狐神と、


 狐神のお世話係は、ぶるりと身体を震わせて縁側に足を進めた。
 冷える季節になってきたが、今朝はまた一段と寒い。ストーブと炬燵は起きて早々にスイッチを入れたが、暖まるのはしばらくしてからだろう。
 寒い寒いと、自身を抱くように腕を組みながら、窓から見える庭を視線を向け「わあ」と目を輝かせた。うっすらとした白い雪が冬の草木やむき出しになっている土を覆っている。舗装されている場所は濡れたままなので、湿ったものが降ったのだろう。日が当たればあっという間に溶けてしまいそうだ。
 儚さがある冬の風物詩を、お世話係は今日初めて見たとばかりに、きらきらとした目で眺める。

「兄上から雪が降る地域とは聞いていたけど、本当に降るんだなあ」

 雪を見るのは初めてではないが、世話係が生まれ育った八大地獄は雪など降らない。どちらかといえば、ハワイみたいな場所である。雪があるのは八寒地獄の方で、学校の体験学習や獄卒の研修で訪れる所ではあるが、頻繁に行く場所ではない。
 世話係の配属先を決めてくれたのは、地獄で獄卒課の課長を任されている一番上の兄だった。『ハワイから雪国に転身するようなものだけど、大丈夫ですか?』と聞かれた日のことはきっと忘れない。真面目な表情をしているのに、使っている言葉が言葉なので、おかしくて腹を抱えて笑った。
『亡者を裁いたり、刑罰を与える仕事は向いてないかも』と悩む自分に、高天ヶ原からお世話係の仕事を持ってきてくれたのもその兄だった。誰かのお世話をするのは好きだから、この仕事はお世話係の性分にとても合っている。

「狐神様を起こさないと……」

 ふと、朝の仕事を思い出して、お世話係は踵を返した。
 今朝の雪はきっと初雪と呼ばれるものだ。一人と一匹で初めて迎える冬のはじまり。ついでだから、【雪に喜んだイヌは、本当に庭を駆け回るのか】という検証も行いたい。動物好きな兄に結果を教えたら、きっと喜んでくれるはずだ。
 狐神は「イヌじゃない!」と怒りそうだけど、雪を見て目をきらきらとさせる様子は容易に想像できた。
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