もっとあなたに甘えたい
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それは未来の異国から来た彼女が、ジプシー生活に慣れ始めた頃だった―。
夜のショーで僕と共に出演する彼女は、それ以外の生活ではジプシーの子供の子守りをしていたのだ。
僕は最初、彼女に少なからず恨みを持つジプシーの嫌がらせかと思った。
彼女はこのジプシーのショーの中で看板娘といっていいくらい、客からは人気があったからだ。
しかし、どうもそうではなかったらしい。
生まれたばかりの赤子の世話をしているジプシーの母親が、他の小さな兄弟の子守りまでも大変そうにしている姿を見て、彼女自らそれを買って出たらしい。
僕も新しいマジックを考えたりその道具を作ったりすることもある。
しかし、そういう時はどうしても彼女を構ってやることができないのだ。
だから彼女が自分の開いた時間を好きに使うのを、僕は止めなかった。
そんな、ある日だった―。
たまたま僕が休憩のために作業を途中にして、外に出た。
そこで、彼女に会ったのだ。
「あ、エリック。もう終わったの?」
彼女は小さい子供を何人も引き連れていた。
周りにいた子供達も僕に目線を向け始めた。
沢山の目が、僕を見ている。
まるで自分が檻に入れられて大勢の観客に見られていたあの頃を思い出して、なんとなく居心地が悪かった。
そのせいで、彼女にぎこちない返事をしてしまった。
「いや、ちょっと、休憩しに来ただけ」
いつも、テントで彼女と話す自信に満ちた自分はどこへ行ったのだろうか。
今の僕は、情けないくらい頼りない男になってしまった気がする。
そんな僕を無視するように、元気な子供の声が彼女の周りで響いた。
『ねえ、おねえちゃん。わたしたちといっしょにあそぼうよっ』
『はーやーくー。あそぼうっ』
「あっ、ちょっ…待ってみんな!」
僕よりも年下で小さなジプシーの子供達が、彼女の隣で手を引きながら、上目遣いで急かしていた。
その時僕は、彼女に甘えている子供達がとても羨ましかった。
家出する前の頃―。
母親に甘えたくて自分が我が儘を言えば、それくらい自分でなさい、止めなさい、と母は僕を叱った。
だから、僕は人に甘えることができなかった。甘えることを許されなかったのだ。
だけど今はもう、目の前の小さな子供のように我が儘を言おうとは思わない。
ジェヴァールの折檻のおかげで、僕は我が儘な子供になることをやめたのだ。
甘えることは、自分の弱みを相手に見せることになるから。
そうだ。そうでないと生きられなかったのだ。
もう、僕はあの子達のような小さな子供じゃないのだから。
でも、なんだろう。この胸に黒く渦巻くような不快な気持ちは―。
彼女とその周りの子供達の仲が良い雰囲気を見ていると、無性にイライラする。
それを悟られないように、僕は頭の中で彼女と会話をするための言葉を探していた。
「子供に、好かれてるんだね」
でも出てきたのはそんな何でもない、ちっぽけな言葉だった。
「ふふ。みんないい子だし、可愛いよね。妹や弟が沢山できたみたいで、わたしも楽しいよ」
「…そう」
「もし時間があるなら、エリックも一緒に遊ぼうよ?」
無邪気に誘ってくる彼女だが、彼女のその言葉で周りにいる子供達の目の色が一変した。
その目が、醜い顔の僕に対する拒否の意味だということが簡単にわかる。
実際口で言わなくても、いつでも子供は正直で敏感に反応する生き物なのだ。
僕は首を振った。
「ごめん。まだやることが残ってるから」
「そっか。じゃあ、仕方ないね」
やることは確かにあった。次のショーで新しく披露する作りかけの道具が、まだあったのだ。
でもそれはもう完成間近であって、彼女の子守よりは時間もかからない作業だった。
だけど僕は、気を遣ってあえて彼女に嘘をついた。
もし僕がその輪に入ったら、きっと子供達も嫌がるだろうし、場の空気が乱れることは容易に想像できる。
そうなればいくら純粋で優しい彼女だって、居心地の悪い雰囲気に戸惑ってしまうだろう。
せっかく笑顔でいた彼女のその顔が、自分の所為で歪められてしまうのが、僕は怖かった。
そんな僕を嘲笑うかのように、残念そうに眉を下げた彼女の顔とは反対に、子供達は内心嬉しそうな顔をしていた。
幼い子供にさえ、自分は嫌われている―。
それを思うと、少し胸が痛んだ。
けれど、別に彼女以外の人間に好かれたいなんて、今更思ってもいない。
人間に嫌われているのは、慣れているから―。
「じゃあ、僕、テントに戻るよ」
これ以上目の前の温かい光景を見ていたくなくて、彼女にはそっけない言葉を返して自分からその場を離れることにした。
ある程度の所で後ろを振り返ると、彼女はジプシーの子供達と一緒に楽しそうに遊んでいた。
彼女はいつものように、無邪気に笑っていた。
それが、僕をより一層不快な気分にした。
彼女の笑みが僕以外の方に向いただけなのに―。
ねぇ、お願いだから余所見なんてしないでよ。
そんな小さな子供達なんか、いつもは親が居なくても自分達で遊んでいるのだから、キミがお守りをする必要はないんだよ。
キミには僕だけを、見ていて欲しいのに―。
真っ黒なもう一人の僕が、僕の内で暴れ出そうとしている。
これではまるで、子供達に自分の好きな玩具を奪われて駄々をこねた子供と同じだ。
もちろん彼女は僕の玩具でも、所有物でもない。
でも彼女はもしかしたら、こんな化物の顔で周囲と距離を置いている僕と一緒にいるよりも、普通の顔をした可愛げがある子供達と楽しく過ごしたいと思うんじゃないだろうか。
元々彼女は未来の世界でも、光があって恵まれた生活をしていた人間だったのだろう。
あんなに可愛くて、優しくて、無邪気に笑っているのだから―。
だけど僕は、彼女を離したくない。
生まれて初めて、醜い僕をありのまま受け入れてくれる唯一の人を見つけたんだから。
だから、お願い。
ねぇ、お願いだから。
僕を置いて行かないで―。
夜のショーで僕と共に出演する彼女は、それ以外の生活ではジプシーの子供の子守りをしていたのだ。
僕は最初、彼女に少なからず恨みを持つジプシーの嫌がらせかと思った。
彼女はこのジプシーのショーの中で看板娘といっていいくらい、客からは人気があったからだ。
しかし、どうもそうではなかったらしい。
生まれたばかりの赤子の世話をしているジプシーの母親が、他の小さな兄弟の子守りまでも大変そうにしている姿を見て、彼女自らそれを買って出たらしい。
僕も新しいマジックを考えたりその道具を作ったりすることもある。
しかし、そういう時はどうしても彼女を構ってやることができないのだ。
だから彼女が自分の開いた時間を好きに使うのを、僕は止めなかった。
そんな、ある日だった―。
たまたま僕が休憩のために作業を途中にして、外に出た。
そこで、彼女に会ったのだ。
「あ、エリック。もう終わったの?」
彼女は小さい子供を何人も引き連れていた。
周りにいた子供達も僕に目線を向け始めた。
沢山の目が、僕を見ている。
まるで自分が檻に入れられて大勢の観客に見られていたあの頃を思い出して、なんとなく居心地が悪かった。
そのせいで、彼女にぎこちない返事をしてしまった。
「いや、ちょっと、休憩しに来ただけ」
いつも、テントで彼女と話す自信に満ちた自分はどこへ行ったのだろうか。
今の僕は、情けないくらい頼りない男になってしまった気がする。
そんな僕を無視するように、元気な子供の声が彼女の周りで響いた。
『ねえ、おねえちゃん。わたしたちといっしょにあそぼうよっ』
『はーやーくー。あそぼうっ』
「あっ、ちょっ…待ってみんな!」
僕よりも年下で小さなジプシーの子供達が、彼女の隣で手を引きながら、上目遣いで急かしていた。
その時僕は、彼女に甘えている子供達がとても羨ましかった。
家出する前の頃―。
母親に甘えたくて自分が我が儘を言えば、それくらい自分でなさい、止めなさい、と母は僕を叱った。
だから、僕は人に甘えることができなかった。甘えることを許されなかったのだ。
だけど今はもう、目の前の小さな子供のように我が儘を言おうとは思わない。
ジェヴァールの折檻のおかげで、僕は我が儘な子供になることをやめたのだ。
甘えることは、自分の弱みを相手に見せることになるから。
そうだ。そうでないと生きられなかったのだ。
もう、僕はあの子達のような小さな子供じゃないのだから。
でも、なんだろう。この胸に黒く渦巻くような不快な気持ちは―。
彼女とその周りの子供達の仲が良い雰囲気を見ていると、無性にイライラする。
それを悟られないように、僕は頭の中で彼女と会話をするための言葉を探していた。
「子供に、好かれてるんだね」
でも出てきたのはそんな何でもない、ちっぽけな言葉だった。
「ふふ。みんないい子だし、可愛いよね。妹や弟が沢山できたみたいで、わたしも楽しいよ」
「…そう」
「もし時間があるなら、エリックも一緒に遊ぼうよ?」
無邪気に誘ってくる彼女だが、彼女のその言葉で周りにいる子供達の目の色が一変した。
その目が、醜い顔の僕に対する拒否の意味だということが簡単にわかる。
実際口で言わなくても、いつでも子供は正直で敏感に反応する生き物なのだ。
僕は首を振った。
「ごめん。まだやることが残ってるから」
「そっか。じゃあ、仕方ないね」
やることは確かにあった。次のショーで新しく披露する作りかけの道具が、まだあったのだ。
でもそれはもう完成間近であって、彼女の子守よりは時間もかからない作業だった。
だけど僕は、気を遣ってあえて彼女に嘘をついた。
もし僕がその輪に入ったら、きっと子供達も嫌がるだろうし、場の空気が乱れることは容易に想像できる。
そうなればいくら純粋で優しい彼女だって、居心地の悪い雰囲気に戸惑ってしまうだろう。
せっかく笑顔でいた彼女のその顔が、自分の所為で歪められてしまうのが、僕は怖かった。
そんな僕を嘲笑うかのように、残念そうに眉を下げた彼女の顔とは反対に、子供達は内心嬉しそうな顔をしていた。
幼い子供にさえ、自分は嫌われている―。
それを思うと、少し胸が痛んだ。
けれど、別に彼女以外の人間に好かれたいなんて、今更思ってもいない。
人間に嫌われているのは、慣れているから―。
「じゃあ、僕、テントに戻るよ」
これ以上目の前の温かい光景を見ていたくなくて、彼女にはそっけない言葉を返して自分からその場を離れることにした。
ある程度の所で後ろを振り返ると、彼女はジプシーの子供達と一緒に楽しそうに遊んでいた。
彼女はいつものように、無邪気に笑っていた。
それが、僕をより一層不快な気分にした。
彼女の笑みが僕以外の方に向いただけなのに―。
ねぇ、お願いだから余所見なんてしないでよ。
そんな小さな子供達なんか、いつもは親が居なくても自分達で遊んでいるのだから、キミがお守りをする必要はないんだよ。
キミには僕だけを、見ていて欲しいのに―。
真っ黒なもう一人の僕が、僕の内で暴れ出そうとしている。
これではまるで、子供達に自分の好きな玩具を奪われて駄々をこねた子供と同じだ。
もちろん彼女は僕の玩具でも、所有物でもない。
でも彼女はもしかしたら、こんな化物の顔で周囲と距離を置いている僕と一緒にいるよりも、普通の顔をした可愛げがある子供達と楽しく過ごしたいと思うんじゃないだろうか。
元々彼女は未来の世界でも、光があって恵まれた生活をしていた人間だったのだろう。
あんなに可愛くて、優しくて、無邪気に笑っているのだから―。
だけど僕は、彼女を離したくない。
生まれて初めて、醜い僕をありのまま受け入れてくれる唯一の人を見つけたんだから。
だから、お願い。
ねぇ、お願いだから。
僕を置いて行かないで―。