってタメを張れる実力者揃いだと聞いている。
それなら、何故。
「ぴ、ピーニア様!!」
リスポーン地点に現れたコメットが、大慌てで走り出てきた。
「ピーニア!!あんた、あの雑魚は―――」
「無礼を承知で申し上げます!!」
ピーニアの言葉を遮るようにして、コメットは必死の形相で言った。
「アメアリの連中が来ています!!!!!」
「……は?」
アメアリ?なんであの連中が?
そう言おうとして、口を開きかけた、そのときだった。
「おやおや、礼儀のなっていない連中ですねえ」
嫌味っぽい口調で言いながら現れたのは、真っ白なゲソを肩の辺りで切り揃えた青年だった。
「その俗称で呼んでいいのは部隊員に限るのですが」
彼はパーマネント・パブロを担ぎながら、呆れ果てたようにそう言った。
「ま、といっても所詮守られていないローカルルール、影ではそう呼ばれているのでしょうがね」
「う、ウベン……!!」
「ノザマ組の娘だからといって呼び捨てを許すほど、私は寛容ではありませんが?」
ウベンが眉を吊り上げるのを見ながら、ピーニアは下唇を噛む。
アメアリのパブロ隊隊長、ウベン。
素早いフデの振りのみならず、柔軟な立ち回りと素早い状況判断でトップスターに上り詰めたイカだが……今はそれよりも、彼の性格が問題だ。
彼は、泣き落としや脅しなんかで退くようなイカではない。せめて、せめてあいつなら―――
「全く……どこぞのチャージャー使いと同じような扱いをするのは止めていただきたいものですね。それでなくとも……」
彼は顎を軽く上げながら、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。
「貴方は、我々『アメフラシ・アーチェリー』を敵に回したのですから」
「―――っ!」
その言葉に、ピーニアは奥歯を噛み締めた。



***



ホクサイというブキがあんなに早く振れるものだということを、イリコはその時、初めて知った。
「クソッ!!」「ウワッ!!」
大きな穂先が、一度に二人の敵をなぎ払う。
敵がいなくなったのを確かめてから、黒づくめの青年―――カザグルマは、真っ黒なバイザーの下からイリコとラキアに視線を向けた。
「怪我は」
「ないよん。ありがとうね、カザくん」
「つよ~い……」
イリコが思わず漏らした感嘆の言葉に、カザグルマはちょっと驚いたような顔をしてから、小さく会釈だけを返した。
「……ウベンが先に行っている。拙らも向かった方がいいだろう」
「はいよーん。邪魔ゾネスちゃんたちは片付けたし、向こうにはお嬢様とおコメちゃんしかおらんでしょ」
ラキアはそう言ってから、くるりとイリコの方を振り向いた。
「気にせんでね。カザくん、照れ屋だからあんま喋らんのよ」
「は、はあ……」
「…………」
カザグルマは無言のまま、ホクサイを担いで歩いて行く。
イリコはちょっとそわそわした気持ちになりながら、彼らについて行くことにした。
「あの、来てくださって、ありがとうございます」
「いいってことよ!」
ラキアはかんらかんらと笑ってから、不思議そうな顔で
「ていうかあんま驚いとらんね?もしかして、セイゴちんからあたしらの話聞いてた?」
「あ……はい」
―――ちゃんと準備はしてあるから。と、セイゴには事前に言われていたのだった。
ピーニアが何を企んでいるにしろ、イリコ一人の力で切り抜けるのは難しい。
それなら助けが必要だろう……との話だったのだが、まさか―――
「……お姉ちゃんのチームメイトの方が来るとは、思ってもなかったです」
「あっは!そこら辺はあとでゆっく~り茶をしばきながら話したいねえ」
へらりとラキアは笑ってから、おもむろに前の方へと視線を向ける。
「でもまずは……あの我が儘お嬢様とケリつけてからね☆」
「……はい」
イリコが見据えた先―――相手陣地のリスポーン地点には、ピーニアとその取り巻き、それからどこかで見覚えのある気がするたおかっぱ頭のボーイが、対峙するようにしてにらみ合っていた。
「行こう、イリコちゃん、カザくん」
ラキアに促され、イリコは急いで二人についていく。
足音に気がついたらしいおかっぱ頭のボーイが、パブロを担いだまま振り返る。
「……遅いですよ、ラキア。カザグルマ」
きつめの視線を向けてくるボーイに対し、ラキアは悪びれもせずに
「ウベンっちが早いんです~、我々は普通です~」
「……ふん」
ウベンと呼ばれた青年は、不機嫌そうに顔を逸らすだけだった。
「な、ラキアとカザグルマまで……!?」
ピーニアはすっかりうろたえた様子で後ずさりする。
「あんたたち……なんでこんなとこにいるのよ!?」
「なんでも何もさ~」
ラキアは唇を突き出しながら、くるくるとマニューバー種のブキを両手で回す。
「そりゃもちろん依頼を受けたから、あたしらがここにいるわけじゃん?バトルのことなら何でもござれ♡アメフラシ・アーチェリーといえば我々でござ~い♡」
「そんなことを言ってるんじゃないのよ!!」
ピーニアは焦ったような様子で言った。
「ここには誰も入れないようにしてたはずなのに!!そういう話だったのよ!!」
「そういう話、ねえ」
ウベンは片眉を吊り上げながら、小首を傾げてみせる。
「ステージ丸々一個を『貸し切り』という名目で乗っ取った挙げ句、ハッキングでシステムをいじって制限人数以上のメンバーを入れ込み、外部からの侵入者をシャットダウンする……いやはや、ガール一人をいじめるのにとんだ労力をかけたものですねえ。全くもって―――」
一息置いてから、ウベンは突き放すように、
「―――くだらない。こんなことで、我々の時間を使わせないで欲しいものですね」
「あんたたちに、何がわかって……」
「お嬢」
……と。
噛み付くように反論しかけたピーニアの言葉を遮って、イリコの後ろから低い声が聞こえてくる。
「そろそろ、いい加減にしたらどうですか。いくらお父上のコネがあれど、今回のはちょっと庇いきれないんじゃないかと」
新しい足音。
イリコが咄嗟に振り返ると、サファリハットを被った背の高い青年が、大きなチャージャーブキ―――リッター4Kを担いで現れたところだった。
彼の後ろには、伴われるようにしてミントもいる。彼女の無事を確認して、イリコは思わずほっとした。
「サジータ……!!」
サファリハットの青年を見るなり、ピーニアは腹立たしそうに叫んだ。
「あんた、あたしへの恩を忘れたの?!あんなに面倒見てやったのに!!」
「失礼ながら、恩義があるのはお嬢ではなく、お父上の方ですから」
サファリハットの青年こと、サジータはあっさりとピーニアの怒号を受け流す。
「実際面倒見てたのは俺の方ですしね。それに、今日の俺は『アメアリのサジータ』として来てるんで」
「~~~~~~~~~っ!!!」
ピーニアは今にも地団駄を踏み出しそうな表情をしながら、手に持ったブキをぎゅっと握りしめ、ぶるぶると震え出す。
「さて……一緒に来て貰いますよ、ピーニア」
ウベンがいかにもどうでも良さげに言う。
「あなたがやらかした件について色々後片付けもさせなきゃなりませんし、既に警察まで動き始めて―――」
「う……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるっさい!!!!!!!」
ピーニアのかんしゃくがついに爆発し、彼女は辺り構わずわめき散らした。
「何よ!!!!!あたしが何しようかあんたたちに関係ないでしょ!!!!!何よ何よっ、あたしの邪魔ばっかりしてえ!!!!!」
「お嬢様……」
手のつけられない子供のような暴れ方をするピーニアに、取り巻きの少女はうろたえるばかりだ。
「ちょっと!!!!『兵士』たちは?!!!?サニーたちはどこ!?!!!?!どうして戻ってこないのよ!!!!!」
「……ハッキングは解除しました」
サジータがやれやれと言いたげに、諭すようにしてピーニアに言った。
「本来ステージにいない人数は、スクエアに戻るように手配済みです。今ここにはあんたとコメット、それから俺たちを含めた、本来いるべき8名しかいませんよ」
「6対2ならバトルになりませんがね」
ウベンが嫌味っぽく揚げ足を添える。
ピーニアは一瞬呆然とした顔をしてから、今度はサジータに隠れるようにして震えているミントを見つけ、険しい目つきで睨みつけた。
「あ、あんたね……!?あんたがこいつらを呼んだのね……!?」
「ちっが~う」
ラキアが先ほどの笑顔とは打って変わった、イライラとした表情で口を挟んだ。
「違うけど、そもそもうちの部隊員をいじめんなって。それ以上ミントちんに構うようなら、代表取締役代理として言うべきことがありますが?」
「―――――っ」
責める先を失わされたピーニアは言葉に詰まり、今度はうろたえたような表情で、周囲のインクリングたちを見回す。
「な、なによ……何よ、あたしは、あたしはッ……!!」
―――不意に。
イリコとピーニアの、目が合った。
その瞬間、ピーニアの目の色が変わったことに気が付いたカザグルマが、咄嗟にイリコを庇おうとする。
だが―――イリコは、それを制した。
大丈夫ですと、声にならないほどの小さな声でカザグルマにそう伝え、イリコは真正面からピーニアに向き合う。
ピーニアは、動かなかった。
「……あんたも」
呻くような声で、ピーニアは言う。
「あんたも、アオと同じだ」
―――アオさんと同じ?
その言葉に対してイリコが問いかける前に、ピーニアは憎々しげな声で、
「あんたも……あんたも、ずるいやつだ。そうやって、勝手に周りにひとが寄ってきて、勝手に良い思いして……」
「……!!」
「絶対……絶対、許さないから……!!」
「…………」
イリコは何と言い返すべきか考えて、結局、何も言わなかった。
言いたいことは山ほどあった。でも、それを今ここで伝えられるほどの言葉も、根拠も、イリコにはなかった。
周囲の大人たちは、冷めた目でピーニアを見つめている。
イリコには、なんだかそれが、とてもやるせなかった。



***



ピーニアとその取り巻きの少女、コメットはすっかり大人しくなり、ラキアたちが帰る準備をしてくれている間、イリコは泣きじゃくるミントを宥めることに徹していた。
「ごめんね、ほんとにごめんね……」
「もう、大丈夫だってば」
なかなか泣き止まないミントに、イリコは軽い調子で笑ってみせる。
「ラキアさんたちも助けに来てくれたし、あとは帰るだけ。でしょ?」
「でも……」
「もう、気にしないでって言ってるじゃん。私はミンちゃんには怒ってないんだし。ね?」
「……うん……」
ミントはまだぐずぐずと何か言いたげだったが、とりあえず泣き止んではくれたらしい。
しゃくりあげている彼女の背中をゆっくり摩っていると、不意に二人の間に影が落ちる。
「怪我は大丈夫かい」
イリコとミントの顔を覗き込むようにして声をかけてくれたのは、先ほど現れたサジータという青年だった。
「あ、はい!ありがとうございます!」
あちこち擦りむいたり、ピーニアに殴られたところが痣になったりはしているが、イリコは大きな怪我はしていなかった。
意外にも元気よく返事をしたイリコに驚いたのか、サジータはちょっと目を丸くしてから、ふと微笑んだ。
「君は強い子なんだな。ピーニアにも面と向かって立ち向かっていったし」
「いや、そうでもないですけど……え?」
サジータの言葉にイリコがきょとんとしていると、サジータは「しまった」と言いたげな顔をしてから、
「あ~……すまんな、しばらく様子見てたんだ。ピーニアが何企んでるのかは大体把握してたんだが、物的証拠が揃わないと警察も動けなくてな。ほんとなら、君に怪我をさせるようなことがある前に止めに入りたかったんだが……」
そう言って、サジータはおもむろにサファリハットを取り、深々と頭を下げる。
「……遅くなってごめん。それは謝るよ」
「いえ……それは構わないんですが……」
こんなに真摯に謝罪されるとは思わず、イリコはちょっと戸惑ってから、ふとここまでの道のりを思い出す。
「……ミンちゃん……私の友達が脅されて連れてこられたのも、スルーですか?」
「あ、いや、それはこっちの計算外なんだ。……ほんとだって」
唇を尖らせて見つめてくるイリコに、サジータは申し訳なさそうに言った。
「まさかピーニアがミントを通じて君に接触してくるとは思ってもみなくてな。それで初動の対処が遅れたってのはあるんだが……いや、申し訳ないな」
「いえ……私の方こそ、助けていただいたのに、生意気言ってすみません」
イリコは姿勢を正して、自分もまた、サジータに向かって深々とお辞儀する。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「礼を言われるほどのことじゃない」
サジータはサファリハットを被り直しながら、爽やかに笑ってみせる。
「俺らにも俺らの都合があったからな。君だけのためじゃないってことだ」
「……?」
そういえば、彼らは『依頼』とやらでここに来たと言っていた。
イリコを助けることがその『依頼』なのかと思っていたが、サジータの口ぶりだと、何かそれ以外の理由もあるのだろうか。
イリコが突っ込んで聞くか迷っていると、
「あの、サジータ隊長……」
ミントが不安げな眼差しで、おもむろにサジータに話しかけた。
「あの……ハルマ兄さんのことなんですけど……」
「あいつのことなら心配しなくていい」
と、少し砕けた口調になって、サジータは言った。
「ピーニアが掴んだ情報っていうのも、どうせまたあいつのいつもの悪癖だろ。自分のことは自分で責任を取らせればいい。そこにミントが責任を感じる必要はない」
「で、でも……」
「……気になるなら、俺からあいつに言っといてやるよ」
そう言って、サジータは安心させるようにミントの肩を叩いた。
ミントはしばらくうつむいていたが、やがて納得したように、一つ頷いた。
「……知り合いなの?」
その様子を見守っていたイリコが思わず口を挟むと、ミントは慌てたように、
「……あ、えと……言ってなかったっけ。私、アメアリで働いてるの……」
ミントは自信なさげに目を泳がせながら、ぼそぼそと言う。
「バイトだし、塗り専だから、ほとんど仕事ないけど……」
「ミントはアメアリ随一の塗りポイントゲッターなんだよ」
対して、サジータはまるで自分のことのように自慢げに言った。
「最高塗りポイントは2500だっけ?」
「そ、そんなに行ったことないです!に、2300……ぐらいで……」
2300pt。どうやったらそんなに塗れるのだろうか。
別次元にも感じられる話にイリコが思わず唸っていると、ミントが不安そうな眼差しでちらちらと見ていることに気が付いた。
イリコは内心でちょっと溜め息を吐いてから、軽く微笑んでやる。
「やっぱり、ミンちゃんってすごいね。私も見習わなきゃ」
「…………」
イリコの一言に、ミントは何も言わず、うつむくだけだった。
「おぉ~い、若人たちぃ!」
と。不意にラキアの元気な声が聞こえ、三人はそちらを振り向く。
「外と連絡とれたから帰るよ~う!はよはよ!」
「あ、はーい!!」
イリコは元気良く返事を返し、もみじシューターを大事そうに抱える。
(―――戻ったら、まず最初にアオさんに連絡しなきゃ)
……絶対心配してるだろうなぁと、イリコは物凄く申し訳なく思った。
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