狐神と、

【ご褒美】
 居間にあるテレビの裏で、狐神がひんひんと鳴いている。

「世話係(あまね)のばか~うそつき~」

 テレビの裏から、涙声の恨み節が流れる。
 お世話係は、自分のコップに麦茶を注ぎつつ、口を開いた。

「嘘は吐いてないです。……出掛けるとは言いましたが」

「検診はお出掛けじゃないぞ!」

 今日は、天国にある狐庭園で、今年度生まれた狐神の定期検診が行われる日だった。テレビ裏に隠れている狐神も対象で、今朝早くから世話係に連れられて天国へ行き、検診を受けてきた。
 生まれたての子狐たちは、慣れない検診が苦手だ。狐神曰く、注射が一番怖いらしい。「こんなにも可愛らしくて愛らしい子狐に、あんなに細くて尖ったものを刺すなんて拷問だ」と、診察室で騒いでいた。今回はエコー検査もあったので、腹の毛も多少刈られている。
 ひんひんと、か細く鳴く声はまだ聞こえる。
 お世話係は麦茶を一口含んでから、おやつ棚からおやつ……ではなく、お寿司の広告を取り出す。出前を専門としたお店のもので、この家に入居してから数日経った頃に投函されていた。いつか使う日が来るかもと捨てずに残していたが、そのいつかが今来たかもしれない。
 お世話係は、広告片手にテレビの裏を覗く。

「狐神様。今日は検診頑張ったので、夜ご飯はお寿司にしましょう。狐神様が好きな、玉子たっぷりのお弁当もありますよ」

 広告に載っているメニューに、玉子とシーチキン、マヨコーン軍艦といなり寿司のみが入ったお弁当が載っている。お魚が苦手な人向けに作られたものだろう。
 お世話係の提案に、ひんひんと鳴いていた狐神は瞬き一つでピタリと泣き止む。そして、キラキラと目を輝かせる。

「お寿司……⁉」

 テレビ裏からぴょんと飛び出して、お世話係に飛びつく。
 狐神の機嫌の変わりようと、白い毛皮に埃がもこもことついている姿を見て、お世話係は苦い笑いを見せた。

「あまね! あまね! おれ、これも食べたいぞ! まぐろさーもんせっと! あ! いくらちゃん!」

「はいはい、わかりました。俺のを分けますよ」

 狐神を抱きつつ、お寿司が届くまで毛を綺麗にせねばと考えながら、スマートフォンを取りに行った。


 ──尾が二本に分かれるその時まで、狐の命を預かる。
 子狐神のお世話係と、古い都に御座す狐神様が交わした契約(やくそく)だ。
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