第28話「前哨戦」
「美人って、寝顔も綺麗なんですね~!」
郁は爆睡する律を見ながら、感心する。
当麻が「確かに」と微笑しながら、律の寝顔を覗き込んだ。
作家の当麻蔵人は関東図書基地内に身を隠しながら、2つの仕事をしていた。
1つは作家としての執筆活動。
もう1つはメディア良化委員会を訴えた裁判だ。
裁判は難航していた。
当初の判決は執筆活動を制限するという全面敗訴。
控訴審では期限が付けられ、やや前進したとはいえ、事実上敗訴だ。
そして現在は最高裁。
敗訴の場合は、海外へ亡命という最後の手段まで用意して戦っている。
だが当麻の心は落ち着いていた。
本業の作家活動が、この上なく楽しいからだ。
毎日が充実している。
事実上軟禁状態なのに、退屈しないのだ。
なぜなら当麻が暮らす寮の一室には、来客が絶えないからだ。
一番頻繁に現れるのは、特殊部隊の堂上班だ。
特に笠原郁は毎日のように現れては、いろいろな話をしてくれる。
図書館であった他愛ない出来事などを、面白可笑しく話してくれるのだ。
郁のくるくると変わる表情も楽しいが、堂上班の誰かが一緒だとその掛け合いも面白い。
同じ作家でありながら、ジャンルが違う若者たちとの交流も楽しい。
当麻の絵を描きたいと数日に1度のペースで現れる美大生の雪名皇。
そして検閲を覚悟で描き続ける漫画家、伊集院響と吉川千春。
当麻とは全然違うスタイルで作品を生み出す彼らのパワーはすさまじい。
いつか彼らと一緒に、何かの作品を作り上げたいと思う。
そして漫画家たちの様子を見に来る丸川書店の編集者たちも魅力的だ。
郁曰く、丸川書店の採用基準に絶対顔が入っているとのこと。
だが「まさか」と笑い飛ばせないのは、本当に美形揃いだからだ。
しかも全員、漫画以外の書籍にも精通している。
だから当麻の部屋にやって来ては、文学談議に花を咲かせたりする。
圧巻なのはやはり小野寺律で、どんな本の話でもついてくるし、きちんと見識を語るのだ。
執筆の資料などの相談をすると、図書館で的確に本を揃えてくれる。
本来、律に頼むべきではないのはわかっているが、ついつい頼ってしまっていた。
だがそんな律が、今は当麻の部屋で爆睡中だ。
当麻の裁判と並行するように、彼らは現在ハードスケジュールをこなしている。
雑誌「自由」は第5号まで発刊され、現在は過去のバックナンバーも増刷して、販売している。
しかも全国各地の大型書店に置き、小さな書店では取り寄せも可能だ。
そんなことができるのは、もちろん理由がある。
良化隊にすべて検閲された第3号がネットで出回ったことで、世論の反感が集まっている。
当局は否定しているが、良化隊の横流しが疑わせる事態。
だから今、メディア良化委員会は雑誌「自由」に手を出しにくい状態になっていた。
そして丸川書店はこれをチャンスと、一気に第5号までを大々的に売り出したのだ。
通常の雑誌「エメラルド」と「ジャプン」を作りながらであるから、目が回るほどの忙しさだ。
案の定というべきか、律は当麻と話し込みながら眠り込んでしまったのである。
「当麻先生、美味しいお菓子が手に入ったので、よかったら」
そんなことを言いながら部屋に入ってきた郁が「うわ!」と声を上げた。
簡素で質素で庶民的な寮の一室、床の上にゴロリと仰向けになって爆睡する美貌の社長令息。
微笑ましくもミスマッチな光景だった。
「疲れているんでしょう。大活躍されているようですし」
当麻蔵人は律を起こさないように、声を潜めて郁を迎え入れてくれる。
だが郁は普段通りの大きな地声で「美人って、寝顔も綺麗なんですね~!」と感心していた。
「確かに」
当麻は律の寝顔を覗き込みながら、微笑した。
小野寺出版社長の息子として子供の頃から知っている律は、今やいっぱしの編集者だ。
頼もしく成長したものだと思う。
当麻に唯一後悔があるとすれば、物書きとしてこんな検閲のある世の中を郁や律の世代に受け継いでしまったことだ。
「何としても勝ちたいですね。裁判。」
知らないうちに当麻の口からそんな言葉が出た。
郁はやはり大きな声で「はい!」と答えたが、律は爆睡したまま目を覚ますことはなかった。
郁は爆睡する律を見ながら、感心する。
当麻が「確かに」と微笑しながら、律の寝顔を覗き込んだ。
作家の当麻蔵人は関東図書基地内に身を隠しながら、2つの仕事をしていた。
1つは作家としての執筆活動。
もう1つはメディア良化委員会を訴えた裁判だ。
裁判は難航していた。
当初の判決は執筆活動を制限するという全面敗訴。
控訴審では期限が付けられ、やや前進したとはいえ、事実上敗訴だ。
そして現在は最高裁。
敗訴の場合は、海外へ亡命という最後の手段まで用意して戦っている。
だが当麻の心は落ち着いていた。
本業の作家活動が、この上なく楽しいからだ。
毎日が充実している。
事実上軟禁状態なのに、退屈しないのだ。
なぜなら当麻が暮らす寮の一室には、来客が絶えないからだ。
一番頻繁に現れるのは、特殊部隊の堂上班だ。
特に笠原郁は毎日のように現れては、いろいろな話をしてくれる。
図書館であった他愛ない出来事などを、面白可笑しく話してくれるのだ。
郁のくるくると変わる表情も楽しいが、堂上班の誰かが一緒だとその掛け合いも面白い。
同じ作家でありながら、ジャンルが違う若者たちとの交流も楽しい。
当麻の絵を描きたいと数日に1度のペースで現れる美大生の雪名皇。
そして検閲を覚悟で描き続ける漫画家、伊集院響と吉川千春。
当麻とは全然違うスタイルで作品を生み出す彼らのパワーはすさまじい。
いつか彼らと一緒に、何かの作品を作り上げたいと思う。
そして漫画家たちの様子を見に来る丸川書店の編集者たちも魅力的だ。
郁曰く、丸川書店の採用基準に絶対顔が入っているとのこと。
だが「まさか」と笑い飛ばせないのは、本当に美形揃いだからだ。
しかも全員、漫画以外の書籍にも精通している。
だから当麻の部屋にやって来ては、文学談議に花を咲かせたりする。
圧巻なのはやはり小野寺律で、どんな本の話でもついてくるし、きちんと見識を語るのだ。
執筆の資料などの相談をすると、図書館で的確に本を揃えてくれる。
本来、律に頼むべきではないのはわかっているが、ついつい頼ってしまっていた。
だがそんな律が、今は当麻の部屋で爆睡中だ。
当麻の裁判と並行するように、彼らは現在ハードスケジュールをこなしている。
雑誌「自由」は第5号まで発刊され、現在は過去のバックナンバーも増刷して、販売している。
しかも全国各地の大型書店に置き、小さな書店では取り寄せも可能だ。
そんなことができるのは、もちろん理由がある。
良化隊にすべて検閲された第3号がネットで出回ったことで、世論の反感が集まっている。
当局は否定しているが、良化隊の横流しが疑わせる事態。
だから今、メディア良化委員会は雑誌「自由」に手を出しにくい状態になっていた。
そして丸川書店はこれをチャンスと、一気に第5号までを大々的に売り出したのだ。
通常の雑誌「エメラルド」と「ジャプン」を作りながらであるから、目が回るほどの忙しさだ。
案の定というべきか、律は当麻と話し込みながら眠り込んでしまったのである。
「当麻先生、美味しいお菓子が手に入ったので、よかったら」
そんなことを言いながら部屋に入ってきた郁が「うわ!」と声を上げた。
簡素で質素で庶民的な寮の一室、床の上にゴロリと仰向けになって爆睡する美貌の社長令息。
微笑ましくもミスマッチな光景だった。
「疲れているんでしょう。大活躍されているようですし」
当麻蔵人は律を起こさないように、声を潜めて郁を迎え入れてくれる。
だが郁は普段通りの大きな地声で「美人って、寝顔も綺麗なんですね~!」と感心していた。
「確かに」
当麻は律の寝顔を覗き込みながら、微笑した。
小野寺出版社長の息子として子供の頃から知っている律は、今やいっぱしの編集者だ。
頼もしく成長したものだと思う。
当麻に唯一後悔があるとすれば、物書きとしてこんな検閲のある世の中を郁や律の世代に受け継いでしまったことだ。
「何としても勝ちたいですね。裁判。」
知らないうちに当麻の口からそんな言葉が出た。
郁はやはり大きな声で「はい!」と答えたが、律は爆睡したまま目を覚ますことはなかった。
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