第27話「修羅場」

「それって、拒否できるんですか?」
郁は冷やかに聞き返した。
目上の相手に失礼な物言いだと、よくわかっている。
だがどうしても言わずにはいられなかった。

日和が誘拐された事件は、発生から約半日で解決した。
主犯は元良化隊員で、今は良化法賛同団体の構成員だった。
たまたま日和が図書館に来ていて、友人との会話で雑誌「自由」の編集長の娘と知った。
だから尾行して、人気のないところで誘拐し、雑誌の廃刊と当麻蔵人の身柄を要求した。

警備会社の社員は、共犯者だ。
監禁場所として、高級住宅街にある空き家の情報を漏らした。
そしてその中に入れるように、セキュリティの解除方法まで教えた。
主犯の男は学生時代の友人で、全てが終わった後に謝礼を貰う約束だったそうだ。

「お粗末って言うか、間抜けっていうか。」
それが事件の全容を知った郁の感想だった。
高級住宅街の中の空き家を使うという発想は、まぁまぁ悪くないのかもしれない。
だがいずれ監禁場所が判明すれば、間違いなく警備会社が疑われるだろう。
それ以前に写真を見ただけで場所を特定できる者が丸川出版にいたことは、もう不運としか言いようがない。

それでも何とか解決した。
しかも郁と律が乗り込んで、結果的には2人で犯人を取り押さえたのだ。
そこから先は大変だった。
郁も律も警察に呼ばれ、事情を聞かれた。
名前も知らない警察官は意味なく高飛車で「図書隊員がでしゃばるな」と言われた。
だが知ったこっちゃない。
検閲がらみで警察が及び腰なのは、よく知っている。
そんなヤツらにまかせて日和の解放が遅れるくらいなら、この程度の嫌味は何でもない。

そんなある日のこと、郁は隊長室に呼ばれた。
部屋にいたのは玄田と緒形と堂上、そして折口だ。
折口がここにいる時点で、何の用か察しが付く。

今回の一件は、単なる誘拐事件として報道されていた。
日和が雑誌「自由」の編集長の娘であることも、犯人が良化法賛同団体のメンバーであることも伏せられている。
被害者のプライバシーを考慮などというもっともらしい言い訳で。
今は当麻蔵人の事件にからんで、パス報道の真っ最中だ。
メディア良化委員会としては、この件を加えられたくないのだろう。

だがそこで黙っている折口ではない。
何とかこの事件をパス報道の目玉にしたいのだろう。
幸いなことに、映像はある。
郁と律が乗り込んだときに外で待機していた図書隊は、犯人逮捕や連行される映像を押さえている。
それに斬りつけられて、ケガをさせられた律の映像もあった。

「郁ちゃん、今回の件で話を聞きたいんだけど。できれば律君と一緒に。」
折口は予想通り、そんなことを言い出した。
だが郁は冷やかに「それって、拒否できるんですか?」と聞き返した。
目上の相手に失礼な物言いだと、よくわかっている。
だがどうしても言わずにはいられなかった。

「笠原。お前。」
細かいことを聞く前に拒否の姿勢を見せる郁に、堂上が咎める。
だが郁は「申し訳ありません」とあやまりながらも、引かなかった。
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