短編
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しようよ
長い前髪を書き上げる仕草とか。
黙っていれば一見怖く見える、少しつり上がった猫みたいな目とか。
横に流した髪の隙間から見えるうなじとか。
全部、ドストライクだ。
―――――――――――――――――――――――
***が教団に来て、半年ほど経った。最初は怪我ばかりしていた***も少し戦闘に慣れてきて、他のエクソシストともかなり打ち解けた。
オレはというと、初めて会った時からわかりやすく***にアプローチしている。なんたって一目惚れ。同じくらいの歳だが落ち着いていて、リナリーとはまた違う、色気のあるオネーサンって感じ。オレが好きなタイプ。
なのに***はいつもするりと逃げていく。はやく距離を詰めて、好きだって言いたい。まぁ断られてもあわよくば、なんて気持ちがないこともないけど。
掴みどころのない彼女に気持ちを伝える告白するタイミングを逃したまま、***は長めの任務に行ってしまった。次会えるのはいつなんだろう。
なんて考えながら食堂へ向かう。入口をくぐると、まさに会いたかった人物が注文の列に並んでいた。
「あ、***!帰ってきたん?おかえり~」
「ラビ...ただいま」
大きな怪我はしてないみたいだ。安心して、さりげなく肩に触れる。いつものクールな眼差しでそれを諌められた...ような気がしたのですぐに手を引っ込める。いかんいかん。焦っちゃダメさ。
「***、一緒に食べようさ」
「え?どうしよっかなー...」
「えぇーそんなこと言わんで!久しぶりに会ったのに!」
「はいはい、いいよ」
仕方なくって感じだが、一応ディナーを共にする許可は得た。***と二人で飯を食うのは久しぶりかもしれない。楽しい会話は距離を縮めるための大事な要素だ。頭の中のネタ帳から、最近あった面白いことを見つけて反芻する。
料理を受け取って、先に歩き出す***。オレもトレーを持って追いかける。どこにする?なんて相談もなく、スイスイと歩いて行く。その先には...アレン。何でだよ。若干テンションが下がりつつ、大人しく後を追う。一緒に食べようと確かに約束した。でも「二人で」とは言ってない。ミスった。
「アレン、ここいい?」
「あ、***おかえりなさい!...なんだ、ラビもいるんですか」
「なんだとは何さ!しっつれいしまーす」
平静を装って、アレンの向かい、***の右隣をゲットする。アレンがいるところは山と積まれた皿があり、前後左右は比較的空いていることが多い。ここを狙うとは、***も教団に慣れてきた証拠だ。
「...あ、***オムライス?好きなん?」
「え?...うん、まぁ」
何だか少し嬉しそうな顔をした。好きなんだな。可愛い。
「なんか前も食べてた気が...」
「ジェリーさんのオムライス、ふわとろですっごく美味しいんですよね、***!」
「そうなの!卵の半熟が絶妙で」
「あーオムライス追加しようかなー」
「まだ食べるの?すごいね」
おっとっと、アレンに持ってかれちまった。オレもなにか、食べ物の話...
「ラビは、いっつもお肉だよね」
「え?お、おう!男は黙って焼肉さ!」
「なにそれ」
くす、と控えめに笑う***は、とても綺麗だった。ちくしょう。話をするのは得意なはずなのに、可愛い顔を見ているとうまく話せない。顔が赤くなりそうなのを誤魔化すために肉にがっつく。横では、長い髪を左側にまとめてオムライスを食べる***。***の白い首がデコルテまでバッチリさらけ出されていて、口を動かすのも忘れて釘付けになった。
「んっ...」
ふいに洩れる声。ふわとろの卵が、***の口に運ばれて行く。唇についたそれを中指で少し押さえて、それを小さな赤い舌がぺろりと舐め取る。盗み見ていたつもりが、ガッツリ横を向いてしまっていたらしい。バチッと音がしそうなくらい、***としっかり目が合う。
「うっ......」
「...ラビ?」
「な、何でもないさー!!」
情けないことに、残りの飯をかきこんで足早に食堂を去ったのは、オレのほうだ。自室のベッドに座り込んで、枕を顔に押し付ける。あんな見せつけるみたいに...想像、してしまった。いろんなことを。
「くっそ***...絶対、オレのもんにする......!」
「...***。趣味悪いですよ」
「何が?」
「そうやって待ってないで、***から行ってあげればいいのに」
「...それじゃ、意味ない。あたしが欲しいのはそういうんじゃないの」
「めんどくさいですねぇ、あなたたち」
「どーも」
そんな会話は、オレの知る由もない。
―――――――――――――――――――――――
それから数日後。***は任務に出ていて、オレはあの日からずっと消化不良だ。
***に伝えたい想いは大きくなるばかり。早くしないと、何かが爆発してしまいそうだ。
また***のいない夜がきた。この前みたいに一緒に飯を食いたい。そしたらもう少しうまくやろう...なんて思いながら、ブラブラと書庫へ足を進める。すると、後ろから誰かが走ってくる靴音。ヒールだ。女の子かな。
***だったらいいのに、とあり得ないことを思いながら振り返ってみると、リナリーが息を切らして向かってきた。なんだか慌てている。
「おー、リナリーどした?」
「ラビ...っはぁ、探して、たの」
「落ち着けって、どうしたんさ?」
「***が、怪我、しちゃってっ...」
「えっ」
よく見たらリナリーも所々に包帯を巻いている。同じ任務だったんだろうか。
「はー...はー...そんなに重い怪我じゃないんだけどね、頭の傷だから大事を取ってしばらく医務室で寝てなさいって、婦長が。ラビ、心配すると思って伝えに来たの」
「そ、そうなんか...」
整い出した呼吸で、リナリーが言う。全員オレの好意に気付いているんだ。そりゃあわかりやすくアピールしてるもんな。なのに、***は。
今すぐ駆け出したい気持ちを抑えて、リナリーの背中をさする。リナリーがオレを怖い顔で見る。
「な、なんさ」
「...ねぇ、ラビは、***のことちゃんと見てる?」
「え...?なんさ急に。そりゃあ、見てるさ!いっつも***のこと考えてるし」
「それって、***として?それとも、ただの可愛い女の子?」
「え?どゆこと?」
「***からいろいろ話を聞いたわ...我慢出来ないからお節介だと思うけど言うわね。ラビ、あなた***の外見が好きなの?」
「も、もちろん」
「じゃあ、中身は?」
「なか、み...」
そこで、はたと気付いた。オレは何ヶ月もかけて***と物理的な距離は縮めておきながら、***のことを何も知らなかった。好きなもの、嫌いなもの。一方的に話しかけただけで知った気になっていた。***がどういう女の子か、オレは確信を持って答えることが出来ない。
そうか。
だから昨日、オムライスが好きなのかと尋ねられて嬉しそうな顔をしたんだ。
オレが***のことを知ろうとしたから。思えば、***はいろんなことをよくオレに聞いてきた。***は、オレの好物を知っていた。なのにオレは、***がオムライスを好きなことさえ昨日気付いた。
***の「見た目」だけに惹かれていたから。
そこまで気付いて冷や汗が出てきた。今頃もう遅いかもしれない。もう、見限られているかもしれない。怪我は心配だけど、会いに行っていいのだろうか。
ぐるぐる考えていると、リナリーに頭を叩かれた。地味に痛い。
「い、痛いさリナリー!」
「なに感傷に浸ってるのよ。まずは会いに行きなさい。...***は待ってるわよ、あなたのこと」
「待って、る...」
思い出すのは、昨日の***の姿。世界一色っぽくオムライスを食べる***。いつもギリギリのところでかわしておきながら、オレの目を離せなくさせる。そうやって***は、オレの気を引いていた?それってつまり、***もオレのこと...?
リナリーに礼を行って走り出す。ちゃんと言わなきゃわかんねぇよ、ちくしょう。
「......まったく、めんどくさいんだから」
リナリーの呟きが、聞こえた気がした。
―――――――――――――――――――――――
頭が、痛い。
少し頭を打っただけで、脳波も問題ないとのことだった。だけど場所が悪くて、切れたところからダラダラと血が流れていたのでリナリーを心配させてしまった。そういえばいろいろ話して、手当を受けたら彼女はすぐに走って行ってしまった。どこに行っちゃったんだろう。
一度寝れば頭痛も治るだろうと思ってはいるけど、なんだか眠れない。数日前のラビとの会話を思い出してしまう。
本当に、ラビはあたしの見た目にしか興味がないみたいだ。わざとらしく見せつければ簡単に食いつく。
あたしのことなんにも知ろうとしないくせに、やたらと距離は近い。なのにそれでは嫌だと変なプライドで言葉にすることが出来ないで、嫌なはずの見た目を気を引くのに使ってしまう。軽いやつと嫌いになれたらどんなに楽だろう。そう出来ないほどに、あたしはラビが好きになってしまった。あの眩しい笑顔が、ブックマン後継者のくせに人のために怒って泣く優しさが大好きだ。
こんな状態だと知ったら、お見舞いに来てくれるんだろうか。
きっと彼は来てくれる。怪我したあたしを抱き締めて、いつもみたいに笑うんだろう。お前の体が欲しい、という顔で。
「はぁー、虚し...」
そういう目でしか見られてないなんて、虚しいにも程がある。
でも好きだからって簡単に体の関係になってしまうのは嫌だ。ちゃんとお互いに心が繋がってからがいい。そしてそれは、ラビの方から気付いてほしい。
我ながらめんどくさい。そんなことはわかっているけど、それでもあたしはそれを言葉に出来ないのだ。なのに、せめてよそ見しないでほしいと体を使う。矛盾だらけだ。
バタバタとうるさい足音が聞こえてきた。また怪我人だろうか。そろそろ寝よう、と思ったとき、今はいちばん聞きたくなかった声が聞こえた。
「***!***ー!!」
身体が跳ねる。やっぱり、来てくれた。でも今はダメだ。きっとひどい顔をしているし、いつもみたいにさらりとかわせないかもしれない。可愛くない顔を見られたら、他の女の子のところに行ってしまうかもしれない。それは嫌だ。
どうか見つけないでくれ。そんな願いは叶わず、人の気配が近づいてくるのを感じた。面会謝絶の重病人でもないので、看護師さんは速やかにラビをあたしのところに連れて来た。大声で走ってきたことを怒られていてちょっとおかしい。ラビが看護師さんにお礼を行って、椅子に座る音がした。あたしはベッドに寝たままで、ラビのほうは向けない。
数分の沈黙のあと、口を開いたのはラビだった。
「***、おかえり。怪我、大丈夫?」
「......ん」
「...よかった」
そっけない返事しか出来ない。ため息のあと、頭をがしがし掻く音が聞こえた。きっと困った顔をしているんだろう。見なくてもわかるよ。だって、ラビが好きだから。
「あのさ、***。オレ、言いたいこと、あって」
「...なに」
ラビが言うであろう言葉の想像がつかなくて、ドキドキする。何を言うつもりだろう。まさかこんな状況でさよならとか、いや待って、まだ何も始まっていなかった。相当混乱しているらしいことを自覚する。
「***はさ、えーと...オムライス、好きなんだよな?」
「.........は?」
思わず振り返ってしまった。何の話?
「***の好きなもの、それしか知らねぇ。好きな色は?好きな動物は?嫌いなものも」
「ちょっと何の話」
「オレ、***の見た目ばっか気になってて、***のこと全然知らなかったさ。***はオレのこと知ってて、よく見ててくれたのに。ごめん。リナリーに言われて、ようやく気付いた」
「......あ」
頭打って痛くて、血も出て気弱になってたから、リナリーにいろいろ喋ってしまったんだった。リナリー、ラビのとこに行ったのか。お節介...と思ったけど、ラビからこんな言葉を聞けて、言ってもらってよかったのかもしれない。本当はあたしの口から伝えるべきだった言葉だけど...。
「だからさ、オレ***のこともっと知りたい。もう好きだけど、もっと好きになりたい」
「ラビ」
「ちょっと間違っちゃったけど、オレと付き合っ「待って!」
ラビの口を手で塞ぐ。まだだ。そこから先は、まだダメだ。
「そ、そんな都合よくないからあたし!なんにも知らないくせに見た目がいいから取り敢えず付き合って、やることやって、性格合わないからやっぱ別れるなんて、やだから!あたし、ずっと一緒にいたい人としかそういうことしないって、決めてるんだから!」
ラビが目を見開いている。
このまま頷いていればすんなり付き合えるのに、馬鹿なのか。もちろんあたしはラビとずっと一緒にいたい。そういうことも、したい。もしかしたらラビは取り敢えず付き合うなんて思ってないかもしれないのに。傷付けちゃったかな。嫌われちゃったかな。
ラビの口を抑えたまま、溢れた涙を拭えない。きっと不細工な顔してる。あぁめんどくさい。あたしってめんどくさい。
数分とも永遠とも思える時間が流れて、何か言わなくちゃと思った時。ラビがあたしの手のひらを舐めたから、驚いて口から手を離す。
「やっ、なに、すんのっ」
「ん、しょっぱい」
気付けばものすごく手汗をかいている。なんだか恥ずかしい。手を握りしめてうずくまるあたしの頭を、ラビの大きな手がなでる。あったかい。
「わかった...オレ、また間違えちまったさ。...ごめん」
じゃ、と言ってラビが立ち上がる。すごく申し訳なさそうな、悲しそうな顔をしていた。違う。待って。そんなつもりじゃないの。
慌ててラビの服の裾を引っ張ったらベッドに尻餅をついたから、逃がさないように背中に抱き付いた。初めて触った広い背中の温かさにまた泣きそうになる。
「...一ヶ月」
「え」
「一ヶ月、ちゃんと話して。一緒にいて。あたしのこと知って。それで...それでも好きなら、付き合いたい」
「***...オレ、そんな告白のしかたされたの初めてさ」
「えっ...?!」
ラビが振り向いて、涙を拭ってくれた。これって、告白なんだろうか。一気に顔が赤くなる。こんな顔、見られたくない。
「あっはは、***のそんな崩れた顔初めて見たさ!」
「えっ、え、変?」
「ううん、すっげー可愛い。さっきの必死な感じも、全部可愛い...でも一ヶ月はちょっと長いかなぁ、めちゃくちゃピュアじゃん」
「だってよくわかんないんだもん...付き合ったことないし...」
「え、それであの色気?こわー...」
笑いながら、今度は目を見て頭をなでてくれる。優しく涙を拭われて、好きな人に触られるのはこんなに幸せなんだと、初めてそれを実感した。
「オレ、***のこと知りたい。好きなものも嫌いなものも、いいとこも悪いとこも。ぜーんぶひっくるめて好きになるから。だからさ、
はなし、しようさ」
照れたような笑顔に、あたしもつられて笑った。
(お話は終わりましたか?)
(あっはい...)
(あなたは寝る、あなたは出て行く!あとは元気になってからにしてくださいね)
(はーい...)
長い前髪を書き上げる仕草とか。
黙っていれば一見怖く見える、少しつり上がった猫みたいな目とか。
横に流した髪の隙間から見えるうなじとか。
全部、ドストライクだ。
―――――――――――――――――――――――
***が教団に来て、半年ほど経った。最初は怪我ばかりしていた***も少し戦闘に慣れてきて、他のエクソシストともかなり打ち解けた。
オレはというと、初めて会った時からわかりやすく***にアプローチしている。なんたって一目惚れ。同じくらいの歳だが落ち着いていて、リナリーとはまた違う、色気のあるオネーサンって感じ。オレが好きなタイプ。
なのに***はいつもするりと逃げていく。はやく距離を詰めて、好きだって言いたい。まぁ断られてもあわよくば、なんて気持ちがないこともないけど。
掴みどころのない彼女に気持ちを伝える告白するタイミングを逃したまま、***は長めの任務に行ってしまった。次会えるのはいつなんだろう。
なんて考えながら食堂へ向かう。入口をくぐると、まさに会いたかった人物が注文の列に並んでいた。
「あ、***!帰ってきたん?おかえり~」
「ラビ...ただいま」
大きな怪我はしてないみたいだ。安心して、さりげなく肩に触れる。いつものクールな眼差しでそれを諌められた...ような気がしたのですぐに手を引っ込める。いかんいかん。焦っちゃダメさ。
「***、一緒に食べようさ」
「え?どうしよっかなー...」
「えぇーそんなこと言わんで!久しぶりに会ったのに!」
「はいはい、いいよ」
仕方なくって感じだが、一応ディナーを共にする許可は得た。***と二人で飯を食うのは久しぶりかもしれない。楽しい会話は距離を縮めるための大事な要素だ。頭の中のネタ帳から、最近あった面白いことを見つけて反芻する。
料理を受け取って、先に歩き出す***。オレもトレーを持って追いかける。どこにする?なんて相談もなく、スイスイと歩いて行く。その先には...アレン。何でだよ。若干テンションが下がりつつ、大人しく後を追う。一緒に食べようと確かに約束した。でも「二人で」とは言ってない。ミスった。
「アレン、ここいい?」
「あ、***おかえりなさい!...なんだ、ラビもいるんですか」
「なんだとは何さ!しっつれいしまーす」
平静を装って、アレンの向かい、***の右隣をゲットする。アレンがいるところは山と積まれた皿があり、前後左右は比較的空いていることが多い。ここを狙うとは、***も教団に慣れてきた証拠だ。
「...あ、***オムライス?好きなん?」
「え?...うん、まぁ」
何だか少し嬉しそうな顔をした。好きなんだな。可愛い。
「なんか前も食べてた気が...」
「ジェリーさんのオムライス、ふわとろですっごく美味しいんですよね、***!」
「そうなの!卵の半熟が絶妙で」
「あーオムライス追加しようかなー」
「まだ食べるの?すごいね」
おっとっと、アレンに持ってかれちまった。オレもなにか、食べ物の話...
「ラビは、いっつもお肉だよね」
「え?お、おう!男は黙って焼肉さ!」
「なにそれ」
くす、と控えめに笑う***は、とても綺麗だった。ちくしょう。話をするのは得意なはずなのに、可愛い顔を見ているとうまく話せない。顔が赤くなりそうなのを誤魔化すために肉にがっつく。横では、長い髪を左側にまとめてオムライスを食べる***。***の白い首がデコルテまでバッチリさらけ出されていて、口を動かすのも忘れて釘付けになった。
「んっ...」
ふいに洩れる声。ふわとろの卵が、***の口に運ばれて行く。唇についたそれを中指で少し押さえて、それを小さな赤い舌がぺろりと舐め取る。盗み見ていたつもりが、ガッツリ横を向いてしまっていたらしい。バチッと音がしそうなくらい、***としっかり目が合う。
「うっ......」
「...ラビ?」
「な、何でもないさー!!」
情けないことに、残りの飯をかきこんで足早に食堂を去ったのは、オレのほうだ。自室のベッドに座り込んで、枕を顔に押し付ける。あんな見せつけるみたいに...想像、してしまった。いろんなことを。
「くっそ***...絶対、オレのもんにする......!」
「...***。趣味悪いですよ」
「何が?」
「そうやって待ってないで、***から行ってあげればいいのに」
「...それじゃ、意味ない。あたしが欲しいのはそういうんじゃないの」
「めんどくさいですねぇ、あなたたち」
「どーも」
そんな会話は、オレの知る由もない。
―――――――――――――――――――――――
それから数日後。***は任務に出ていて、オレはあの日からずっと消化不良だ。
***に伝えたい想いは大きくなるばかり。早くしないと、何かが爆発してしまいそうだ。
また***のいない夜がきた。この前みたいに一緒に飯を食いたい。そしたらもう少しうまくやろう...なんて思いながら、ブラブラと書庫へ足を進める。すると、後ろから誰かが走ってくる靴音。ヒールだ。女の子かな。
***だったらいいのに、とあり得ないことを思いながら振り返ってみると、リナリーが息を切らして向かってきた。なんだか慌てている。
「おー、リナリーどした?」
「ラビ...っはぁ、探して、たの」
「落ち着けって、どうしたんさ?」
「***が、怪我、しちゃってっ...」
「えっ」
よく見たらリナリーも所々に包帯を巻いている。同じ任務だったんだろうか。
「はー...はー...そんなに重い怪我じゃないんだけどね、頭の傷だから大事を取ってしばらく医務室で寝てなさいって、婦長が。ラビ、心配すると思って伝えに来たの」
「そ、そうなんか...」
整い出した呼吸で、リナリーが言う。全員オレの好意に気付いているんだ。そりゃあわかりやすくアピールしてるもんな。なのに、***は。
今すぐ駆け出したい気持ちを抑えて、リナリーの背中をさする。リナリーがオレを怖い顔で見る。
「な、なんさ」
「...ねぇ、ラビは、***のことちゃんと見てる?」
「え...?なんさ急に。そりゃあ、見てるさ!いっつも***のこと考えてるし」
「それって、***として?それとも、ただの可愛い女の子?」
「え?どゆこと?」
「***からいろいろ話を聞いたわ...我慢出来ないからお節介だと思うけど言うわね。ラビ、あなた***の外見が好きなの?」
「も、もちろん」
「じゃあ、中身は?」
「なか、み...」
そこで、はたと気付いた。オレは何ヶ月もかけて***と物理的な距離は縮めておきながら、***のことを何も知らなかった。好きなもの、嫌いなもの。一方的に話しかけただけで知った気になっていた。***がどういう女の子か、オレは確信を持って答えることが出来ない。
そうか。
だから昨日、オムライスが好きなのかと尋ねられて嬉しそうな顔をしたんだ。
オレが***のことを知ろうとしたから。思えば、***はいろんなことをよくオレに聞いてきた。***は、オレの好物を知っていた。なのにオレは、***がオムライスを好きなことさえ昨日気付いた。
***の「見た目」だけに惹かれていたから。
そこまで気付いて冷や汗が出てきた。今頃もう遅いかもしれない。もう、見限られているかもしれない。怪我は心配だけど、会いに行っていいのだろうか。
ぐるぐる考えていると、リナリーに頭を叩かれた。地味に痛い。
「い、痛いさリナリー!」
「なに感傷に浸ってるのよ。まずは会いに行きなさい。...***は待ってるわよ、あなたのこと」
「待って、る...」
思い出すのは、昨日の***の姿。世界一色っぽくオムライスを食べる***。いつもギリギリのところでかわしておきながら、オレの目を離せなくさせる。そうやって***は、オレの気を引いていた?それってつまり、***もオレのこと...?
リナリーに礼を行って走り出す。ちゃんと言わなきゃわかんねぇよ、ちくしょう。
「......まったく、めんどくさいんだから」
リナリーの呟きが、聞こえた気がした。
―――――――――――――――――――――――
頭が、痛い。
少し頭を打っただけで、脳波も問題ないとのことだった。だけど場所が悪くて、切れたところからダラダラと血が流れていたのでリナリーを心配させてしまった。そういえばいろいろ話して、手当を受けたら彼女はすぐに走って行ってしまった。どこに行っちゃったんだろう。
一度寝れば頭痛も治るだろうと思ってはいるけど、なんだか眠れない。数日前のラビとの会話を思い出してしまう。
本当に、ラビはあたしの見た目にしか興味がないみたいだ。わざとらしく見せつければ簡単に食いつく。
あたしのことなんにも知ろうとしないくせに、やたらと距離は近い。なのにそれでは嫌だと変なプライドで言葉にすることが出来ないで、嫌なはずの見た目を気を引くのに使ってしまう。軽いやつと嫌いになれたらどんなに楽だろう。そう出来ないほどに、あたしはラビが好きになってしまった。あの眩しい笑顔が、ブックマン後継者のくせに人のために怒って泣く優しさが大好きだ。
こんな状態だと知ったら、お見舞いに来てくれるんだろうか。
きっと彼は来てくれる。怪我したあたしを抱き締めて、いつもみたいに笑うんだろう。お前の体が欲しい、という顔で。
「はぁー、虚し...」
そういう目でしか見られてないなんて、虚しいにも程がある。
でも好きだからって簡単に体の関係になってしまうのは嫌だ。ちゃんとお互いに心が繋がってからがいい。そしてそれは、ラビの方から気付いてほしい。
我ながらめんどくさい。そんなことはわかっているけど、それでもあたしはそれを言葉に出来ないのだ。なのに、せめてよそ見しないでほしいと体を使う。矛盾だらけだ。
バタバタとうるさい足音が聞こえてきた。また怪我人だろうか。そろそろ寝よう、と思ったとき、今はいちばん聞きたくなかった声が聞こえた。
「***!***ー!!」
身体が跳ねる。やっぱり、来てくれた。でも今はダメだ。きっとひどい顔をしているし、いつもみたいにさらりとかわせないかもしれない。可愛くない顔を見られたら、他の女の子のところに行ってしまうかもしれない。それは嫌だ。
どうか見つけないでくれ。そんな願いは叶わず、人の気配が近づいてくるのを感じた。面会謝絶の重病人でもないので、看護師さんは速やかにラビをあたしのところに連れて来た。大声で走ってきたことを怒られていてちょっとおかしい。ラビが看護師さんにお礼を行って、椅子に座る音がした。あたしはベッドに寝たままで、ラビのほうは向けない。
数分の沈黙のあと、口を開いたのはラビだった。
「***、おかえり。怪我、大丈夫?」
「......ん」
「...よかった」
そっけない返事しか出来ない。ため息のあと、頭をがしがし掻く音が聞こえた。きっと困った顔をしているんだろう。見なくてもわかるよ。だって、ラビが好きだから。
「あのさ、***。オレ、言いたいこと、あって」
「...なに」
ラビが言うであろう言葉の想像がつかなくて、ドキドキする。何を言うつもりだろう。まさかこんな状況でさよならとか、いや待って、まだ何も始まっていなかった。相当混乱しているらしいことを自覚する。
「***はさ、えーと...オムライス、好きなんだよな?」
「.........は?」
思わず振り返ってしまった。何の話?
「***の好きなもの、それしか知らねぇ。好きな色は?好きな動物は?嫌いなものも」
「ちょっと何の話」
「オレ、***の見た目ばっか気になってて、***のこと全然知らなかったさ。***はオレのこと知ってて、よく見ててくれたのに。ごめん。リナリーに言われて、ようやく気付いた」
「......あ」
頭打って痛くて、血も出て気弱になってたから、リナリーにいろいろ喋ってしまったんだった。リナリー、ラビのとこに行ったのか。お節介...と思ったけど、ラビからこんな言葉を聞けて、言ってもらってよかったのかもしれない。本当はあたしの口から伝えるべきだった言葉だけど...。
「だからさ、オレ***のこともっと知りたい。もう好きだけど、もっと好きになりたい」
「ラビ」
「ちょっと間違っちゃったけど、オレと付き合っ「待って!」
ラビの口を手で塞ぐ。まだだ。そこから先は、まだダメだ。
「そ、そんな都合よくないからあたし!なんにも知らないくせに見た目がいいから取り敢えず付き合って、やることやって、性格合わないからやっぱ別れるなんて、やだから!あたし、ずっと一緒にいたい人としかそういうことしないって、決めてるんだから!」
ラビが目を見開いている。
このまま頷いていればすんなり付き合えるのに、馬鹿なのか。もちろんあたしはラビとずっと一緒にいたい。そういうことも、したい。もしかしたらラビは取り敢えず付き合うなんて思ってないかもしれないのに。傷付けちゃったかな。嫌われちゃったかな。
ラビの口を抑えたまま、溢れた涙を拭えない。きっと不細工な顔してる。あぁめんどくさい。あたしってめんどくさい。
数分とも永遠とも思える時間が流れて、何か言わなくちゃと思った時。ラビがあたしの手のひらを舐めたから、驚いて口から手を離す。
「やっ、なに、すんのっ」
「ん、しょっぱい」
気付けばものすごく手汗をかいている。なんだか恥ずかしい。手を握りしめてうずくまるあたしの頭を、ラビの大きな手がなでる。あったかい。
「わかった...オレ、また間違えちまったさ。...ごめん」
じゃ、と言ってラビが立ち上がる。すごく申し訳なさそうな、悲しそうな顔をしていた。違う。待って。そんなつもりじゃないの。
慌ててラビの服の裾を引っ張ったらベッドに尻餅をついたから、逃がさないように背中に抱き付いた。初めて触った広い背中の温かさにまた泣きそうになる。
「...一ヶ月」
「え」
「一ヶ月、ちゃんと話して。一緒にいて。あたしのこと知って。それで...それでも好きなら、付き合いたい」
「***...オレ、そんな告白のしかたされたの初めてさ」
「えっ...?!」
ラビが振り向いて、涙を拭ってくれた。これって、告白なんだろうか。一気に顔が赤くなる。こんな顔、見られたくない。
「あっはは、***のそんな崩れた顔初めて見たさ!」
「えっ、え、変?」
「ううん、すっげー可愛い。さっきの必死な感じも、全部可愛い...でも一ヶ月はちょっと長いかなぁ、めちゃくちゃピュアじゃん」
「だってよくわかんないんだもん...付き合ったことないし...」
「え、それであの色気?こわー...」
笑いながら、今度は目を見て頭をなでてくれる。優しく涙を拭われて、好きな人に触られるのはこんなに幸せなんだと、初めてそれを実感した。
「オレ、***のこと知りたい。好きなものも嫌いなものも、いいとこも悪いとこも。ぜーんぶひっくるめて好きになるから。だからさ、
はなし、しようさ」
照れたような笑顔に、あたしもつられて笑った。
(お話は終わりましたか?)
(あっはい...)
(あなたは寝る、あなたは出て行く!あとは元気になってからにしてくださいね)
(はーい...)