short story
黄色の帽子をしっかりと被ってランドセルを背負っていた上級生のお姉さんたちは、一年、二年と見ない間に髪の毛を真っ直ぐさらさらに矯正したり、くるくると巻いたり、足を長く見せる為にスカートを折ったり、眉を綺麗な形に整えていた。聞こえてくる会話も、自分の好きな〝物〟よりも〝者〟を話すことが多い。そして、いつのまにか恋人が出来ていたり、かと思えばあっという間に別れていたりする。
住んでる場所の学区が変わらない限り、小学校から中学校までの顔ぶれは大きな変化を見せない。中学校へ行っても小学校の時と同じ部活をしていれば、見知った顔は必ずあるもので、入学当初はお姉さんたちの変化に驚いたものだ。
大きくなったら。お姉さんになったら。
私も、身だしなみを気にしたり、恋人ができたりするのかなと思った。青くてきらきらとした世界。今のところそんな気配はない。身だしなみも手入れせずそのまんま。でないと、教師から「校則違反だ」と言われて、余計な説教をもらってしまう。でも好きな人はできたから、私もお姉さんの階段を上がったと思いたい。
「あ、やっぱりあの三人組来てるよ!」
友達の浮かれた声が耳に響いて、露店に向けていた視線を友達が指差す方へ向ける。
今日は地元にある神社の例大祭。毎年八月に行われるこのお祭りは、駅前にある商店街に沿って露店が並び、駅の側にある広場とそこから続く送迎車用の駐車場はメインステージとステージを観る観客席へと変わる。夜はステージにスクリーンが掛けられて、上映会が催されるのが恒例となっていた。ステージの前には青いシートがびっしりと敷き詰められ、誰でも座って観ることができる。今年の上映会は、春頃に公開された有名な探偵アニメの映画が選ばれて、昨年よりも人が多い。
その中から、友達がピンポイントで見つけたのが、私の好きな人が居る三人組だった。同じクラスの男子で、修学旅行も同じグループ。
顔の作りが良い三人は、クラスでも学年でも目立っている。私の好きな人を狙いに行った女子も多いようだが、見事な玉砕劇を繰り広げているそうだ。
彼は、恋だの愛だのよりも、友達と駄弁っている方が好きなのだろう。彼の空気がそれを物語っている。
その事に気づいているから、私は告白もできないまま、クラスの仲間のふりをして彼と接触している。小学校は別のクラスだったから、中学で同じクラスになれただけでも十分満足だ。
友達は、そんな私の思いなど知るかといった様子で、ぐいぐいと三人に近づいていく。引っ張られている私も自然と彼らに近づいた。
顔の良い三人組も、露店の食べ物をつまみながら、映画が始まるのを待っていたそうだ。友達が三人とけらけらと話しているうちに、一緒に観る事が決まったらしい。
私たちが座りやすいようにと、三人が身をずらして場所を作ってくれた。青いシートは埋まりつつあるので、貴重なスペースだ。
「お邪魔しまーす」とおどけながら座った位置は、好きな人の隣だった。友達は私の後ろ、彼の友人二人も彼の後ろで仲良く縦に並んでいる。
ほどなくして映画が始まった。密閉された映画館ではないからか、周囲の囁き声と遠くの方から露店の喧騒が聞こえてくる。
スクリーンを観るふりをして、彼を盗み見る。
地べたに座る時は片膝タイプ。スクリーンに向かう横顔のラインが大変綺麗。
ほうと呆けた状態で見ていると、彼の向こう側に座る小さな子が急に「トイレ!」と言って立ち上がった。幼子が動きやすいように、身をずらした彼の肩が、とんっと私の肩に触れる。
「っと……、悪い」
ぼそりと、後ろにも聞こえない小さな声が、私の鼓膜と心を揺らす。
私が「うん」と頷いて返すのを確認してから、彼はスクリーンで繰り広げられる物語の方へ集中する。私も集中しようと思ったけれど、とんと当たった肩の重みが忘れられず、気にしないふりをするので精一杯だ。
青くてきらきらとしたお姉さんたちの世界。大きくなったら自然とその世界に入っていくのかなと思ったけど、肩が触れただけで動揺する私にその世界は眩しい。彼に似合う橙色の灯火に似た世界で、ぬくぬくとあたたまっていたい。
「今、夏だけど」
「なんか言ったか?」
「言ってないよ」