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イリコとバトル<前編>

***



「昔々、あるところに、と~っても仲の良いチームメンバー四人がいましたとさ」
あの日―――セイゴがイリコを助けてくれたあの日、セイゴは帰り道に、昔の話を聞かせてくれた。
セイゴの話し始めは軽い、だけれどどこか影を帯びたものだった。
セイゴとマサバ、そしてアオ。
それから、ピーニアについて。
彼の語る昔話は、懐かしさを含みながらも、どこか寂しそうだった。
「昔はハイカラシティでバトルするのが主流でさ。俺とマサバ、それからピーニアってガールと……もう一人。その4人でチーム組んで大会出たりして、結構良い成績残したりしてたんだよ」
ぽつぽつと語られるセイゴの話を、イリコは静かに聞いていた。
「でも、そのもう一人……チームのリーダーだったそいつが、ある日いきなり俺とマサバにでかい借金残して、失踪しちゃったんだよね」
「しゃ、借金!?」
そう、と、セイゴは軽い口調で笑ってみせる。
「悪ぅ~いところから借りてた、とんでもない額の借金、ぜぇ~んぶ残していきやがってさ……あの頃はほんと、地獄みたいな毎日だったな」
「…………」
セイゴの口調は、どこまでも軽い。だが、表情はどこか暗く沈んでいた。
「んで、当時マサバと付き合ってたピーニアが……あ、ごめん」
セイゴはおどけたように舌を出してみせる。
「ピーニアがマサバの元カノって話はしたっけ?」
「……元カノ?!」
―――あのマサバに、元カノがいたのか。
イリコが驚いている顔を見て、セイゴは満足げにうんうんとうなずく。
「そ~、元カノ。あのマサバくんにですよ。ま、付き合ってたのはあくまでも当時の話だけどな。んで、ピーニアがその~なんだ。そういう、裏の世界に顔利く家で生まれ育ったんだけど」
「…………」
マサバに元カノがいたという事実から何となく立ち直れないまま、イリコはセイゴの話を大人しく聞くことにした。
「俺もマサバも、そいつを巻き込むのは嫌でさ。ピーニアが自分の親父さんに頼んでくれるっていう話を突っぱねて、朝から晩までず~っとバイト三昧。バイトやってない時間に寝て、飯だけは一応食べて、あとはバイトして……って」
当時のことを思い出したのか、さすがにセイゴの表情から笑顔が消える。
「うん……まあ、地獄だったな。地獄だったわ、マジで」
「……あの」
イリコは何となく心配になって、つい口を挟んでしまう。
「それで、借金は返せたんですか?」
「ううん、全然ムリ」
「え゛っ」
「あ、最終的にはなんとかなったけどな?」
セイゴはそう言ってへらりと笑ってから、不意に真面目な表情を浮かべた。
「ぶっちゃけ、大事なのはそこじゃなくて―――ピーニアのことだ」
「……マサバさんの元カノさんですか?」
そう、と、セイゴはうなずいてみせる。
「前置きが大分長くなりそうだから、先に言っちゃうと……ピーニアが、君のことを狙ってる」
「……へぁ?」
唐突なセイゴの言葉に、思わず気の漏れた声が出てしまった。
けれどセイゴは笑いもせずに、「真面目な話なんだよ」と、イリコを窘めた。
「ま、真面目な話って……」
イリコは戸惑いながら、怪訝そうな表情でセイゴの様子を窺った。
「そのピーニアってひと、私と何の関係が……?」
「詳しい事情は後追いで話すけど、結論から言うと……」
セイゴはいつになく冷静な表情で、
「アオのことが嫌いなピーニアが、アオと仲の良い君に、危害を加えようとしてる」
「…………」
「さっきも言ったように、ピーニアはちょっと危ない世界のおにーさん方に繋がりがある」
厄介なことにな、と、セイゴはちょっと溜め息を吐いた。
「だからそういう手荒なことには『慣れてる』。脅しをかけたりとか、乱暴したりとか、色々ね」
「…………えーっと……」
イリコはまだ戸惑いながらも、
「それって、アオさんは大丈夫なんですか?私より、アオさんの方が心配なんじゃ……」
それを聞いて、セイゴはきょとんとしたような表情をしてみせる。それから思わず噴き出して、
「ふっ……あはは!君はこのタイミングでアオの心配するか~なるほどね」
「だ、だって~!」
イリコは慌てて、
「そのマサバさんの元カノがなんでアオさんのこと嫌いなのかはわかんないですけど、話聞いてたら誰だっ……て……」
ふと。そこまで言いかけて、イリコは何となく引っかかりを覚えた。
マサバとアオの関係性。
アオに対するマサバと、マサバに対するアオの様子や態度。
それから、アオのことが嫌いだという、マサバの元カノ。
……それって、つまり。
「……あの、セイゴさん」
「何だいイリコちゃん?」
「その、ピーニアってひと……いまでも、マサバさんのこと好きなんですか?」
「多分ね?未練の方がデカいだろうけど」
「……ピーニアさんは、マサバさんがアオさんのこと好きなの知ってるんですか?」
「知ってるねえ。なんだったら、アオとピーニアで一悶着あった話もこれからしようと思ってたけど」
「…………」
少女漫画というか、昼ドラというか。
しょっぱい顔をしてみせるイリコを見て、セイゴが「言っとくけど」と苦笑いをして、
「マサバばっかり悪いわけじゃないぞ?これは俺がマサバの味方をしたいからってだけじゃなくて、マジな話として」
そう言ってから、不意にセイゴは視線を横に流す。
イリコも釣られてそちらを見ると―――大きな橋の向こう側に、夕陽が落ちていくところだった。
「色々……色々あったんだよ。たくさん……」
「…………」
懐かしむようなセイゴの声が、少しずつやってくる夜に、溶けていくようだった。



****



その後もぽつぽつと、時にはいつものように彼らしい口調でセイゴが話してくれた内容を要約すると、次のような話だった。
ピーニアというイカガールは、昔マサバと付き合っており、なおかつ彼らのチームメイトでもあったらしい。
ところが、チームリーダーの突然の裏切りによって、多額の借金を背負わされたマサバとセイゴは、彼女をほったらかしにして、その借金の返済に日々明け暮れていた。
それをきっかけにして、ピーニアとマサバの仲は徐々に悪くなり、最終的にはマサバからピーニアに別れを告げ、彼はセイゴと共にハイカラスクエアへとやってきたのだそうだ。
ピーニアは元々ハイカラスクエア近くの出身だったらしく、マサバとセイゴを追いかけるようにしてスクエアにやってきたのだが、しかし―――。
「その頃にはもうマサバはアオに一目惚れしちゃってて、ぞっこんだったってわけ」
「一目惚れだったんですか……」
「あ、そこ?」
もうすっかり日が落ちて暗くなったのを見て、セイゴは温かい飲み物を自販機で買ってくれた。
イリコは礼を言って受け取ってから、その飲み物で両手を温めていた。
「それで……ピーニアさんは、アオさんを目の敵に?」
「いや、あいつはその前に、まずアオと仲良くなろうとした」
それを聞いて、イリコは危うくペットボトルを取り落としかけた。
「あ、アオさんと?」
「うん。でも、当時からアオはフレンドゼロ主義って言われるようなやつでさ」
当時の様子を思い出したのか、セイゴは溜め息を吐く。
「まああいつの言い方も悪かったんだけど、ピーニアのフレンド申請突っぱねたんだよ。んで、何アイツ生意気!!ってなって……」
「ああ~……」
何となく、その様子が目に浮かぶようだった。イリコはピーニアのことはよく知らないが、アオのことなら何となくわかる。
きっと、彼女なりの考えがあって断ったんだろう。でも、アオの考えは、あまり周囲には伝わらない。だからアオにはきっと、申請を『突っぱねた』つもりはなかったに違いない。
でも、ピーニアや周囲は―――あくまでもアオ以外は、そう受け取ってしまったのだ。
「それからは、色々と大分酷かった」
セイゴは申し訳なさそうな顔をして、うつむく。
「アオに対してあることないこと吹聴して回る奴が出たり、周りがそれを信じてアオを邪険にしたり……一部のひとたちはちゃんとアオがそんなやつじゃないって分かってたけど、でも……アオは、あんまりにも強すぎた」
プルタブの開いていない缶ジュースを手で弄びながら、セイゴはそう言った。
「近距離ブキでペナアップなんか付けて、あっという間にウデマエ駆け上がってたら、周囲からは尊敬よりも怯えで見られるし……何よりそれに対する妬み嫉みが凄かった。ピーニアの扇動もあるだろうけど……そもそもあいつ、顔も可愛いしな。やっかまれるのは時間の問題だったのかもだけど」
「……アオさんって」
イリコはペットボトルをぎゅっと握りしめたまま、セイゴに訊ねた。
「本当に、一人もフレンドがいなかったんですか?」
「いなかったよ」
セイゴからの答えは、すぐに返ってきた。
「こないだ言ったみたいに、臨時でフレンドになっても、用事が終わったら切ってた。あいつは君が来るまで、ほんとうにただの一人も、フレンドを作らなかったんだ」
「…………」
それは……アオは、どういう気持ちだったんだろう。
アオがフレンドを作らなかった理由を、イリコは知らない。聞いたこともない。
きっとアオなりの理由があるんだろうと、それだけで済ませていた。
でも―――もしかして、本当は―――。
「ピーニアによるいじめ……いや、あれは、そんな生易しい言葉で片付けちゃいけないな」
セイゴがあらためて話し始め、イリコはそちらに意識を向け直す。
セイゴはいつになく真剣な顔で、話を続けてくれていた。
「アオへの迫害は、アオがいなくなるまで続いた。俺もマサバも必死で火消ししようとしてたけど、あいつは何にも言わずに、どっか行っちゃったんだ」
「アオさんが……!?」
「そもそも、ピーニアの狙いはそこにあったんだと思う。アオがハイカラスクエアにいられなくなるようにして、追い出したかったんだ。でも……」
いったん言葉を区切り、セイゴはぽりぽりと頭をかいた。
何かを言い出し辛そうな様子に、イリコが不思議に思いながら見守っていると、彼は「俺が言ったって内緒ね」と前置きしてから、
「そのとき、ついにマサバがキレたんだ」
「マサバさんが……?」
そう、とセイゴはうなずいてみせる。その表情は、どこか苦々しい。
「それまであいつはアオのこと庇って、変な噂の火消ししたり、アオの味方でいようって、ずっと頑張ってた。もちろんピーニア本人にも文句は言いに言ってたけど、何かとしらばっくれられてて、どうにも出来なかったんだよ。だけど、あの時は違った。ピーニアんちに突撃して本人引っ張り出して、あいつの親父さんの前まで行って、対面で話し合いに持ち込んだんだ」
「…………」
凄い行動力だ。イリコは素直に感心したが、セイゴは自嘲したような表情で、
「……まあ、俺はそのこと、後で知らされたんだけどな」
「…………」
「ま、それはさておき……」
イリコが何というべきか迷っているうちに、セイゴの表情が、少しだけいつもの彼らしくなる。
「それ以降、アオへの誹謗中傷の類は、ちょっとずつなくなっていった。表面上は、だけど……。でも、アオがいなくなってる以上、何の意味もなかった」
それはそうだろう、とイリコはうなずく。
本当なら、そうなる前に止めなければいけなかったことだ。過去のことをどうこう言っても仕方ないとはいえ、イリコは何だか、とてもやるせなかった。
「それから、マサバはあっちこっちアオを探しに行くようになった。黙ってどっか行っては、生傷作って帰ってきて……いやまあ、今じゃ二人とも、ああやってスクエアでぴんぴんしてるけどさ?」
そう言ってセイゴは笑う。けれど、すぐにその笑みは消えて、
「……残された俺は、毎日気が気じゃなかったよ」
「……セイゴさん」
イリコの気遣わしげな表情に気が付いたのか、セイゴはすぐにまた「ま、それはいいんだよ、俺のことは」と笑ってみせる。
無理に笑っているようにしか見えない彼の表情に、イリコはどうしても、笑顔を返すことはできなかった。
「で、そのあと、結局アオは自分で帰ってきたんだけど……あいつはあいつで、マサバに迷惑かけたって思ってたみたいでさ。ずーっとマサバのこと避けようとしてたよ……」
不意に、セイゴの紫色の瞳が、イリコの橙色の瞳を捉える。
「……君が来るまでは」
「…………」
イリコはあえてその瞳から、目を逸らさなかった。
セイゴはしばらくじっとイリコを見つめたあと、ふっと笑って、
「……ま、話しておきたかった昔話はこんなとこかな」
と、いつもの彼らしい表情に戻ってみせた。
「…………」
「あいつらのこと、仲直りさせちゃった、って思った?」
「……いいえ」
イリコはそう言って首を振った。
「でも、マサバさんは……アオさんのこと、放っておかなかったんですね」
「一応、惚れた女にけじめつけるくらいの気概はあるからね、あいつも」
そう言って、セイゴはようやく缶ジュースのプルタブを開けた。
イリコも手元にあった飲み物のことを思い出して、慌ててペットボトルの蓋を開ける。
「マサバがアオに構わなくなったら多少は良くなるかなと思ったんだけど、あの時はもうそういうレベルの話じゃなくなってたし……それなら自分ができることやるって言ってたよ」
「それは、今でも全然、変わらないんですね」
セイゴは少しだけ微笑んで、うなずいた。
それを確かめて、いかにもマサバらしい、とイリコは思った。
そんなに長くない付き合いとはいえ、彼のひととなりは、近くで見ていればよくわかる。
お人好しで優しくて面倒見が良くて、困っているひとを放っておけないのだ。
もしかしたら、アオじゃなくても、彼はそうしたかもしれない。
アオだから頑張ったという面は、否定しきれないけれど。
「さてさて、随分話長くなっちゃったけど……こっからがようやく本題だ」
本来のお茶目っぽさを取り戻しつつ、セイゴはイリコに向かってにんまりと笑う。
「イリコちゃんが来てから、マサバとアオは随分親しくなってる。前はあんなにお互いすれ違ってたのにな~。ところがどっこい、ピーニアがそれを知ったら……当然、面白くないだろ?」
「……二人が仲良くなったきっかけが、私だから……」
イリコはセイゴから聞いた話を、ひとつひとつ頭のなかでまとめ直す。
「だからピーニアさんは私が気に入らない、ってことですか?」
「ちょっと違う」
そう言って、セイゴはぴっと人差し指でイリコを指差した。
「君さえいなければ、マサバとアオは仲良くならなかったんだよ」
「…………」
「さて、逆に考えてみよう。今、アオとマサバが仲良くしてるせいで、君になんかあったら……あの二人は、どう思う?」
「…………」
アオとマサバの距離が縮まったのは、どうやらイリコのお陰らしい。
そのイリコに、嫉妬したピーニアが危害を加えたら。
アオは。マサバは。
「……二人とも、優しいですもんね」
イリコは内心で湧き上がってくる怒りを堪えながら、言った。
「きっと―――きっと、自分のせいだって、思うはず」
「そう。俺はそれが心配でしょうがない」
そう言うなり、セイゴはいつの間にか飲み干したジュースの空き缶を、ゴミ箱に放り投げた。
それからおもむろに、真剣な表情で―――いつになく冷たい表情で、彼は言った。
「正直に言おう。ぶっちゃけ、俺は君のこととかアオのこととかどうでもいい」
「…………」
「俺の一番はマサバだから。俺の最優先はマサバだから。だから、俺はあいつが傷つくとこが見たくない」
「…………」
だから、と、彼は言った。
「ピーニアが何かする前に、スクエアから出てってくんない?」
「え?嫌ですけど……」
イリコの返事は即答だった。
あんまりの早さに、セイゴがちょっと眉を上げたほどだった。
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