第2話「笠原作戦」
「俺、別に笠原さんだけを特別扱いしたつもり、ないんだけどな。」
律は女性業務部員たちにそう告げた後、郁には「何か巻き込んだみたいでゴメンね」と苦笑した。
さほど深く考えずに行動したのだが、まさかこんな騒ぎになるとは思わなかったのだ。
小野寺律にとって、本は人生の中でなくてはならないものだ。
そもそも父が営む会社、小野寺出版の社長は代々世襲。
つまり本好きなのは、遺伝なのかもしれない。
だがメディア良化法があり、検閲があるこの時代は、本好きにとって悲しいものだ。
何しろ検閲対象の本は、ほぼ手に入らない。
どんなに読みたくても、読めないのだ。
律同様、本好きの父はよく「何でこんな時代になったんだ」と嘆いている。
そんな律にとって、全国最大の蔵書量を誇る武蔵野第一図書館が自宅の近所にあるのは、幸運以外の何物でもない。
物心つく頃から、律は暇さえあればここに来た。
学校にだって図書室はあったが、検閲対象の本はまず置いていない。
小学校でも、中学高校でも、図書室はすぐに制覇してしまった。
それに引き換え、ここ武蔵野第一図書館は何年通ってもまだまだ読んでいない本がたくさんある。
律はここの本を全部読むのを、秘かにライフワークとしていた。
そんな律にとって、図書館員は少々注意を要する存在だった。
子供の頃は何も考えなくてよかったのだ。
本の知識が豊富な図書館員は、律にいろいろなことを教えてくれる。
図書館員によって、得意なジャンルも違うのだ。
いろいろな人と話すことによって、律の本に関する知識はどんどん増えていった。
問題が発生したのは、小学校の高学年に差し掛かった頃だ。
この頃にはもう律の知識は平均並みの図書館員のそれを超えていたのだ。
新人の図書館員が浅いレファレンスをしているのを耳にして、苛立った。
間違った案内をしている図書館員を見かけると我慢できず、訂正したこともある。
一端の図書館員が、小学生にミスを指摘されるのはショックなことだ。
辞めてしまった者もいるし、逆ギレした者もいる。
逆ギレした者は、降格または減俸の上、異動になったらしい。
出版界の有力者である小野寺出版の社長令息に対する無礼を働くと、そうなる。
中学に上がる頃には、下手に正義感で動くと余計な波風が立つのだと学んだ。
だが思春期に差し掛かると、また問題が起きた。
元々整った顔立ちの律は、成長するにしたがって、秀麗な美少年になった。
ちょうどこの頃、恋をしていた律は、誰もが立ち止まり目を瞠るほど美しく成長した。
すると若い女性の利用者や図書館員たちが、恋愛対象に見るようになったのだ。
例えば大卒の新人隊員が22歳で、律は15歳なら、7歳の年齢差。
今は気になる年齢差だって10年も経てば、さほど問題ない。
それなら何も知らない子供のうちに誘惑して、玉の輿を狙おうという者が現れたのだ。
だが律はそんな女たちには目もくれなかった。
図書館は決してたくさんの本に囲まれて過ごせる楽しいだけの場所ではない。
色々な人間が野心や下心を秘めて闊歩する、危険な場所でもある。
ただ本が好きなだけだった少年は、青年になる頃にはそれを悟っていた。
だからこそ本だけを愛し、図書館員たちとは距離を置きながら過ごしていた。
そして20代半ば、おそらく人生の中で最も美しい時期。
律は笠原郁という図書館員と出逢った。
律は女性業務部員たちにそう告げた後、郁には「何か巻き込んだみたいでゴメンね」と苦笑した。
さほど深く考えずに行動したのだが、まさかこんな騒ぎになるとは思わなかったのだ。
小野寺律にとって、本は人生の中でなくてはならないものだ。
そもそも父が営む会社、小野寺出版の社長は代々世襲。
つまり本好きなのは、遺伝なのかもしれない。
だがメディア良化法があり、検閲があるこの時代は、本好きにとって悲しいものだ。
何しろ検閲対象の本は、ほぼ手に入らない。
どんなに読みたくても、読めないのだ。
律同様、本好きの父はよく「何でこんな時代になったんだ」と嘆いている。
そんな律にとって、全国最大の蔵書量を誇る武蔵野第一図書館が自宅の近所にあるのは、幸運以外の何物でもない。
物心つく頃から、律は暇さえあればここに来た。
学校にだって図書室はあったが、検閲対象の本はまず置いていない。
小学校でも、中学高校でも、図書室はすぐに制覇してしまった。
それに引き換え、ここ武蔵野第一図書館は何年通ってもまだまだ読んでいない本がたくさんある。
律はここの本を全部読むのを、秘かにライフワークとしていた。
そんな律にとって、図書館員は少々注意を要する存在だった。
子供の頃は何も考えなくてよかったのだ。
本の知識が豊富な図書館員は、律にいろいろなことを教えてくれる。
図書館員によって、得意なジャンルも違うのだ。
いろいろな人と話すことによって、律の本に関する知識はどんどん増えていった。
問題が発生したのは、小学校の高学年に差し掛かった頃だ。
この頃にはもう律の知識は平均並みの図書館員のそれを超えていたのだ。
新人の図書館員が浅いレファレンスをしているのを耳にして、苛立った。
間違った案内をしている図書館員を見かけると我慢できず、訂正したこともある。
一端の図書館員が、小学生にミスを指摘されるのはショックなことだ。
辞めてしまった者もいるし、逆ギレした者もいる。
逆ギレした者は、降格または減俸の上、異動になったらしい。
出版界の有力者である小野寺出版の社長令息に対する無礼を働くと、そうなる。
中学に上がる頃には、下手に正義感で動くと余計な波風が立つのだと学んだ。
だが思春期に差し掛かると、また問題が起きた。
元々整った顔立ちの律は、成長するにしたがって、秀麗な美少年になった。
ちょうどこの頃、恋をしていた律は、誰もが立ち止まり目を瞠るほど美しく成長した。
すると若い女性の利用者や図書館員たちが、恋愛対象に見るようになったのだ。
例えば大卒の新人隊員が22歳で、律は15歳なら、7歳の年齢差。
今は気になる年齢差だって10年も経てば、さほど問題ない。
それなら何も知らない子供のうちに誘惑して、玉の輿を狙おうという者が現れたのだ。
だが律はそんな女たちには目もくれなかった。
図書館は決してたくさんの本に囲まれて過ごせる楽しいだけの場所ではない。
色々な人間が野心や下心を秘めて闊歩する、危険な場所でもある。
ただ本が好きなだけだった少年は、青年になる頃にはそれを悟っていた。
だからこそ本だけを愛し、図書館員たちとは距離を置きながら過ごしていた。
そして20代半ば、おそらく人生の中で最も美しい時期。
律は笠原郁という図書館員と出逢った。
1/5ページ