短編
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カレシのジュンジョウ
「雷の音やっば」
「暗いね…雨降るかな」
そんな会話の直後、ドカンと一発デカい音がしたと思ったら滝のように雨が降り出した。慌てて***を抱き寄せて、頭の上に腕をかざす。この土砂降りではあんまり意味はなかったが、何かせずにはいられなかった。
久しぶりに***と帰れると思ったのに、天気予報は雨だった。いつもならカフェにでも行くところだが、今日は早く帰ったほうが良さそうだ。寄り道は諦めて家まで送ろうと歩き出したところだったのに、打ち付ける雨が体をどんどん濡らしていく。とにかく屋根のあるところに行かなければ。目に入ったコーヒーショップの軒先に入ったはいいが、同じような人でいっぱいであまりスペースはない。
「どうしよっか…」
「そうだな…あー、***、これ着るさ」
「え、大丈夫だけど」
「着て、お願い」
「…うん、ありがと」
お願いという形にすれば断れないだろうと思って狡い言い方をした自覚はある。幸い鞄の中身は濡れていなくて、取り出したジャージを***の肩にかけた。夏服の薄いシャツは見事に張り付いて、胸元は鞄を抱えて隠せても背中側はそうはいかない。***がジャージをしっかり着込んだのを確認して、少しほっとした。
しばらく待って雨は弱まってきたが、止む気配はないし風も強い。店に入る人、諦めて走り出す人、電話をかける人。それらを見ながら出かかっては飲み込む言葉がそろそろ消化不良を起こしそうで、***の手を何度も握り直す。勝手に堰き止めていたその意志は、***のくしゃみで簡単に決壊した。
「家、来る…?」
ここからならオレの家の方が近い。ずっと考えていたのに下心があると思われたくなくて言い出せなかったが、大事な彼女に風邪を引いてほしくない。嫌われたらどうしようと緊張しているオレに反して、***は嬉しそうだった。
「ほんと?!行く!」
可愛い。好き。大好き。
とりあえずその言葉は、家まで取っておくことにした。
―――――――――――――――――――――――
走って息切れしながら玄関の鍵を開ける。***を招き入れて、バスタオルで髪を拭きながら心臓が口から出そうだった。***がオレの家にいる。別に何か期待しているわけじゃないが、プライベートな空間に***が存在するというだけで、何故だかどうしようもなく嬉しかった。
「ありがと、これ」
「うん、あ、あの…どう、する…?」
「何が…?」
「あー、濡れてるし…その…えーと…」
ジャージとタオルを受け取りながら口から出たのは、何ともスマートじゃない言葉。シャワー使う?着替える?服乾かそうか?どれも服を脱がなければ出来ないことで、オレから言い出していいかわからなかった。それなりに努力して築いてきた信頼をこんなところで失いたくない。しどろもどろなオレに察してくれたのか、***がちょっと笑って口を開いた。
「服は乾かしたいかなぁ」
「…着替え持ってくるさ、ちょっと待ってて」
出来るだけ布が厚い部屋着を探し出して着替えてもらい、濡れた服をエアコンの風が当たる場所に干した。温かいカフェオレを用意して、何となくソファに並んで座る。
「おじいちゃんと二人暮らしだっけ」
「うん、研究ばっかであんま帰ってこねーけど」
「ふーん」
しまった、「今日、親いないんだ」みたいなことを言ってしまった。変に取られていないか不安になるオレを他所に、***は興味深そうにテーブルに積んである洋書の表紙を眺める。一通り部屋を見回した後ごく自然についと体を寄せてきたので、不意打ちに驚いてカップの中身が溢れそうになるのをすんでのところで食い止めた。
「あっぶねぇ!」
「ご、ごめん、そんなに驚くとは…」
「こっちはいろいろアレだってのに…」
「なんて?」
何でもないの一点張りで誤魔化した。しばらく妙な空気が流れて、そのうちいつもみたいに手が繋がれる。いつものことなのに、二人きりで、静かで、***の髪が少し濡れていて。それだけで特別なことみたいに思えて、触れるだけだったキスが少しずつ長くなっていく。何度もキスして、誰にも見られていないのに恐る恐る抱き締め合った。オレたちにはまだ人目を気にせず触れ合える場所が限られているのだ。***の体温と鼓動がいつもよりしっかりと伝わってきて、***もそうなんだろうと思ったら余計鼓動が速くなる。本当はもっと深いところまで触れ合いたい。その気持ちを隠しながら、お互いのすべてを記憶するようにこれ以上ないくらいぎゅうぎゅうとくっついた。
「ラビ、あの…しない、よね…?」
「えっ?!…それは、その、えと…?」
***から言い出すとは思わなかったので思わずデカい声が出てしまった。明言はしないが、***の態度から何についてかはなんとなく察する。オレはハッキリ言ってやぶさかではないが、今はちょっと急すぎる。でも***が望むらならいいかもなんて、狡いことを考えてしまう。
「しない、けど…***は…?」
「やだ…い、今は!今は、ね」
「じゃあしない!絶対しない、今は…」
誓うように***の手を包み込んで宣言する。お互い言い訳のように今は、と何度か呟いて、それが確かな共通認識になったところで、***が明らかにほっとした顔をした。触っていなくても肩の力が抜けるのがわかる。
「…あのね、ずっと、ラビの家に遊びに行ってみたくて…」
「え?うん…?」
「でも、その、そういう感じになっちゃったらどうしようって思ってて…」
「あー、そういう感じ、ねぇ…」
よくある話だ。頭の中にいくつも浮かぶ具体例に少し気まずさを感じる。
「でも心配しすぎだった、ごめんね」
「いや謝ることじゃ…」
抱きついてきた***の体はいつもより緊張が抜けていて、身の預け方が無防備な気がした。これが自ら勝ち取った信頼なのだと思うと無性に嬉しいし、裏切るわけにはいかないと強く思った。ダイレクトに感じる***の柔らかさにオレの体が素直に反応していようとも、それは一旦無視できるほどに。
「あのね、ちょっとやってみたいこと、あって」
「うん、何?」
「…もうちょっと深いの、したい」
「なに、の…?」
「…ちゅー」
「……っあ、え、ちょっと待って…これ夢…?」
「え…?」
オレに都合が良すぎる展開に現実を疑いそうになるが、可愛い彼女は何故か期待の眼差しで見つめてくる。意外と少女漫画的展開に憧れるタイプらしい。***より少しはある今までの経験と、読んだ小説のありとあらゆるキスシーンを思い出して、覚悟を決めて細い肩に手を添えた。
「やってみるけど…嫌だったらやめるからね?」
「うん…」
***が少しだけ首を傾けてくれる。さっきみたいに唇を合わせるだけのキスを繰り返した後、少し舌を出して唇を舐めてみた。***の肩がびくりと跳ねる。
「大丈夫…?」
「っ、うん、大丈夫」
お互い息を整えながら、ゆっくりゆっくり進めるのは苦ではなかった。たまに唇を喰みながら、今度は舌を差し込んでみる。だんだん***も舌を絡ませてくるようになって、小説の描写を思い出すことを忘れていく。夢中になるにつれ、どこかで見たことあるようなものじゃない二人だけのキスになっていく気がした。息づかいと唾液が混ざり合う音が脳みそを支配して、食べるようなキスを何分続けたかわからない。ようやく唇を離した時、***はオレの下にいた。いつの間にか押し倒していたらしい。とろんとした目で見上げられて、弾かれたように体を離した。羞恥心と背徳感で目が合わせられないので、ソファの隅っこに埋まるほどしがみつく。
「ラビ…」
「ごめん!そんなつもりでは…説得力ないかもだけどホントにそんなつもりなくて、あの」
「ラビ、あのね」
「うん…?」
「あの…言っていいかわかんないんだけど…」
「…いいよ、言って」
「気持ち、よかった…」
「……………あー…あー、うん、オレも…」
何とか座り直してもまだ顔が見られない。お互いに体が熱くて、手を繋いだまま少しだけ距離を取る。でもこれ以上は離れたくない。
それから熱が冷めるまで、ぬるくなったカフェオレを二人して黙って啜っていた。
(何で家来たかったの?)
(本棚見てみたかったし…あと…)
(あと…?)
(もっと、いっぱいくっつきたくて…)
(…可愛い…好き…大好き……)
「雷の音やっば」
「暗いね…雨降るかな」
そんな会話の直後、ドカンと一発デカい音がしたと思ったら滝のように雨が降り出した。慌てて***を抱き寄せて、頭の上に腕をかざす。この土砂降りではあんまり意味はなかったが、何かせずにはいられなかった。
久しぶりに***と帰れると思ったのに、天気予報は雨だった。いつもならカフェにでも行くところだが、今日は早く帰ったほうが良さそうだ。寄り道は諦めて家まで送ろうと歩き出したところだったのに、打ち付ける雨が体をどんどん濡らしていく。とにかく屋根のあるところに行かなければ。目に入ったコーヒーショップの軒先に入ったはいいが、同じような人でいっぱいであまりスペースはない。
「どうしよっか…」
「そうだな…あー、***、これ着るさ」
「え、大丈夫だけど」
「着て、お願い」
「…うん、ありがと」
お願いという形にすれば断れないだろうと思って狡い言い方をした自覚はある。幸い鞄の中身は濡れていなくて、取り出したジャージを***の肩にかけた。夏服の薄いシャツは見事に張り付いて、胸元は鞄を抱えて隠せても背中側はそうはいかない。***がジャージをしっかり着込んだのを確認して、少しほっとした。
しばらく待って雨は弱まってきたが、止む気配はないし風も強い。店に入る人、諦めて走り出す人、電話をかける人。それらを見ながら出かかっては飲み込む言葉がそろそろ消化不良を起こしそうで、***の手を何度も握り直す。勝手に堰き止めていたその意志は、***のくしゃみで簡単に決壊した。
「家、来る…?」
ここからならオレの家の方が近い。ずっと考えていたのに下心があると思われたくなくて言い出せなかったが、大事な彼女に風邪を引いてほしくない。嫌われたらどうしようと緊張しているオレに反して、***は嬉しそうだった。
「ほんと?!行く!」
可愛い。好き。大好き。
とりあえずその言葉は、家まで取っておくことにした。
―――――――――――――――――――――――
走って息切れしながら玄関の鍵を開ける。***を招き入れて、バスタオルで髪を拭きながら心臓が口から出そうだった。***がオレの家にいる。別に何か期待しているわけじゃないが、プライベートな空間に***が存在するというだけで、何故だかどうしようもなく嬉しかった。
「ありがと、これ」
「うん、あ、あの…どう、する…?」
「何が…?」
「あー、濡れてるし…その…えーと…」
ジャージとタオルを受け取りながら口から出たのは、何ともスマートじゃない言葉。シャワー使う?着替える?服乾かそうか?どれも服を脱がなければ出来ないことで、オレから言い出していいかわからなかった。それなりに努力して築いてきた信頼をこんなところで失いたくない。しどろもどろなオレに察してくれたのか、***がちょっと笑って口を開いた。
「服は乾かしたいかなぁ」
「…着替え持ってくるさ、ちょっと待ってて」
出来るだけ布が厚い部屋着を探し出して着替えてもらい、濡れた服をエアコンの風が当たる場所に干した。温かいカフェオレを用意して、何となくソファに並んで座る。
「おじいちゃんと二人暮らしだっけ」
「うん、研究ばっかであんま帰ってこねーけど」
「ふーん」
しまった、「今日、親いないんだ」みたいなことを言ってしまった。変に取られていないか不安になるオレを他所に、***は興味深そうにテーブルに積んである洋書の表紙を眺める。一通り部屋を見回した後ごく自然についと体を寄せてきたので、不意打ちに驚いてカップの中身が溢れそうになるのをすんでのところで食い止めた。
「あっぶねぇ!」
「ご、ごめん、そんなに驚くとは…」
「こっちはいろいろアレだってのに…」
「なんて?」
何でもないの一点張りで誤魔化した。しばらく妙な空気が流れて、そのうちいつもみたいに手が繋がれる。いつものことなのに、二人きりで、静かで、***の髪が少し濡れていて。それだけで特別なことみたいに思えて、触れるだけだったキスが少しずつ長くなっていく。何度もキスして、誰にも見られていないのに恐る恐る抱き締め合った。オレたちにはまだ人目を気にせず触れ合える場所が限られているのだ。***の体温と鼓動がいつもよりしっかりと伝わってきて、***もそうなんだろうと思ったら余計鼓動が速くなる。本当はもっと深いところまで触れ合いたい。その気持ちを隠しながら、お互いのすべてを記憶するようにこれ以上ないくらいぎゅうぎゅうとくっついた。
「ラビ、あの…しない、よね…?」
「えっ?!…それは、その、えと…?」
***から言い出すとは思わなかったので思わずデカい声が出てしまった。明言はしないが、***の態度から何についてかはなんとなく察する。オレはハッキリ言ってやぶさかではないが、今はちょっと急すぎる。でも***が望むらならいいかもなんて、狡いことを考えてしまう。
「しない、けど…***は…?」
「やだ…い、今は!今は、ね」
「じゃあしない!絶対しない、今は…」
誓うように***の手を包み込んで宣言する。お互い言い訳のように今は、と何度か呟いて、それが確かな共通認識になったところで、***が明らかにほっとした顔をした。触っていなくても肩の力が抜けるのがわかる。
「…あのね、ずっと、ラビの家に遊びに行ってみたくて…」
「え?うん…?」
「でも、その、そういう感じになっちゃったらどうしようって思ってて…」
「あー、そういう感じ、ねぇ…」
よくある話だ。頭の中にいくつも浮かぶ具体例に少し気まずさを感じる。
「でも心配しすぎだった、ごめんね」
「いや謝ることじゃ…」
抱きついてきた***の体はいつもより緊張が抜けていて、身の預け方が無防備な気がした。これが自ら勝ち取った信頼なのだと思うと無性に嬉しいし、裏切るわけにはいかないと強く思った。ダイレクトに感じる***の柔らかさにオレの体が素直に反応していようとも、それは一旦無視できるほどに。
「あのね、ちょっとやってみたいこと、あって」
「うん、何?」
「…もうちょっと深いの、したい」
「なに、の…?」
「…ちゅー」
「……っあ、え、ちょっと待って…これ夢…?」
「え…?」
オレに都合が良すぎる展開に現実を疑いそうになるが、可愛い彼女は何故か期待の眼差しで見つめてくる。意外と少女漫画的展開に憧れるタイプらしい。***より少しはある今までの経験と、読んだ小説のありとあらゆるキスシーンを思い出して、覚悟を決めて細い肩に手を添えた。
「やってみるけど…嫌だったらやめるからね?」
「うん…」
***が少しだけ首を傾けてくれる。さっきみたいに唇を合わせるだけのキスを繰り返した後、少し舌を出して唇を舐めてみた。***の肩がびくりと跳ねる。
「大丈夫…?」
「っ、うん、大丈夫」
お互い息を整えながら、ゆっくりゆっくり進めるのは苦ではなかった。たまに唇を喰みながら、今度は舌を差し込んでみる。だんだん***も舌を絡ませてくるようになって、小説の描写を思い出すことを忘れていく。夢中になるにつれ、どこかで見たことあるようなものじゃない二人だけのキスになっていく気がした。息づかいと唾液が混ざり合う音が脳みそを支配して、食べるようなキスを何分続けたかわからない。ようやく唇を離した時、***はオレの下にいた。いつの間にか押し倒していたらしい。とろんとした目で見上げられて、弾かれたように体を離した。羞恥心と背徳感で目が合わせられないので、ソファの隅っこに埋まるほどしがみつく。
「ラビ…」
「ごめん!そんなつもりでは…説得力ないかもだけどホントにそんなつもりなくて、あの」
「ラビ、あのね」
「うん…?」
「あの…言っていいかわかんないんだけど…」
「…いいよ、言って」
「気持ち、よかった…」
「……………あー…あー、うん、オレも…」
何とか座り直してもまだ顔が見られない。お互いに体が熱くて、手を繋いだまま少しだけ距離を取る。でもこれ以上は離れたくない。
それから熱が冷めるまで、ぬるくなったカフェオレを二人して黙って啜っていた。
(何で家来たかったの?)
(本棚見てみたかったし…あと…)
(あと…?)
(もっと、いっぱいくっつきたくて…)
(…可愛い…好き…大好き……)