狐神と、
「お餅余っちゃった……」
台所にある流しの前で、少年を思わせる幼い顔立ちの男が、むむむと唸る。この家に住まう狐神のお世話係だ。柔らかな表情を浮かべる事が多いその顔は、今はとても険しいものとなっている。
彼の視線の先にあるのは、流しの隣にある作業スペースにあるのは乾いた餅だ。正月に入ってから母から定期的に届くのだが、狐神様はお餅に飽きてしまったのだろう。男一人では全く食べ進まず、一番美味しく頂ける時を逃して、すっかり乾燥したお餅になってしまった。
うんうんと唸りながら、パーカーの懐からスマートフォンを取り出す。
お餅に飽きた狐神様が、再びお餅を美味しく食べれる調理法は無いだろうか。
【お餅】【レシピ】等々を検索画面に入力して、出てきた画像やHPをひとまず一通り眺める。
「実家に居た頃は余るなんてことなかったものなあ」
ぽつぽつと一人言を漏らしていると、お世話係もよく知るお菓子がでてきた。おかきだ。乾いた餅を油で揚げて作るお菓子である。
これなら自分でも作れるし、狐神も食べてくれそうだ。あの子狐はお菓子が大好きだから。
さっそく作ってみようと、油と鍋を用意して、温め始める。
鼻唄混じりに塩と砂糖を取り出したり、これまた余ってきたきな粉を出したりしていると、甲高い声音が耳に届いた。
「あまね! あまね! なにしてるんだ⁉」
白い毛並みの小柄な狐が、興奮した様子で居間を駆け抜けキッチンへ飛び込む。
「これからおかきを作るんですよ」と答えれば、狐神はぱっと表情を明るくさせ、キラキラと目を輝かせる。
「おかきー! いっぱいつくってー! いっぱいつくってくれたら、あまねのおねがいごとなんでもかなえるぞ!」
「狐神様に叶えられる内容だといいのですが」
「なんでもかなえるぞ! あしたのてんきを【はれ】にするとか、かぜをよわくするとか、おきゅうりょうあっぷとか」
「狐神様がおやつを我慢して、ご飯を好き嫌い無く食べるとか?」
「それは…………ちょっと、じしんないぞ…………」
先ほどまでの自信と勢いはどこへ行ったのか。狐神は尻尾を下げて、視線をそらす。
今のはちょっと意地悪な願い事だったかなと、お世話係は頬を緩ませ、白い狐の頭をわしゃわしゃと撫でた。