短編
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新しい詩
入団して半年は過ぎただろうか。目まぐるしい日々で正確な日付はよく覚えていないけど、ようやくこのよくわからない組織にも慣れてきた。エクソシストとして連れてこられた最初は絶対怪しい宗教団体に攫われたんだと思ったけど、まぁその認識は今もあまり変わらないけど、優しい人もたくさんいて、何よりご飯が美味しいからまぁ何とかやれている。
今日は久しぶりに休みだ。好きな飲み物を持って、落ち着ける場所を探しがてら中庭を散歩する。すっかり景色の変わった木々を眺めながら、そういえばと思い出してある場所を目指した。
最初の頃に教団の中をくまなく散策したときに見つけた木陰のベンチ。その時はまだ暑かったから、涼しくなったらそこでゆっくりしたいと思っていたのだ。何となく見覚えのある植え込みを見つけたので辿って歩いていくと、大きな木の後ろにベンチの脚が見えてきた。嬉しくて足取りが軽くなる。
「…あっ」
近付いてみると、ベンチには先客がいた。赤毛の男の子…ラビが本を広げて座っていた。
「あ…***?」
木の葉を踏む音にラビが顔を上げた。数秒目が合って、ひとつきりの翡翠が瞬きを数回。はっとして、来た道を戻りかけたら呼び止められた。迷ったけど、声をかけられたら無視は出来ない。ぐるりとラビに向き直って、そろそろとベンチに近付く。
「…本、読んでたの?」
「うん…***は?」
「散歩してて…どっか座るとこないかな〜って…」
「あー、オレどっか行くから、ここいいよ」
「いや、そこまででは…」
「じゃあ…一緒に座っていい?」
「う、うん」
何となく緊張しながら、仕切りのないベンチに1.5人分くらいの間隔を空けてラビの隣に座る。座ってみたら木漏れ日と涼しい風が気持ちよくて、思わずため息が出た。
「いいよなー、ここ」
「うん…」
思った通りの心地よさにしばらくぼーっとしていると視線を感じて、隣のラビを見る。目が合うとにこりと微笑まれて、何かを誤魔化すようにドリンクをひと口飲んだ。
ラビとは会う度話しているけど、二人だとちょっと緊張してしまう。人懐っこいけどどこか壁があるような雰囲気で、でも別に嫌な感じはしない。アレンなんかと話しているのを見ると年相応の男の子だけど、さっき一瞬見たような静かに本を読む顔はすごく大人びて見える。あとはまぁシンプルに、とても見た目がいいのだ。整っているという意味でもあるし、なんていうか、愛嬌のある垂れた目元が個人的に好ましいという意味でもある。
「***散歩してたん?」
「うん…ラビは読書?」
「うん、記録の息抜き」
「読書の息抜きに読書するの…?」
「え、変…?」
「んー、ちょっと変かも」
今初めて気付いたような顔に思わず笑ってしまった。一緒に笑ったラビの顔がとても魅力的に見えて、思わず逸らした視線の先に手元の本が目に入った。
「…それ、なんの本?」
「あーこれは…詩集」
「詩集?!」
「なに…?」
「静かな木陰で詩集読むって…なんかのお話に出てくるヒロインの憧れの人みたい!」
「えぇ…?…っはは、何さそれ!」
素敵な物語の登場人物みたいな行動にびっくりしてしまった。しかも普段は元気で明るい男の子がそんなことしてたら誰だってギャップにやられてしまうだろう。
というか今、あ、好きかも、と思ってしまった。
───────────────────────
***を教団に連れて来たのはオレだった。任務で行った先で適合者であることが判明し、一緒に帰還したのだ。
第一印象では図太いなコイツ、と思った。
ぼーっとしているようで適応力はあるし、何でも素直に口に出すくせに自己開示には慎重。出生記録によると両親はいないし生い立ちはまぁまぁ壮絶だが、それなのにどうしてこんなに草食動物のようにのんびりしているのか。むしろだからこそ決して良くはない環境で生き延びてこられたのか、会う度傷を増やしながら無難に任務をこなしている姿を見て興味が湧いた。拾った野良猫を見守るような気分で観察するうちに、図太いというより素直すぎる***の言動に少しずつ惹かれている自分に気付いた。どうしてそんなに自然体でいられるのか知りたくて、***と話がしたくて目に入れば追いかけていた。
今だって人が詩集を読んでいただけのことをそんな風に描写されると思わなくて、客観的に見ると確かにキザだなと思うと可笑しくなって***と一緒に笑った。
一頻り笑い転げてから***の視線がまだ詩集にあることに気付く。見るかと尋ねると頷いて、ベンチの空いていた距離を突然ぐっと詰めてきた。触れられそうな距離でじっとオレを見上げてくる姿を、素直に可愛いと思う。
「好きなの、教えて」
「……え?…あぁ、詩?」
「うん」
「えーと…あー、これかな…」
好き、の単語に一瞬動揺してしまったが、何とか平静を装ってページをめくる。オレが好きというより***が気に入りそう、という理由だったが、挿絵があったので少しは面白みもあるだろうと目に留まったページを開いて見せる。***の目はまず挿絵を捉えて感嘆の声をあげ、文字を見て首を捻った。なんともわかりやすくて可愛らしい。
「…なにご?」
「デンマーク語」
「読んで読んで」
前後にゆらゆらと体を揺らしてねだる仕草は天真爛漫と言う他ない。訳して読んでやったら挿絵と照らし合わせて納得したあと、今度は原語で読んでほしいと言われて読み聞かせたらまた首を捻った。
「んー…難しい…けど、綺麗だね」
「…うん」
「あ!」
***が本の表紙を覗き込んで声を出す。渡して見せてやると閉じたままの本を360度眺めて嬉しそうに言った。
「おー…いい顔だね」
背表紙が見えるように持って***が笑った。黒に近いブルーに金の装飾が施されたその本を見たときオレも同じようなことを思ったのだ。
「…だよな」
***のことが好きかもしれない。
その日オレは見て見ぬふりをしていたその感情と、諦めて向き合うことに決めたのだった。
(ねー***、ご飯一緒に食べない?)
(うん、今日はねークリームシチュー食べるって決めてる)
(ふーん…オレもそうしようかな)
入団して半年は過ぎただろうか。目まぐるしい日々で正確な日付はよく覚えていないけど、ようやくこのよくわからない組織にも慣れてきた。エクソシストとして連れてこられた最初は絶対怪しい宗教団体に攫われたんだと思ったけど、まぁその認識は今もあまり変わらないけど、優しい人もたくさんいて、何よりご飯が美味しいからまぁ何とかやれている。
今日は久しぶりに休みだ。好きな飲み物を持って、落ち着ける場所を探しがてら中庭を散歩する。すっかり景色の変わった木々を眺めながら、そういえばと思い出してある場所を目指した。
最初の頃に教団の中をくまなく散策したときに見つけた木陰のベンチ。その時はまだ暑かったから、涼しくなったらそこでゆっくりしたいと思っていたのだ。何となく見覚えのある植え込みを見つけたので辿って歩いていくと、大きな木の後ろにベンチの脚が見えてきた。嬉しくて足取りが軽くなる。
「…あっ」
近付いてみると、ベンチには先客がいた。赤毛の男の子…ラビが本を広げて座っていた。
「あ…***?」
木の葉を踏む音にラビが顔を上げた。数秒目が合って、ひとつきりの翡翠が瞬きを数回。はっとして、来た道を戻りかけたら呼び止められた。迷ったけど、声をかけられたら無視は出来ない。ぐるりとラビに向き直って、そろそろとベンチに近付く。
「…本、読んでたの?」
「うん…***は?」
「散歩してて…どっか座るとこないかな〜って…」
「あー、オレどっか行くから、ここいいよ」
「いや、そこまででは…」
「じゃあ…一緒に座っていい?」
「う、うん」
何となく緊張しながら、仕切りのないベンチに1.5人分くらいの間隔を空けてラビの隣に座る。座ってみたら木漏れ日と涼しい風が気持ちよくて、思わずため息が出た。
「いいよなー、ここ」
「うん…」
思った通りの心地よさにしばらくぼーっとしていると視線を感じて、隣のラビを見る。目が合うとにこりと微笑まれて、何かを誤魔化すようにドリンクをひと口飲んだ。
ラビとは会う度話しているけど、二人だとちょっと緊張してしまう。人懐っこいけどどこか壁があるような雰囲気で、でも別に嫌な感じはしない。アレンなんかと話しているのを見ると年相応の男の子だけど、さっき一瞬見たような静かに本を読む顔はすごく大人びて見える。あとはまぁシンプルに、とても見た目がいいのだ。整っているという意味でもあるし、なんていうか、愛嬌のある垂れた目元が個人的に好ましいという意味でもある。
「***散歩してたん?」
「うん…ラビは読書?」
「うん、記録の息抜き」
「読書の息抜きに読書するの…?」
「え、変…?」
「んー、ちょっと変かも」
今初めて気付いたような顔に思わず笑ってしまった。一緒に笑ったラビの顔がとても魅力的に見えて、思わず逸らした視線の先に手元の本が目に入った。
「…それ、なんの本?」
「あーこれは…詩集」
「詩集?!」
「なに…?」
「静かな木陰で詩集読むって…なんかのお話に出てくるヒロインの憧れの人みたい!」
「えぇ…?…っはは、何さそれ!」
素敵な物語の登場人物みたいな行動にびっくりしてしまった。しかも普段は元気で明るい男の子がそんなことしてたら誰だってギャップにやられてしまうだろう。
というか今、あ、好きかも、と思ってしまった。
───────────────────────
***を教団に連れて来たのはオレだった。任務で行った先で適合者であることが判明し、一緒に帰還したのだ。
第一印象では図太いなコイツ、と思った。
ぼーっとしているようで適応力はあるし、何でも素直に口に出すくせに自己開示には慎重。出生記録によると両親はいないし生い立ちはまぁまぁ壮絶だが、それなのにどうしてこんなに草食動物のようにのんびりしているのか。むしろだからこそ決して良くはない環境で生き延びてこられたのか、会う度傷を増やしながら無難に任務をこなしている姿を見て興味が湧いた。拾った野良猫を見守るような気分で観察するうちに、図太いというより素直すぎる***の言動に少しずつ惹かれている自分に気付いた。どうしてそんなに自然体でいられるのか知りたくて、***と話がしたくて目に入れば追いかけていた。
今だって人が詩集を読んでいただけのことをそんな風に描写されると思わなくて、客観的に見ると確かにキザだなと思うと可笑しくなって***と一緒に笑った。
一頻り笑い転げてから***の視線がまだ詩集にあることに気付く。見るかと尋ねると頷いて、ベンチの空いていた距離を突然ぐっと詰めてきた。触れられそうな距離でじっとオレを見上げてくる姿を、素直に可愛いと思う。
「好きなの、教えて」
「……え?…あぁ、詩?」
「うん」
「えーと…あー、これかな…」
好き、の単語に一瞬動揺してしまったが、何とか平静を装ってページをめくる。オレが好きというより***が気に入りそう、という理由だったが、挿絵があったので少しは面白みもあるだろうと目に留まったページを開いて見せる。***の目はまず挿絵を捉えて感嘆の声をあげ、文字を見て首を捻った。なんともわかりやすくて可愛らしい。
「…なにご?」
「デンマーク語」
「読んで読んで」
前後にゆらゆらと体を揺らしてねだる仕草は天真爛漫と言う他ない。訳して読んでやったら挿絵と照らし合わせて納得したあと、今度は原語で読んでほしいと言われて読み聞かせたらまた首を捻った。
「んー…難しい…けど、綺麗だね」
「…うん」
「あ!」
***が本の表紙を覗き込んで声を出す。渡して見せてやると閉じたままの本を360度眺めて嬉しそうに言った。
「おー…いい顔だね」
背表紙が見えるように持って***が笑った。黒に近いブルーに金の装飾が施されたその本を見たときオレも同じようなことを思ったのだ。
「…だよな」
***のことが好きかもしれない。
その日オレは見て見ぬふりをしていたその感情と、諦めて向き合うことに決めたのだった。
(ねー***、ご飯一緒に食べない?)
(うん、今日はねークリームシチュー食べるって決めてる)
(ふーん…オレもそうしようかな)