short story
【ドラゴンようちえん】
真っ青な空に、綿に似た雲が流れて行く。
その空の下にある、木造作りの大きな施設の脇で、男が二人、外にある手洗い場でおもちゃを洗う作業をしていた。
のどかな風景である。
足元で、生まれたばかりの赤ちゃんドラゴンがころころと遊んでいたり、木で作った滑り台の上で年長さんクラスのドラゴンが炎を吐き出す練習をしていなければ。
ぱしゃぱしゃと、身につけている黒いエプロンに水が跳ねる。
黙って作業をしていた彼らだが、そろそろ作業の終わりが見えてきたところで、口を開き始めた。
「最近どう?」
エプロンの下に白いパーカーを着て、黒い髪を短く整えた男性が隣でおもちゃを洗う同僚に問う。
黒髪の男の足には、イエローのタグを首にかけた赤いドラゴンが寄りかかり、うとうとと舟を漕いでいた。
短く切り揃えた金色の髪を後頭部に向けて撫で付けた男は、覇気のない間延びした声音で答えた。
「ぼっちぼちだねえ」
言い終えてから、蓋をしていた排水口の栓を引き抜く。
溜まっていた水がごぼごぼと音を立てて流れ始め、手元を覗き込んでいた鼠色の小さなドラゴンが目をきらきらとさせた。
大きな音を出し、ぐるぐると渦を巻いて流れていく様子が楽しいようだ。
短い手足をばたばたと動かし、洗面台によじ登る。
そして、排水口に向かって首を伸ばした。
首からぶら下げていた青いタグが、今にも排水口の水と一緒に吸い込まれそうになる。
気づいた金髪の男が、濡れた手のままドラゴンを持ち上げた。
「こらー。危ないだろー」
首を傾けながら、満月に似たまん丸の目を男に向ける。
鼠色のドラゴンは、わかったようなわかってないような表情をしていた。
「全く……」とぼやきつつ、手近にあったタオルを取り、肌についた水滴を拭い取ったあと、地面におろしてやる。
金髪の男を見上げるように一瞥してから、ドラゴンは仲間が集まっている滑り台へと歩き出した。
よちよちと遠ざかって行く小さな背中とそこから生えている小さな羽根を見送って、金髪の男は隣に立つ男に向き合う。
「成長も順調だし、たまに今みたいな危なっかしい行動もとるが、基本的に大人しい性格で」
「誰がドラゴンの状態を聞いた! お前のプライベートを聞いてるんだよ!」
こいつは、本気で会話が読み取れてないのか、惚けてるのかわからないから腹が立つ。
額に青筋を浮かべながら突っ込みをいれると、金髪の男は「なんだ、そっちか」と、息を吐き出した。
「こっちは特に変わりない。そういうソウスケこそ、最近どうなんだ。例の先生に告白出来たのか」
いつだったかするって言ってただろう。
突飛な話の切り替えに、ソウスケと呼ばれた男は言葉を詰まらせた。
「は……! え……! な、何の事だか……!」
否定をしている割には、耳から頬から、果ては首まで赤く染めている。
ソウスケの声に驚いたのか、足元にいた赤い肌の小さなドラゴンが目をパチリと開け、大きく口を広げてあくびをしていた。
それでもまだ眠気が残っているのか、瞼が半分ほど落ちる。
落ち着けていた腰を上げて、ソウスケを見上げる。
ドラゴンの視線に気づいたソウスケが、意図を察して笑みをこぼした。
「ああ、抱っこか。おいで」
短い手を上げて、万歳の格好をするドラゴンの脇の下に手を入れ、抱き上げる。
ポンポンと背中を叩いてやると、半分だけ開いていた目がさらに落ちる。
うっつらうっつらとしているドラゴンをあやしつつ、同僚の男に視線を戻した。
「別に、あの先生のこととか、別に何も、何もないけど?」
そう言っている割には、目が泳いでいる。
あくまでもしらを切るか。
捲り上げていた、エプロンの下に着ている白いシャツの袖を戻しつつ、金髪の男は口を三日月の形にする。
「嘘だな」
「嘘じゃねえし……」
「どうだか?」
「そ、そういうミヤギはどうなんだよ……!」
「俺? 俺はそうだなあーー」
にたにたと、気味の悪い笑みを見せて答えを勿体振っている間に、建物の方から明るい声音が響いた。
「ソウスケ先生!」
びしりと、ソウスケは顔を赤くしたまま固まる。
噂をすればなんとやらだ。
声がした方に視線を向ければ、赤い髪の女性が扉から庭を覗き込んでいる。美しく整えられた眉が八の字になって、不安げな様子だ。
彼女の名前はリサ。ソウスケと同じ年齢だが、ここでの配属はつい最近という女性教諭である。
形の良い唇で弧を描いたまま、ミヤギという名の男は建物からソウスケが見えやすいように立ち位置を変えてやる。
「お呼びですよ、ソウスケ先生」
からかう声音で名前を呼ばれて、ソウスケは硬直していた身体をようやく溶かした。
頬をさらに赤くさせて、唾が飛ぶほどの声を吐き出す。
「おま……! 余計な事はしなくて良いんだよ!」
「ソウスケ先生?」
「今行きます!」
「この続きは後だ!」と言い置いて、ソウスケは走り去っていく。
慌ただしく去って行った若い教諭を、ミヤギは笑みを崩さないまま見送った。
複数の視線を下から感じたのはその時であった。
足元にいるドラゴンたちが、不安げな表情をしてミヤギを見上げている。
しきりにソウスケとミヤギを交互に見たり、ほっぺたを触るドラゴンを観察して、何を思っているのかを感じ取った。
先程までのからかいが含まれた表情(かお)を崩して、安心させる為の優しい笑顔に切り換える。
膝を折り、ドラゴンたちと視線を合わせた。
「大丈夫だ。ソウスケ先生は病気じゃない。リサ先生の前だとちょっと……いやかなりか……? まあいいか。リサ先生の前だと、照れて赤くなっちゃうんだ。あいつはリサ先生のことが大好きだからね。だから、大丈夫だよ」
ミヤギの言葉に、ドラゴンたちは顔を見合わせる。
まだまだ小さい彼らに、男女のあれこれは早かっただろうか。
口を結んだままドラゴンたちを見守っていると、ぱたぱたとまだ小さい羽根を動かして喜びを表現する。
そのまま小さな足を動かして砂場の方へと駆けていく小さな子達。
なんとか伝わったようだ。
ぺたぺたと、砂の教会を作り出すドラゴンたちに突っ込みを入れるかどうか迷ったが、楽しそうだからこのまま放置しておこう。
戻ってきたソウスケの反応が楽しみだ。
真っ青な空に、綿に似た雲が流れて行く。
その空の下にある、木造作りの大きな施設の脇で、男が二人、外にある手洗い場でおもちゃを洗う作業をしていた。
のどかな風景である。
足元で、生まれたばかりの赤ちゃんドラゴンがころころと遊んでいたり、木で作った滑り台の上で年長さんクラスのドラゴンが炎を吐き出す練習をしていなければ。
ぱしゃぱしゃと、身につけている黒いエプロンに水が跳ねる。
黙って作業をしていた彼らだが、そろそろ作業の終わりが見えてきたところで、口を開き始めた。
「最近どう?」
エプロンの下に白いパーカーを着て、黒い髪を短く整えた男性が隣でおもちゃを洗う同僚に問う。
黒髪の男の足には、イエローのタグを首にかけた赤いドラゴンが寄りかかり、うとうとと舟を漕いでいた。
短く切り揃えた金色の髪を後頭部に向けて撫で付けた男は、覇気のない間延びした声音で答えた。
「ぼっちぼちだねえ」
言い終えてから、蓋をしていた排水口の栓を引き抜く。
溜まっていた水がごぼごぼと音を立てて流れ始め、手元を覗き込んでいた鼠色の小さなドラゴンが目をきらきらとさせた。
大きな音を出し、ぐるぐると渦を巻いて流れていく様子が楽しいようだ。
短い手足をばたばたと動かし、洗面台によじ登る。
そして、排水口に向かって首を伸ばした。
首からぶら下げていた青いタグが、今にも排水口の水と一緒に吸い込まれそうになる。
気づいた金髪の男が、濡れた手のままドラゴンを持ち上げた。
「こらー。危ないだろー」
首を傾けながら、満月に似たまん丸の目を男に向ける。
鼠色のドラゴンは、わかったようなわかってないような表情をしていた。
「全く……」とぼやきつつ、手近にあったタオルを取り、肌についた水滴を拭い取ったあと、地面におろしてやる。
金髪の男を見上げるように一瞥してから、ドラゴンは仲間が集まっている滑り台へと歩き出した。
よちよちと遠ざかって行く小さな背中とそこから生えている小さな羽根を見送って、金髪の男は隣に立つ男に向き合う。
「成長も順調だし、たまに今みたいな危なっかしい行動もとるが、基本的に大人しい性格で」
「誰がドラゴンの状態を聞いた! お前のプライベートを聞いてるんだよ!」
こいつは、本気で会話が読み取れてないのか、惚けてるのかわからないから腹が立つ。
額に青筋を浮かべながら突っ込みをいれると、金髪の男は「なんだ、そっちか」と、息を吐き出した。
「こっちは特に変わりない。そういうソウスケこそ、最近どうなんだ。例の先生に告白出来たのか」
いつだったかするって言ってただろう。
突飛な話の切り替えに、ソウスケと呼ばれた男は言葉を詰まらせた。
「は……! え……! な、何の事だか……!」
否定をしている割には、耳から頬から、果ては首まで赤く染めている。
ソウスケの声に驚いたのか、足元にいた赤い肌の小さなドラゴンが目をパチリと開け、大きく口を広げてあくびをしていた。
それでもまだ眠気が残っているのか、瞼が半分ほど落ちる。
落ち着けていた腰を上げて、ソウスケを見上げる。
ドラゴンの視線に気づいたソウスケが、意図を察して笑みをこぼした。
「ああ、抱っこか。おいで」
短い手を上げて、万歳の格好をするドラゴンの脇の下に手を入れ、抱き上げる。
ポンポンと背中を叩いてやると、半分だけ開いていた目がさらに落ちる。
うっつらうっつらとしているドラゴンをあやしつつ、同僚の男に視線を戻した。
「別に、あの先生のこととか、別に何も、何もないけど?」
そう言っている割には、目が泳いでいる。
あくまでもしらを切るか。
捲り上げていた、エプロンの下に着ている白いシャツの袖を戻しつつ、金髪の男は口を三日月の形にする。
「嘘だな」
「嘘じゃねえし……」
「どうだか?」
「そ、そういうミヤギはどうなんだよ……!」
「俺? 俺はそうだなあーー」
にたにたと、気味の悪い笑みを見せて答えを勿体振っている間に、建物の方から明るい声音が響いた。
「ソウスケ先生!」
びしりと、ソウスケは顔を赤くしたまま固まる。
噂をすればなんとやらだ。
声がした方に視線を向ければ、赤い髪の女性が扉から庭を覗き込んでいる。美しく整えられた眉が八の字になって、不安げな様子だ。
彼女の名前はリサ。ソウスケと同じ年齢だが、ここでの配属はつい最近という女性教諭である。
形の良い唇で弧を描いたまま、ミヤギという名の男は建物からソウスケが見えやすいように立ち位置を変えてやる。
「お呼びですよ、ソウスケ先生」
からかう声音で名前を呼ばれて、ソウスケは硬直していた身体をようやく溶かした。
頬をさらに赤くさせて、唾が飛ぶほどの声を吐き出す。
「おま……! 余計な事はしなくて良いんだよ!」
「ソウスケ先生?」
「今行きます!」
「この続きは後だ!」と言い置いて、ソウスケは走り去っていく。
慌ただしく去って行った若い教諭を、ミヤギは笑みを崩さないまま見送った。
複数の視線を下から感じたのはその時であった。
足元にいるドラゴンたちが、不安げな表情をしてミヤギを見上げている。
しきりにソウスケとミヤギを交互に見たり、ほっぺたを触るドラゴンを観察して、何を思っているのかを感じ取った。
先程までのからかいが含まれた表情(かお)を崩して、安心させる為の優しい笑顔に切り換える。
膝を折り、ドラゴンたちと視線を合わせた。
「大丈夫だ。ソウスケ先生は病気じゃない。リサ先生の前だとちょっと……いやかなりか……? まあいいか。リサ先生の前だと、照れて赤くなっちゃうんだ。あいつはリサ先生のことが大好きだからね。だから、大丈夫だよ」
ミヤギの言葉に、ドラゴンたちは顔を見合わせる。
まだまだ小さい彼らに、男女のあれこれは早かっただろうか。
口を結んだままドラゴンたちを見守っていると、ぱたぱたとまだ小さい羽根を動かして喜びを表現する。
そのまま小さな足を動かして砂場の方へと駆けていく小さな子達。
なんとか伝わったようだ。
ぺたぺたと、砂の教会を作り出すドラゴンたちに突っ込みを入れるかどうか迷ったが、楽しそうだからこのまま放置しておこう。
戻ってきたソウスケの反応が楽しみだ。
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