「あ」
机の端に置いていた消しゴムが、手に当たってころんと落ちる。それと同時に、気分が少し下がっていくのを感覚で悟った。
どうして机の端になんか置いたのだろう。数秒前の自分の気が知れない。
もし、数秒前からやり直せるのなら、真ん中に置くとは言わず筆箱の中にしまっておきたい。ドラ〇もんでも呼ぶか。いないなら作るか。
ため息を吐く。こんなことを考える暇があるのなら、さっさと拾うのが賢明だろう。どんなに頑張っても数秒前に戻ることは出来ないし、ドラ〇もんもいない。作るくらいなら拾う方が圧倒的に労力が少ない。
消しゴムに手を伸ばす。
地味に遠い。
再度ため息を吐く。
席を立つ。先生と目が合ったが、床に落ちた消しゴムを見て状況を把握したのか、何も言わずに視線をそらした。
先生から許しをもらえた僕は、堂々と歩いて消しゴムに手を伸ばす。
すると、僕の手と同じような色の物体が僕の手に触れてきた。
その物体は手のような形をしていて、隣の席から伸びているようだ。
不思議に思って見上げると、松原さんと目が合った。
「あ、ご、ごめん。席から遠いかなと思って拾おうとしたけど……タイミング悪かったね」
そう言うと、松原さんは頬を赤らめて顔をそむけた。
「あ……ありがとう」
呆気にとられながらも、何とか感謝を伝える。
僕の感謝に、松原さんはそっぽを向いたまま頷いて応えた。
「広瀬、消しゴム拾ったんなら早く座りなさい」
先生に注意されて、大人しく席に戻る。どうやら、松原さんを見つめていたせいで、少し時間が経っていたらしい。
……もし、数秒前に戻れるのなら。
今度は拾わずに、彼女が拾ってくれるのを待ちたいな。