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短いもの(~4,000文字)

おはよう





「もう知らない」

 そう言って彼女は出て行った。

 どうにもならない苛立ちを舌打ちに変えて、頭を掻く。

 追いかける必要はない。女心としては追いかけてほしいって? いや、彼女の場合は喜ぶどころか、むしろついて来るなと怒り狂うだろう。そもそも、それで喜ぶのは付き合って間もない時だけだ。
 僕らは三年間付き合ってるし、それに加えて数ヶ月前から倦怠期。お互い嫌悪し合いながらも、なんとか我慢していた日々が今日で限界を迎えたのだ。

 でも、これでよかったのかもしれない。
 彼女が出て行ってくれたことで冷静になれるし、久しぶりに一人の時間を堪能出来る。
 この出来事で僕らの関係が終わるなら、それは仕方のないことだと諦めるだけだ。

「疲れたな」

 さっきの喧嘩もあって、午後九時にもかかわらず眠気が僕を襲う。
 今日はもう寝よう。明日は休日だし、気分転換に少し遠いどこかに出かけてみようかな。

 ベッドに横になる。
 いつも彼女と寝ているベッドは、一人だと少し広かった。

 ◇

 鳥のさえずりが優しい日の光とともに、僕に朝を知らせる。

「ん……」

 その音に誘われるように、僕はゆっくりと目を開けた。

 僕の隣には、何もない。当たり前にあった温もりは、寂しい空間を残して消えていた。

 何かが込み上げてきて、驚いて起き上がる。
 これ以上考えるのはやめよう、きっと寝ぼけて気持ちが繊細になってるだけなんだ。

 珈琲でも飲んで目を覚ませば、気持ちもスッキリするはず。
 僕は珈琲を淹れるべく、ベッドから立ち上がり、リビングへと向かった。

 __いや、向かおうとしていた。

「なんで……」

 目の前の光景に目を見開く。

 ベッドの隣……そう、つまり、床。
 彼女が、昨日出て行ったはずの彼女が、すやすやと寝息を立てて寝ていたのだ。

 床で寝ているのは、意地だろうか。
 それでも彼女は、僕のいる場所に、ここに、戻ってきてくれたのか。

 涙が溢れる。
 あぁ、よかった。
 きっと僕は、不安だったんだ。彼女の気持ちも、これからのことも……僕自身の気持ちも。
 でも、これでようやく分かった。

 しゃがんでそっと頭を撫でる。初めて頭を撫でた時から変わらない、彼女の柔らかい髪。

「ん、んん」

 頭に触れたせいか、彼女は少し身を捩って、それから目を覚ました。

「どうしたの……?」

 そんな彼女を見て、言った。

「僕は、君が好きだ」
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