第17話「フェロモン全開」

「うわ、はっやいなぁ。しかも走る姿がきれいだし。」
吉野は疾走する彼女を見て、素直な感想を述べた。
横に立つ律は「彼女もすごいけど、隣の彼もなかなかでしょ」と告げる。
隣の彼こと堂上は、郁の脚線美に見惚れる男たちを視線で威嚇していた。
それを見た吉野は思わず吹き出し「わかりやす過ぎる」とこれまた素直な感想を述べた。

少女漫画家、吉川千春こと吉野は、取材を重ねていた。
もちろん図書館を舞台にした新作のためだ。
モデルである郁本人へのインタビュー形式の聞き取りは、難なく終わった。
ただの利用者をよそおって通い詰め、図書館で郁が仕事をしている様子も何度か見学できた。
しかもそのうちの1回は、蔵書窃盗犯を確保する場面まで見られたのだ。
さすがに訓練の見学はできなかったが、図書隊が公開している訓練映像を見た。
それは防衛部の訓練風景であり、特殊部隊のものとは違うし、郁も映っていない。
だが雰囲気は掴めたと思う。
律が吉野を誘ったのは、そんな頃だった。

「彼女、犬と勝負するそうです。見に行きません?」
犬と、勝負?
聞いた時には大いに面食らったが、理由を聞いて笑った。
図書館敷地内でリードもつけずに大型犬を遊ばせる利用者と、賭けをしたとは。

「それって一般の利用者も見ていいんですか?」
「ええ。問題の利用者だって入れる場所なんですから。」
図書館通の律が請け合ったので、吉野も「見てみたいです」と答えた。
かくして2人は、武蔵野第一図書館のトラックにやって来た。
外向けに告知などしていないので、集まったギャラリーは図書隊関係者ばかりだ。
そんな中、律は堂々とトラックがよく見える場所に陣取った。

こういうところ、やっぱり御曹司なんだなぁ。
吉野は律の横に腰を下ろしながら、改めてそう思った。
先日、郁にインタビューする際の場所は、律の実家だった。
そしてそのあまりの豪邸っぷりに驚いた。
だがそれ以上に驚いたのは、律の立ち居振る舞いだった。
通いの家政婦がいたが、もちろん律より全然年上だ。
そんな人相手に平然と「お客様にお茶をお願い」などと命じていた。
昔からそういうことをしていて、慣れているのだろう。
生粋の庶民である吉野だったら、絶対にこんなに堂々とはできない。

「あ、始まりますよ。」
律の言葉に、吉野は慌てて我に返った。
そして堂上の合図で華麗にスタートを切った郁の疾走に、思わず目を奪われた。
まるでバネのように飛び出す瞬発力、そして美しいフォーム、圧倒するスピード。
郁はこの場にいる全員の視線を、釘付けにしていた。

「うわ、はっやいなぁ。しかも走る姿がきれいだし。」
「彼女もすごいけど、隣の彼もなかなかでしょ」
走り終わった郁の傍らの堂上も、確かになかなかの見ものだ。
吉野は「わかりやす過ぎる」と感想を述べた後、律に向き直ると「ありがとうございます」と頭を下げた。

「いい作品ができそうです。」
「それなら、よかったです。」
律も笑顔になり、堂上と郁に視線を向けている。
吉野はそんな律の横顔を見ながら、この人の物語もいつか描いてみたいなどと考えていた。
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