short story
柳の形を模した木には、垂れ下がった細い枝がある。
そこには、無数の光が葉の代わりにびっしりと付着していた。
一粒、一粒が蛍の光よりも小さく、儚く。けれど、夜に似たこの世界(ばしょ)を照らすには十分な灯りであった。
星も無く、月も無い、黒い帳に覆われた、冷たく静かで、ただただ寂しさだけが満ちる場所。
耳を澄ませば、水が流れる時のさらさらとした音が鼓膜を震わせた。
こんな場所にも川が流れているのだ。
流れに流れ行き着く先は、天国とも地獄とも言えない場所である。
『あの場所にあるのは、誰であっても触れてはならぬ、外に出してはならぬ者たちだ』
以前、この場所を訪れた男が言っていた。
墨色の狩衣を着た男だった。暗い中でも、赤く染まった瞳が迷うことなくこちらを射抜いていたことをよく覚えている。
男はそれだけ言うと、瞬き一つでその場から姿を消した。
最後まで正体はわからなかったが、こちらとは違う者であるのは確かだった。
枝についていた光が一粒、枝から離れていく。
ああ、まただ。また、皆が知っている光が、地上から離れていく。
離れた光は、ふよふよと空中を漂い、やがて気づいたように川面におりて、水に溶けていく。
先日、東の国で芸者が死んだ。国の者なら誰もが知る芸者であった。
先日、西の国では美しい声を持つ娘が死んだ。国の者なら誰もが知っている歌を歌い歩く娘であった。
一昨日、皆に慕われていた老婆が死んだ。魔法を煎じ、人々に癒しを与えた魔女であった。
そして今日も、南の国で誰もが知っている王が死んだ。国に災いが襲いかかる中、人々の心を癒し、励まし続けた王であった。
今まで、知らない光ばかりが枝を離れ、水の中へと消えていった。
でも最近は、知っている光が枝を離れ、水の中へと消えていく。
大好きな光が離れた時は、思わず手を伸ばして掴み取ろうとした。
が、その行為を嘲笑うように、光はするりと手をすり抜けて、川へと消えていった。
自分はこの寂しい場所で、光を見送ることしか出来ないのだと知り、こうして見送ってばかりいる。
あの光の仲間になれればいいのに。
そう思ったけれど、川の先に行く勇気はまだ持てない。
かといって冥い世界にも行けず、現に戻る気もない。
夜に似たこの場所を照らす光は、何にもなれないおくびょうものの透けた瞳の中で、何も知らずに瞬いていた。