神様SS集
夜空と同じ色をした川の水面を、さらさらと笹舟が流れる。
笹舟には光の球が幾つも乗っていて、川の途中にある赤い桟橋に寄せ集められ、狩衣を纏った男たちによってせっせと運び出される。
運ばれた球体は土手に集められ、空に放たれていた。
夜の帳に覆われた天に、光が散りばめられる。
光の尾と、星の瞬きに包まれた世界にある川。
川には、桟橋と同じ色で塗装された大きな橋がある。
この川を渡る唯一の橋で、毎年七夕の日だけ貸し切りになる橋だ。
その橋で、欄干に身体を預けた壮年の男が深く、それはもうふかーく息を吐き出していた。
端正な顔立ちは頬が痩せこけ、目の下にはくまがある。
そんな男の肩にはふくろうが止まっていた。
夜空の色と星をそのまま溶かし入れた羽毛が印象的である。
絶えず吐き出されるため息に、ふくろうもつられてため息を吐き出す。
いよいよ耐えかねて、ふくろうがくちばしを開いた。
「王よ、いい加減諦めなされ」
「ああああ…………! 私はなんて愚かな約定をしてしまったんだ……! 一年に一度しか会わせないなんて……!」
「ああ……もうわかりましたから。何回も聞きましたから。さっさと、橋を解放してくだされ。姫宮様方が待っておられますぞ」
「一年に一度しか会わないって、会えない期間が長い分それだけ想いが燃え上がるって事ではないか! 何してんだ! あの時の自分! 訂正しろ! あの時の自分! 撤回して、あの男を追放するのだ!」
「聞いてねえな」
ついつい、砕けた口調で本音が出てしまったふくろうである。
そのふくろうを肩に乗せたまま、男は自分を戒めるように、欄干に額を打ちつけ始めた。
この欄干、木製でとても固いのだが、男の額は大丈夫だろうか。
早々に肩から欄干に移動したふくろうは、男を見下ろした。
男は、この星の国を統治する王だ。名を、星大王(セイタイオウ)と言う。
星大王には一人娘がいた。
父親に似てとても聡明で、母親に似て美麗で、二人に似て勤勉だった。
宮仕えする者たちに日々労いの言葉をかけ、城下町に出れば町民たちの言葉に耳をかす。
ふくろうも、姫宮に羽毛を撫でられるのが日々の日課であり、大好きな二人の時間であった。
でも、長く続かなかった。
姫宮に、大好きな人が出来たのだ。
初めて体験する恋に姫宮の心は燃え上がり、勉学や公務が疎かになるほど。
勉学が疎かになるのは、星大王も許した。自分も疎かにした事があったからだ。
が、姫宮としての仕事をさぼるのはいただけないと、星大王は表情を厳しくする。
上に立つものが、仕事をせずに恋だの愛だのに夢中になるのは、常日頃から支えてくれる部下の皆々様に失礼ではないか。
星大王は二人を引き剥がし「年に一度しか会ってはいけない。頭が冷えるまで、真面目に仕事をしろ」と姫宮と男に言いつけた。
向こう岸に男が渡ったのを確認してから、川にかかる一番大きな橋だけ残し、他の橋は木っ端微塵に吹き飛ばす。
橋が一つになった事で、民の間で「不便になった」という話も出たが、「姫宮が頭を冷やすまで辛抱してくれ」と、星大王は頭を下げた。
かわいい娘の為にと心を鬼にし、世間の批判も受け入れて来た星大王。
「そもそもさあ! 一年に一度しか会わないんだし、そのうち別れるだろうと思ったのが、全ての過ちだよね! こんなに続くなんて思わないよね! ね!」
「我に同意を求められても困りますぞ、星大王」
胸のうちにある鬱憤を全て吐き出し終えたのか、それとも心労が溜まっているのか。今日一番大きなため息を口から漏らす。
「頼むよ、星宿(ホシヤド)……。お前だけが私の心をわかってくれるって……」
「わかりません、星大王」
主の言葉を、ふくろうはピシャリとはねのける。
星大王は力無く手すりから崩れ落ち、おいおいと涙を流した。
その様子を見ていたら、ふくろうの胸がきゅっと締め付けられた。
主の大きな肩と背中が、今日はやけに小さい。
「わかりません」は言い過ぎたか。
ふくろうは姫宮との思い出を脳裏に流す。
生まれたばかりの姫宮。
笑った様子を見せた姫宮。
あんよが出来るようになった姫宮。
袴の儀を迎えた姫宮。
ふくろうを抱いたまま眠りにつく姫宮。
生まれて初めて……ふくろうの羽毛を撫でた姫宮。
とても小さくて、ふくよかで、柔らかな、もみじの手であった。
「わかりません」は、やはり言い過ぎた。
ふくろうの気持ちも、実は星大王の気持ちに近いのだ。
口には出さず、ふくろうは胸の内側で主に語りかける。
「わかります……わかりますよ、大王……」
この星宿も、姫宮が恋を知ってから、羽毛を撫でられる機会が減りました。