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イリコとバトル<前編>

「セイゴさんって、そうやって悪ぶってますけど、ほんとはめちゃくちゃいいひとですよね」
「…………」
セイゴは答えない。
「私がハイカラスクエアから出てった方がいいって、ほんとにそう思ってますか?」
「…………」
セイゴは答えない。
「大体、ピーニアとやらのせいで私がスクエアから出てったら、それこそマサバさんもアオさんも気にするでしょうが」
答えないままのセイゴに対し、イリコは怒ったように言った。
「まさかそこまで考えてないとか言わせませんからね。大体、さっきだってずっとアオさんの心配もしてたくせに、何がどうでもいいですか。バイトとやらも一緒に行って、わざわざそのたびにフレンドになってるんですよね。セイゴさんって、どうでもいいひとに対して、そこまで手間かけるようなお人好しには思えないんですけど」
「……まいったな」
ぽつりと、ようやくセイゴは口を開いた。
「いや、うーん、まいったまいった。俺の予想では、『出てくわけないじゃないですか!私がピーニアをぶちのめしてアオさんを守ります!ぶい!』ぐらいの返事が来るかなぁと思ってたんだけど」
「なんですかそれ……」
セイゴのなかの自分はいったいどうなってるんだ。
そう言いたげなイリコの呆れた視線に対し、セイゴはふはっとおかしそうに笑った。
「ごめんごめん、半分冗談。でも、まあ、うん、そうだな……」
セイゴはちょっと目を伏せてから、「うーん」と唸って、あらためてイリコの方を見つめ直した。
「俺さ」
「はい」
「正直、イリコちゃんには無理だと思ってたんだよね。アオからキルとるの」
「……え?」
唐突な話題の転換に、イリコは思わずきょとんとしてしまう。
それにも構わず、セイゴは話を続けた。
「アオの強さは身をもって知ってるし、君がまだ実力不足のぺーぺーなのもよく知ってる。俺やマサバだってそこそこバトルやる方だけど、アオの強さは尋常じゃない。バトルにおいては誰からも頭一つ抜けてる。でも……」
一つ、呼吸を置いて。
セイゴは真っ直ぐに、イリコに言葉を向けた。
「君は、アオからキルを取った。君は、アオからキルを取ったんだ」
「…………」
「俺もマサバもまだやれてないことを、君はやった」
それってさ―――と、セイゴは微笑む。
「アオのことを、君は、ちゃんと見てるんだよな」
「……私が?」
セイゴは微笑んだままうなずく。
「俺がマサバのことを理解しているように、君もアオのことをちゃんと理解してる。それって、多分すごく大事なことなんだよな」
「…………」
本当に、そうなんだろうか。
自分は―――アオのことを、理解しているんだろうか。
そんな自信はない。自信はないけれど……。
「何が言いたいかっていうと、」
セイゴはちょっと唇を尖らせて、
「俺、マサバにはアオと付き合って欲しくないんだよね」
「……えっと」
また唐突な話題の転換。どこがどう繋がっているのか、話が見えない。
「俺、アオのことは嫌いじゃない。でもマサバの恋人にはなって欲しくない。アオって根はめちゃくちゃいいやつだけど、めちゃくちゃ不器用じゃん。主に人付き合いの方向で」
「……それは……」
正直、否定できない。いや、そこがアオの魅力でもあると、イリコは思うけれど。
「俺は、もうあいつに、誰かに振り回されるような目に合って欲しくないんだよ」
セイゴの声は真摯だった。少し、悲痛なものも感じられるくらいに。
「でもまあもちろん、あいつらの関係性は俺が決めることじゃなくって、マサバとアオが決めることだってのはわかってる。でも、マサバってお人好しだし誰にでも良い顔するし、お節介だし意外と弱気だし、あれで結構執念深いし、めんどくさいしめんどくせえじゃん」
「は、はぁ……」
言いたい放題である。セイゴじゃなかったら許されないだろうなぁ、と、イリコは思った。
「だから俺、マサバとアオの関係って、ずーっとあのままなんだろうなぁと思ってた」
でも。
「でも、それを君が変えちゃった」
「…………」
「君はアオのこともマサバのことも、俺のことまで真っ直ぐに見て、そうやってぶつかってきて、見てない振りしてきたものに風穴開けて、変えてくんだなぁって思った」
今のみたいにね、と笑うセイゴに、何と返事をするべき迷って、イリコはちょっとうつむいてしまった。
正直なところ、セイゴがあんまりにも素直じゃないのでもやもやしてしまって、勢い余って核心を狙ってしまったのだけれど、どうやら思ったよりも彼にクリーンヒットしてしまったらしい。
イリコが何となく反省していると、「そんな顔しなさんなって」と、セイゴはいつものような軽い口調で言った。
「もういいよ、悪いオトコに振り切れなかった俺の負け。そうです、俺はアオもマサバも、もーちろん君のことだって心配してる。あと、ピーニアのこともな」
「ピーニアさんのことも……ですか?」
「うん……」
セイゴは何とも言えなさそうに眉をしかめて、
「あいつ、家の環境が環境なだけに、めちゃくちゃ好き放題やらかして育ってきたらしくてさ……今、あいつにブレーキかけてやる奴が、周りにいないんだよね。だから、余計に君のこと心配してんだけど……」
「…………」
そういえば。
ピーニアとやらはちょっと危ない家の出身なんだったか。
そのガールがブレーキ無しに突っ走り、現状イリコを狙っている。
というと、つまり。
「……もしかして今、私の状況って大分ヤバげな感じです?」
「まあ、その話をこれからしようかな~と思ってたんだけどさ……」
大分前置きが長くなったけど、と、セイゴは苦笑いしながら言った。
「いきなりヤーさんの娘が突貫かけてくるよ~なんて言ったって、意味わかんないじゃん?だからとりあえず、背景の事情を説明しときたくて……」
「はあ……」
正直、アオとマサバ、そしてセイゴの昔の話を聞けたのはとても良かったけれど……まさかただバトルを楽しんでいるだけで、自分の身に危険が迫るようなことになるとは、思ってもみなかった。
「……ごめんな、巻き込んで」
不意にセイゴに謝られて、イリコはびっくりしてしまう。
「きゅ、急にどうしたんですか?いやまあびっくりはしてますけど、セイゴさんは悪くないんじゃ……」
「ん~、まあその話は長くなっちゃうからまた今度ね」
どうやらセイゴはセイゴで訳ありらしい。
とはいえ、確かにこれ以上話が長くなると、帰るのが遅くなってしまう。
「イリコちゃんがもう怖いからスクエア出ていきますぅ~って言ったらこの話はしないでおこうと思ったんだけど、まあ君のことだからどうせ正面立ってピーニアに歯向かうだろうし」
「セイゴさんのなかの私はいったい何なんですか……」
どうやらすっかりいつもの調子を取り戻したらしいセイゴは、けらけらと笑ってから、
「まあまあ、また真面目な話になるんだけどさ。ここでセイゴくんの、お得マル秘情報~」
「お得マル秘情報……?」
怪訝そうな顔をするイリコに向かって、セイゴはにやりと笑った。



*****



―――次の日曜、ピーニアが君を狙いにくるよ。
セイゴは確かに、そう教えてくれた。
(……できればアオさんとの約束を済ませてからにして欲しかったなぁ)
爆発寸前のピーニアの表情を見ながら、イリコはやれやれと、そう考えた。
「あっ……あ……!!!」
ぶるぶると大きく肩をふるわせながら、ピーニアは右手のブキを振り上げた。
「あたしがアオ以下だっていうのか!!!!!!!このクソザコ女!!!!!!!」
イリコが身構えるより早く、ピーニアは持っていたブキでイリコに殴りかかった。
肩を強く打ち付けられて、イリコは思わずよろめいてしまう。
「くっ……!」
「ぴ、ピーニア様!!」
取り巻きの一人が慌てて駆け寄ろうとするも、ピーニアはそれを跳ね飛ばすようにして、イリコにまた向かっていく。
「あたしが!!!あいつさえいなければ!!!あたしが!!!あたしがっ!!!!」
むちゃくちゃにブキを振り回しながら殴りかかってくるピーニアに、イリコはもみじシューターを放り出し、自分を庇うことしかできなかった。
狙いはとにかくめちゃくちゃだったが、かなり重量のあるブキらしい。一撃当たった時に、腕に痺れるような痛みが走った。
「う、ぐ……」
「あんたまでっ!!!あたしを馬鹿にしてっ!!!!!」
ピーニアはいっそ泣きそうになりながら、それでもなおイリコを攻撃することを止めなかった。
「何も知らないくせに!!!!!何も知らないくせにっ!!!!!」
「い、イリちゃん!!!」
ミンちゃん、出てきちゃだめ―――。
イリコが咄嗟に振り返り、そう言おうとした瞬間、ピーニアの持っていたブキがイリコに思い切りぶち当たる。
「きゃっ!!」
体勢を崩したイリコを押さえつけるようにして、ピーニアは叫んだ。
「あんたに立場を分からせてやる!!!!!」
イリコの頭を掴んで引っ張りながら、ピーニアは後ろを振り返る。
「全員、出てきなさい!!!!!この女とあっちの雑魚をめちゃめちゃにしてやって!!!!!」
しまった、まだ味方がいるのか―――。
せめてミントだけでも逃がしてあげなければ。
何とかピーニアを振り払おうとしながら、イリコは周囲の物陰から、誰かがぞろぞろと出てくるのを見た。
(……あれは……)
すらりとした体型の、妙になまめかしいガールの集団が、揃いの無機質なアタマギアを付けてこちらを見ている。手には―――どこかで見た、シューターブキ。
(……あのブキ、どこかで……)
「い、イリちゃ……」
「あんたも覚えてなさいよミント!!!!!」
イリコの頭を掴んだまま、ピーニアはミントに向かって怒鳴った。
「あんたの親戚のスキャンダル、あちこちの週刊誌にばらまいてやる!!!!!あたしに逆らったらどうなるか、身をもって教えてやる!!!!!」
「っ……!!!」
ミントがまた、泣き出しそうな顔をしながら震え出す。
イリコはピーニアの手を振り払おうとしながら、
「あんた、ほんっとやることなすこと雑魚だね……!」
「うるっさい!!!」
ヒステリックな金切り声をで、ピーニアは怒鳴る。
「あんたが、あんたが悪いんだからね!!!あたしを怒らせたから……」
イリコは何も言わなかった。何も言う気も起きなかったし、ただただピーニアに対して呆れ果てていた。
ミントの事情は薄々察しがついた。あとで彼女の話は聞くとして、今はそれよりも―――じりじりと迫りつつある謎の集団が問題だ。
彼女たちは明らかにイリコへと狙いを定めながら、こちらへ距離を詰めようとしてきている。
いったい何人いるんだろう。ミントを連れて逃げるにしても、ここからどうやってスクエアに戻ればいいのか。
普通のバトルなら制限時間があるはずだ。でも、この様子だと、いつまでたってもジャッジ君が現れる気配はない。
何か細工がしてあるのかもしれない。考え無しだったかもと、後悔が頭を掠める。
でも、そうだとしても―――あの場でミントを放っておくなんてこともできなかった。
だから。
(今、私ができることは―――)
イリコは足下に落としておいたもみじシューターをひったくるようにして拾い上げるなり、ピーニアに向かって引き金を引く。
「!? なにすっ……!!」
「ピーニア様!!!!!」
もみじシューターのキルタイムはそう短くない。だが、この至近距離ならあっさり倒せる。
顔面にインクをぶち当てられたピーニアが、短い悲鳴とともにインクの中に沈んだのを確かめてから、イリコはロボットボムを取り巻きたちの方にぶん投げた。
「うそっ!」「あいつやる気なの!?」
「ミンちゃん!!」
わずかになったインクをセンプクで回復する―――と見せかけて、イリコはスーパージャンプでミントの元に戻る。
「い、イリちゃ……」
「こっち!!」
ミントの腕を強引に掴み、イリコはステージを滑り降りた。
「!?イリちゃん、何を―――」
「いいからっ!!」
説明している暇はなかった。
ミントを引っ張って逃げようとするイリコの様子に、ピーニアの取り巻きたちと謎のガール集団が急いでそちらへ向かおうとする。
「待ちなさい、あなたたちはピーニア様を迎えに行って!!」
ピーニアを制止しようとしていたガールが、取り巻きたちにそう指示する。
「あいつらは私たちで追います!!」
「わ、わかった……!行こう、サニー!」
「う、うん!」
二人の取り巻きはスーパージャンプでリスポーン地点に向かったらしい。
(Bバスパークは起伏が多いステージ、だから……)
―――裏取りは効果的よ。だけどタイミングは考える必要があるわ。
こんな時でも、アオのアドバイスは役に立つ。むしろこんな時だからこそ、か。
「ミンちゃん、塗って!」
イリコは物陰に隠れると、ミントに向かって小声で頼み込んだ。
「逃げながら塗って、お願い!」
「で、でも、」
ずっと握りしめていたプロモデラーPGを抱えながら、ミントは涙声で首を振る。
「無理だよ、相手あんなにいっぱいいるのに……」
「私が囮になって注意を引きつけるから、逃げ場とインク回復の場所を作ってほしいの」
イリコは必死になってそう言った。
「お願い!時間さえ稼げればいいの!」
「でも―――」
「ミントっ!!!」
今は彼女の泣き言を宥めている暇はない。イリコはミントの両肩を掴み、揺さぶりながら言った。
「お願い!!銀モデで塗るだけでいい、そしたら―――」
「イタゾ!!!!!」
無機質な声が聞こえ、イリコとミントははっとする。
黒いシューターブキを構えたガールが、味方を呼ぼうとしている。
「くっ!!」
イリコはかろうじて残っていたインクで、ロボットボムを放り投げる。敵はそれを見て一瞬後ろに飛び退き、その隙にイリコとミントはまた逃げ出した。
「ミンちゃん!!!」
「~~~~~~っ、わ、わかった……!!」
ミントは泣き出しそうな顔で了承すると、震える手でプロモデラーを握りしめる。
「どこから塗ればいい……?!」
「裏取りして!!ピーニアたちには気をつけてね!!」
ミントはこくんとうなずくと、急いでステージの横にある細道へと駆けていった。
そして、イリコは―――
「見つけた!!!!」
鋭い声に振り返ると、大きなローラー―――ダイナモローラー種のブキを構えたピーニアの取り巻きの一人が、怒りに燃える瞳でイリコを睨んでいた。
「よくもピーニア様を……!!」
(やばい、どうしよう……)
ここでキルを取られたら、リスポーンに戻った途端、相手の集団に捕まってしまうに違いない。
けれどインクを回復せず走り続けていたので、もうインクタンクの中身はほとんど空だ。撃ち返したとしても、ダイナモローラーのキルタイムには敵わない。
(駄目だ、やられる―――)
―――だとしても!!
「うわあああああああ!!!!!!!!!!」
「!?」
ダイナモローラーは一瞬、振りに隙が出来る。イリコはその隙を見逃さず―――相手に思いっきり、体当たりをした。
「ぐうっ!!」
相手はよろめきはしたものの、転びはしない。尻餅をついてしまうイリコに対し、すぐにダイナモローラー使いは体勢を整えようとする。
それを見たイリコが諦めかけた、その時だった。

パシュッ!!

マニューバー種のスライド音。一瞬、ピーニアかと思ったが―――そうではなかった。
誰かが地面を転がるようにして滑り出て、真っ赤なインクが迷うことなくダイナモローラー使いを撃ち抜く。
「きゃ―――!!」
大きなブキと共に、小柄なガールがあっと言う間にインクの中に沈んでいった。
イリコが思わず唖然としていると、
「……あっは☆」
突然現れたマニューバー使いのガールが、これまた真っ赤なブキをくるくると指で回しながら、イリコの顔を覗き込む。
「インク無くなっちゃったから、それならせめて突貫しようって?やるねぇ君~」
「……え、えと」
「そういうナイスガッツ、嫌いじゃないしむしろ好きだよ☆ていうか―――」
ガールの瞳が、何かを懐かしむように細められた。
「そういうとこ、ウルメちゃん似だねえ。血は争えないってか?」
「あ、えと……」
手を貸して貰って立ち上がりながら、イリコは恐る恐る訊ねた。
「あの、あなたは……?」
「あたし?あたしはラキア!ウルトラスーパー……ああ、今はいいや。そうさね、必要なことだけ言うなら―――」
ラキアはぺろりと舌を出して、笑った。
「お待ちかねの、君の味方ってところかにゃ?」
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