第5話「婚約者」

「お前がタスクフォースだなんて。色仕掛けか?」
静かな図書館に、剣を含んだ声が響く。
それを耳にした雪名は、不快で顔を歪めた。

雪名皇は、武蔵野第一図書館に来ていた。
その目的は、読書ではない。
美大生の雪名は、ここで有名な画家の画集を見るのが好きだった。
本が高いこのご時世、画集など専門書の類はさらに高価なのだ。
学生の身分では、おいそれと買えない。

それに雪名が好む画家やイラストレーターの画集は、検閲対象のものも多い。
つまり無理して買おうと思っても、手段すらないのだ。
モデルが肌を露出しすぎとか、色遣いが派手すぎだとか、風紀上よろしくないとか。
本当につまらない理由で、検閲になるのは腹立たしい。
だが嘆いたところで、この現状はどうにもならないのだ。
だから雪名は、時間があるとこうして武蔵野第一図書館の美術コーナーに来る。
検閲対象の画集でも自由に見られるのは、本当にありがたかった。

雪名は華やかな美貌の持ち主であり、長身でスタイルもいい。
世に言うイケメンを集めてその中に入ったって、トップクラスだ。
女性図書館員の中には、イケメンの利用者を獲物のように狙う者も少なからずいる。
雪名がそんな女性図書館員の目に留まらずに済んでいるのは、偶然だった。
利用者が少ない美術コーナーしか行かないし、そういう場所は図書館員の目も届かないのだ。

だがそんな人が少ない場所だからこそ、図書館員の醜い部分を見る羽目になったのだ。
3人のスーツ姿の男性図書館員が、1人の女性図書館員を取り囲んでいる。
図書館員とわかったのは、全員が階級章と名札を付けていたからだ。

「お前がタスクフォースだなんて。色仕掛けか?」
男性の1人が、女性図書館員にそう言い放った。
タスクフォース。確か防衛方の特殊部隊だったか?
雪名にはその程度の知識しかない。
だけど彼女がそのタスクフォースに抜擢されたことを、男たちが妬んでいるのだと想像できた。

雪名は「コホン」と空咳をして、彼らの注意を引いた。
事情がわからないから、何も言えることはない。
だが男3人が女性1人を取り囲んでいるのは、見るに耐えない光景だった。
まして男たちは大柄な筋肉系、おそらくは防衛員だ。
対する彼女は、女性にしては背が高いが細くて、なおさら「弱い者いじめ感」を増している。
男たちは険しい目つきで雪名を見たが、利用者とわかると慌てて立ち去った。

「すみません。お見苦しいところを」
「そんな。頭を上げて下さい。」
すかさず頭を下げた彼女に、雪名は慌てて制した。
図書隊員なのだからおそらくは大卒、つまり雪名より年上だろう。
だが顔をあげた彼女は童顔でかわいらしく、雪名より幼く見えた。

「負けないで、頑張ってくださいね。」
雪名はそう告げると、お気に入りの画集を手に、閲覧室に向かった。
後に編集者の小野寺律を通して、2人はお互いの名前を知ることになる。
だが今はそんなことなど、知る由はなかった。
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