短いもの(~4,000文字)
夢の中
真っ白い空間の中、徐々に迫り来る黒い霧から逃げるように君の手を引いて走る。
『大丈夫、僕が君を守るから。』
僕ならやれる。僕しか居ないんだと気を引き締めて、どんどん前へ進む。
君が僕に任せてくれたんだ。きっと君の道標になれるよ。
一歩踏み出す度に自信に満ち溢れ、なんでも出来るような気がした。
けど、君は走るのをやめ、立ち止まってしまった。
怖くて立ち止まってしまうのは仕方の無いことだ、と理解はする。
でも、君を守る立場の僕は、霧の侵攻具合いに少し余裕があるとは言え、もしも君が何かのミスで霧に呑まれでもしたらと考えると気が気じゃない。
少し強引に手を引っ張る僕の行動とは裏腹に、君は立ち止まって動かないどころか、一歩後退りしてしまった。
『何してるの。ほら、僕が一緒だから大丈夫だよ?』
安心させるため、なるべく優しく言うように努める。
それでも進もうとしない君を見かねて、言葉を続ける。
『ほら、見てごらん。あの扉まで行けばきっとここから出られるよ』
大丈夫だから早く、一歩でも前に進んでくれ。その思いから、声をかけつつも立ち止まる君の手を引くことはやめなかった。
『……ごめん、なさい。』
ポツリ、と雨が降るかのように君が言葉を零した。
『…ごめんなさい、応えられなくて、本当にごめんなさい………ごめんなさい、ごめんなさい…』
君の異変にようやく気づいた僕は、焦る気持ちを抑えて深呼吸し、とりあえず手を引くことをやめた。
さっきまでは焦りで全く気づかなかったが、僕が引っ張っていた君の手は震えていた。
僕がいるのに、何でこんなに震えてるんだろう。
僕は君の手をギュッと握って『大丈夫、僕が君を守るから』と、少し前に行った言葉をもう一度言ってみせた。
『君が応えなくても、僕が君に応え続けるよ』
そう言うと、君の手の力が抜けた気がした。
安心してくれてよかったと胸を撫で下ろし、僕は再び君の手を持って歩き始めた。
____持って…?
自分の言葉に違和感を感じて立ち止まる。
突然奇妙な世界に迷い込んだような感覚に陥り、訳も分からない緊張に苛まれ、視界が歪み、身体が硬直する。
君の手を引いていたはずの自分の手を見ようと、後ろをゆっくり、ゆっくりと振り返る。
『__っ。』
確認したその光景に、僕の目は大きく見開かれる。
いつの間にか乱れた呼吸がうるさい。
全身から汗が滲む。
僕は。
『なんで。』
胴を失った君の、腕を。
『どうして。』
腕だけを。
『僕が居たのに。』
持って。
『僕が___。』
直後、君の壊れたような甲高い笑い声が、この空間中に響き渡る。
頭が痛くなり視界が大きく歪んだ次の瞬間、目の前には何故かビルがあり、見上げると、屋上からまるで自然現象のように落ちていく君がいた。
そのまま落ちてアスファルトに衝突してしまうのかと思えば、いきなり場面が切り替わって君が僕の目の前に現れた。
『これじゃダメだったんだ、これじゃダメなんだよ、ねぇ!!!!』
と、狂気混じりの笑顔を浮かべる君は、僕の肩を掴んでそう訴えかけた。
どういうことなんだよ、と困惑を口に出すことすらできずに、また場面が切り替わる。
黒くて長い髪と変な方向に放り出された手足、アスファルトにトマトを叩きつけたような赤色、それらの光景が断片的に、けれどもハッキリと浮かんで僕の脳裏にこびり付いていく。
____そうか、そうなんだね。
まるで糸が切れた人形のように、昏倒する。
遠ざかる意識の中、君はもう、ここにはいないのだと悟った。
目を覚ます。
鳥のさえずり一つ無い空間に、自分の荒い息遣いが響く。
今のは一体何だったんだ?さっきのは夢?と、毎日のように繰り返した質問に、今日も夢だと答える。
息が整う頃には汗もすっかり引いていた。
力無く立ち上がり、床をギシギシと軋ませながら洗面所へ向かう。
鏡には、生気をなくした目の下に大きな隈を作り、蒼白い頬の痩けた自分がいた。
そういえば、最初の頃このまま死ぬんじゃないかと心配もしたが、実際そんなことも無く、今となってはもう慣れてしまったな、とぼんやり働かない頭で思う。
ただ、何となく、当時の習慣で起きたら自分の顔を確認するようになっていた。
玄関に行き、靴を履く。
白い霧の中、森の中へとゆっくり歩き出す。
僕は。
救えると思ってた。
手を離さなければ救えるなんて、自惚れていた。
真っ白い空間の中、徐々に迫り来る黒い霧から逃げるように君の手を引いて走る。
『大丈夫、僕が君を守るから。』
僕ならやれる。僕しか居ないんだと気を引き締めて、どんどん前へ進む。
君が僕に任せてくれたんだ。きっと君の道標になれるよ。
一歩踏み出す度に自信に満ち溢れ、なんでも出来るような気がした。
けど、君は走るのをやめ、立ち止まってしまった。
怖くて立ち止まってしまうのは仕方の無いことだ、と理解はする。
でも、君を守る立場の僕は、霧の侵攻具合いに少し余裕があるとは言え、もしも君が何かのミスで霧に呑まれでもしたらと考えると気が気じゃない。
少し強引に手を引っ張る僕の行動とは裏腹に、君は立ち止まって動かないどころか、一歩後退りしてしまった。
『何してるの。ほら、僕が一緒だから大丈夫だよ?』
安心させるため、なるべく優しく言うように努める。
それでも進もうとしない君を見かねて、言葉を続ける。
『ほら、見てごらん。あの扉まで行けばきっとここから出られるよ』
大丈夫だから早く、一歩でも前に進んでくれ。その思いから、声をかけつつも立ち止まる君の手を引くことはやめなかった。
『……ごめん、なさい。』
ポツリ、と雨が降るかのように君が言葉を零した。
『…ごめんなさい、応えられなくて、本当にごめんなさい………ごめんなさい、ごめんなさい…』
君の異変にようやく気づいた僕は、焦る気持ちを抑えて深呼吸し、とりあえず手を引くことをやめた。
さっきまでは焦りで全く気づかなかったが、僕が引っ張っていた君の手は震えていた。
僕がいるのに、何でこんなに震えてるんだろう。
僕は君の手をギュッと握って『大丈夫、僕が君を守るから』と、少し前に行った言葉をもう一度言ってみせた。
『君が応えなくても、僕が君に応え続けるよ』
そう言うと、君の手の力が抜けた気がした。
安心してくれてよかったと胸を撫で下ろし、僕は再び君の手を持って歩き始めた。
____持って…?
自分の言葉に違和感を感じて立ち止まる。
突然奇妙な世界に迷い込んだような感覚に陥り、訳も分からない緊張に苛まれ、視界が歪み、身体が硬直する。
君の手を引いていたはずの自分の手を見ようと、後ろをゆっくり、ゆっくりと振り返る。
『__っ。』
確認したその光景に、僕の目は大きく見開かれる。
いつの間にか乱れた呼吸がうるさい。
全身から汗が滲む。
僕は。
『なんで。』
胴を失った君の、腕を。
『どうして。』
腕だけを。
『僕が居たのに。』
持って。
『僕が___。』
直後、君の壊れたような甲高い笑い声が、この空間中に響き渡る。
頭が痛くなり視界が大きく歪んだ次の瞬間、目の前には何故かビルがあり、見上げると、屋上からまるで自然現象のように落ちていく君がいた。
そのまま落ちてアスファルトに衝突してしまうのかと思えば、いきなり場面が切り替わって君が僕の目の前に現れた。
『これじゃダメだったんだ、これじゃダメなんだよ、ねぇ!!!!』
と、狂気混じりの笑顔を浮かべる君は、僕の肩を掴んでそう訴えかけた。
どういうことなんだよ、と困惑を口に出すことすらできずに、また場面が切り替わる。
黒くて長い髪と変な方向に放り出された手足、アスファルトにトマトを叩きつけたような赤色、それらの光景が断片的に、けれどもハッキリと浮かんで僕の脳裏にこびり付いていく。
____そうか、そうなんだね。
まるで糸が切れた人形のように、昏倒する。
遠ざかる意識の中、君はもう、ここにはいないのだと悟った。
目を覚ます。
鳥のさえずり一つ無い空間に、自分の荒い息遣いが響く。
今のは一体何だったんだ?さっきのは夢?と、毎日のように繰り返した質問に、今日も夢だと答える。
息が整う頃には汗もすっかり引いていた。
力無く立ち上がり、床をギシギシと軋ませながら洗面所へ向かう。
鏡には、生気をなくした目の下に大きな隈を作り、蒼白い頬の痩けた自分がいた。
そういえば、最初の頃このまま死ぬんじゃないかと心配もしたが、実際そんなことも無く、今となってはもう慣れてしまったな、とぼんやり働かない頭で思う。
ただ、何となく、当時の習慣で起きたら自分の顔を確認するようになっていた。
玄関に行き、靴を履く。
白い霧の中、森の中へとゆっくり歩き出す。
僕は。
救えると思ってた。
手を離さなければ救えるなんて、自惚れていた。