第8話「エメラルド」
胸やけしそうだ。
律は読み終わった本を閉じると、深々とため息をつき、また新しい本を開いた。
律は父親が社長を務める小野寺出版を去り、丸川書店に入社した。
小野寺出版にいた頃は、七光りと揶揄され、仕事も正当に評価してもらえなかった。
それなら父親の庇護から離れ、1人でやってやる。
そして自分を真っ当に扱わなかった同僚たちを見返してやるのだ!
それが律の会社を変えた理由だった。
社長の息子であるから、編集者になれたのかどうか。
それは律にはわからない。
本が好きで出版社に入る者は、やはり圧倒的に編集者志望が多い。
だが希望が叶わず、総務や経理などの事務方や営業などの販売に回される者は多いのだ。
そもそも出版社に入ること自体が、狭き門だ。
だが努力はしてきた自負はある。
本の知識は大抵の人間には負けていないし、編集者になってからも手を抜いたことなどない。
それなりに売れる本も作った。
だから転職先の丸川でだって、文芸の担当になれると思ってたのだ。
それなのに配属されたのは、月刊エメラルド編集部。
つまり少女漫画担当だ。
はっきり言って、失望はした。
それに編集長が妙にえらそうで、口も態度も悪い男だったのだ。
いろいろ不満はある。
おそらく父に泣きつけば、元の場所には戻れるだろう。
だがそれは律の流儀に反することだった。
右の頬を殴られれば、左右の頬を殴り返して蹴飛ばしてやるのが、律のやり方だ。
とりあえず横暴編集長を見返すべく、律は久しぶりに武蔵野第一図書館にやって来た。
今の律にとって、少女漫画は完全に守備範囲外。
とにかくまずは読んで読んで、読みまくろう。
だから開館時間に合わせて、図書館に入った。
閉館まで読めるだけ読んでやるつもりだった。
「だけどやっぱり目立ってるかな」
律はぽつりとそう呟いた。
丸川書店から出している作品は、会社で読める。
小野寺出版の作品も、父に頼めば取り寄せられるだろう。
だからそれ以外の出版社の作品を選んで読んでいたのだが、やはり視線を感じる。
なぜなら律はここでは有名人なのだ。
久しぶりに現れたと思ったら、いきなり少女漫画ばかり読んでいるのは異常に見えるらしい。
ほとんどの図書館員が、驚いたような目で律を見る。
中には「どうしたんですか?」などと、声をかけて来る鬱陶しい奴もいる。
柴崎は何事もなかったように、営業用の笑顔で頭を下げて、通り過ぎた。
さすが図書隊の華、隙のない反応だ。
だがやはり圧巻なのは郁だった。
館内業務をしていた郁は、律を見かけるなり「お久しぶりです。律さん!」と頭を下げた。
そして律が読んでいる本を見るなり「すごい!」と声を上げたのだ。
「図書館の本を制覇したいっておっしゃってたけど、ついに少女漫画にも進出したんですか!?」
あっけらかんとした的はずれな言葉に、律は盛大に笑った。
そして自分の行動を振り返り、苦笑する。
そう、以前郁には「ここの本を全部読むのが目標」と言ったのだ。
甘い恋愛に胸焼けしている場合じゃない、ここにある少女漫画、全部制覇してやる!
「郁ちゃん、ありがとう」
律は郁に礼を言うと、再び少女漫画に視線を落とした。
なぜ礼を言われたのかわからない郁は、首を傾げながら業務に戻っていった。
律は読み終わった本を閉じると、深々とため息をつき、また新しい本を開いた。
律は父親が社長を務める小野寺出版を去り、丸川書店に入社した。
小野寺出版にいた頃は、七光りと揶揄され、仕事も正当に評価してもらえなかった。
それなら父親の庇護から離れ、1人でやってやる。
そして自分を真っ当に扱わなかった同僚たちを見返してやるのだ!
それが律の会社を変えた理由だった。
社長の息子であるから、編集者になれたのかどうか。
それは律にはわからない。
本が好きで出版社に入る者は、やはり圧倒的に編集者志望が多い。
だが希望が叶わず、総務や経理などの事務方や営業などの販売に回される者は多いのだ。
そもそも出版社に入ること自体が、狭き門だ。
だが努力はしてきた自負はある。
本の知識は大抵の人間には負けていないし、編集者になってからも手を抜いたことなどない。
それなりに売れる本も作った。
だから転職先の丸川でだって、文芸の担当になれると思ってたのだ。
それなのに配属されたのは、月刊エメラルド編集部。
つまり少女漫画担当だ。
はっきり言って、失望はした。
それに編集長が妙にえらそうで、口も態度も悪い男だったのだ。
いろいろ不満はある。
おそらく父に泣きつけば、元の場所には戻れるだろう。
だがそれは律の流儀に反することだった。
右の頬を殴られれば、左右の頬を殴り返して蹴飛ばしてやるのが、律のやり方だ。
とりあえず横暴編集長を見返すべく、律は久しぶりに武蔵野第一図書館にやって来た。
今の律にとって、少女漫画は完全に守備範囲外。
とにかくまずは読んで読んで、読みまくろう。
だから開館時間に合わせて、図書館に入った。
閉館まで読めるだけ読んでやるつもりだった。
「だけどやっぱり目立ってるかな」
律はぽつりとそう呟いた。
丸川書店から出している作品は、会社で読める。
小野寺出版の作品も、父に頼めば取り寄せられるだろう。
だからそれ以外の出版社の作品を選んで読んでいたのだが、やはり視線を感じる。
なぜなら律はここでは有名人なのだ。
久しぶりに現れたと思ったら、いきなり少女漫画ばかり読んでいるのは異常に見えるらしい。
ほとんどの図書館員が、驚いたような目で律を見る。
中には「どうしたんですか?」などと、声をかけて来る鬱陶しい奴もいる。
柴崎は何事もなかったように、営業用の笑顔で頭を下げて、通り過ぎた。
さすが図書隊の華、隙のない反応だ。
だがやはり圧巻なのは郁だった。
館内業務をしていた郁は、律を見かけるなり「お久しぶりです。律さん!」と頭を下げた。
そして律が読んでいる本を見るなり「すごい!」と声を上げたのだ。
「図書館の本を制覇したいっておっしゃってたけど、ついに少女漫画にも進出したんですか!?」
あっけらかんとした的はずれな言葉に、律は盛大に笑った。
そして自分の行動を振り返り、苦笑する。
そう、以前郁には「ここの本を全部読むのが目標」と言ったのだ。
甘い恋愛に胸焼けしている場合じゃない、ここにある少女漫画、全部制覇してやる!
「郁ちゃん、ありがとう」
律は郁に礼を言うと、再び少女漫画に視線を落とした。
なぜ礼を言われたのかわからない郁は、首を傾げながら業務に戻っていった。
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