第30話「検閲がなくなる前に」
「お前、いいかげんにしろよ。」
堂上はウンザリした声で、そう言った。
だが相手は「悪いな」と答える声さえ、ため息まじりだった。
雪名皇の作品展の初日は、何とか無事に終わった。
雑誌「自由」の新刊が出た日と重なり、武蔵野第一図書館はとにかく人が多かった。
実際に絵を破壊しようとした不審者もいたりして、なかなかハードだった。
病院を抜け出し、初日を見に行った堂上も警備に加わりたくてウズウズしたほどだ。
そして堂上は病院に戻った。
郁は送っていくと言い張ったが、断腸の思いでことわった。
今日は会えたのだし、郁だって初日の警護で疲れているだろう。
それに松葉杖で人の多い図書館に出向いたことで、堂上も予想以上に疲れた。
それでも雪名の絵はどれも素晴らしかったし、行った甲斐はあった。
病室で人の目を気にせず郁に触れないのは残念だが、今日はよく眠れそうだ。
そんなことを考えていた矢先、面会時間スレスレに飛び込んできたのは小牧だった。
「班長に確認してほしいものがあって」
小牧はそう言って、書類の束を差し出した。
だがそれらは急を要するものではなく、後日見舞いに来る郁に託してくれても問題ないものだ。
そんな書類をわざわざ持参した理由は1つしかない。
小牧は堂上と直接会って、愚痴をこぼしたかったのである。
その証拠に、小牧は堂上が書類を見ている間に何度もため息をついている。
堂上だって「お前、いいかげんにしろよ」と文句を言いつつ、その理由がわからないほど鈍感ではない。
雪名の作品展でそれは起こった。
不審者が「絵を燃やせ!」と叫んで、絵に駆け寄ろうとした。
狙われたのはもちろん、当麻蔵人を描いた今回の目玉作品だ。
その瞬間、受付を手伝っていて一番近くにいた毬江が、絵の前に立ちはだかったのだ。
だがその手を引き、毬江を遠ざけた人物がいた。
もちろんそれで何がどうなったわけではなかった。
武蔵野第一図書館の防衛部が、利用者にケガを負わせる事態を見逃すはずなどない。
不審者は特殊部隊が出るまでもなく、防衛員たちが取り押さえた。
問題はその後だ。
「何してるんだ!君は暴漢相手に何もできないだろ!?ケガでもしたらどうするんだよ!」
毬江を絵の前から引き離したのは、木佐だった。
男同士であるから表立って明らかにしていないが、雪名の恋人である。
その木佐は毬江の行動に怒っていた。
木佐の剣幕に驚きながらも、毬江が「でも」と言い募ろうとする。
すると木佐はかわいらしい顔を怒らせて、さらに怒っていた。
「ごめん、なさい。でも、絵を壊されたくなくて」
「こんなに図書隊員がいる場所で、何もできない君が出しゃばっても邪魔なだけだ!」
「そんな。」
「それに君がケガでもしたら、雪名が余計な責任を感じるだろ!」
木佐の怒りは無慈悲だけれど、真実だった。
絵を守りたい、検閲と戦いたいという毬江の思いは尊いものだ。
だがそれが間違った方向に暴走すれば、人を傷つける凶器に変わる。
「毬江ちゃんも木佐さんの言葉に納得してたんだろ。」
「うん。そうなんだけど、ね。」
すぐに木佐は「言い過ぎた。ごめん」と毬江に謝罪し、毬江も「こちらこそ」と詫びた。
そしてその後は何事もなく、初日は無事に終わった。
だが小牧としてはやはりショックだったのだろう。
恋人が自分以外の男に怒鳴られたのも、間違いを指摘したのが自分ではなかったことも。
ひとしきりため息をついた後、小牧は帰って行った。
その後ろ姿を見送りながら、堂上も人知れずため息をついた。
恋する男は大変である。
相手が検閲と戦う勇敢な娘なら、なおさらだ。
堂上はウンザリした声で、そう言った。
だが相手は「悪いな」と答える声さえ、ため息まじりだった。
雪名皇の作品展の初日は、何とか無事に終わった。
雑誌「自由」の新刊が出た日と重なり、武蔵野第一図書館はとにかく人が多かった。
実際に絵を破壊しようとした不審者もいたりして、なかなかハードだった。
病院を抜け出し、初日を見に行った堂上も警備に加わりたくてウズウズしたほどだ。
そして堂上は病院に戻った。
郁は送っていくと言い張ったが、断腸の思いでことわった。
今日は会えたのだし、郁だって初日の警護で疲れているだろう。
それに松葉杖で人の多い図書館に出向いたことで、堂上も予想以上に疲れた。
それでも雪名の絵はどれも素晴らしかったし、行った甲斐はあった。
病室で人の目を気にせず郁に触れないのは残念だが、今日はよく眠れそうだ。
そんなことを考えていた矢先、面会時間スレスレに飛び込んできたのは小牧だった。
「班長に確認してほしいものがあって」
小牧はそう言って、書類の束を差し出した。
だがそれらは急を要するものではなく、後日見舞いに来る郁に託してくれても問題ないものだ。
そんな書類をわざわざ持参した理由は1つしかない。
小牧は堂上と直接会って、愚痴をこぼしたかったのである。
その証拠に、小牧は堂上が書類を見ている間に何度もため息をついている。
堂上だって「お前、いいかげんにしろよ」と文句を言いつつ、その理由がわからないほど鈍感ではない。
雪名の作品展でそれは起こった。
不審者が「絵を燃やせ!」と叫んで、絵に駆け寄ろうとした。
狙われたのはもちろん、当麻蔵人を描いた今回の目玉作品だ。
その瞬間、受付を手伝っていて一番近くにいた毬江が、絵の前に立ちはだかったのだ。
だがその手を引き、毬江を遠ざけた人物がいた。
もちろんそれで何がどうなったわけではなかった。
武蔵野第一図書館の防衛部が、利用者にケガを負わせる事態を見逃すはずなどない。
不審者は特殊部隊が出るまでもなく、防衛員たちが取り押さえた。
問題はその後だ。
「何してるんだ!君は暴漢相手に何もできないだろ!?ケガでもしたらどうするんだよ!」
毬江を絵の前から引き離したのは、木佐だった。
男同士であるから表立って明らかにしていないが、雪名の恋人である。
その木佐は毬江の行動に怒っていた。
木佐の剣幕に驚きながらも、毬江が「でも」と言い募ろうとする。
すると木佐はかわいらしい顔を怒らせて、さらに怒っていた。
「ごめん、なさい。でも、絵を壊されたくなくて」
「こんなに図書隊員がいる場所で、何もできない君が出しゃばっても邪魔なだけだ!」
「そんな。」
「それに君がケガでもしたら、雪名が余計な責任を感じるだろ!」
木佐の怒りは無慈悲だけれど、真実だった。
絵を守りたい、検閲と戦いたいという毬江の思いは尊いものだ。
だがそれが間違った方向に暴走すれば、人を傷つける凶器に変わる。
「毬江ちゃんも木佐さんの言葉に納得してたんだろ。」
「うん。そうなんだけど、ね。」
すぐに木佐は「言い過ぎた。ごめん」と毬江に謝罪し、毬江も「こちらこそ」と詫びた。
そしてその後は何事もなく、初日は無事に終わった。
だが小牧としてはやはりショックだったのだろう。
恋人が自分以外の男に怒鳴られたのも、間違いを指摘したのが自分ではなかったことも。
ひとしきりため息をついた後、小牧は帰って行った。
その後ろ姿を見送りながら、堂上も人知れずため息をついた。
恋する男は大変である。
相手が検閲と戦う勇敢な娘なら、なおさらだ。
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