第10話「査問中」
ったく、ムカつく。
高野は女性図書館員に囲まれる律を、面白くない思いで見ていた。
武蔵野第一図書館では、律はちょっとした有名人である。
高野がそのことを知ったのは、律が丸川書店に入社して、しばらく経った頃だ。
東京在住の編集者は、ここに来ることが多い。
資料捜しなど仕事もあるが、基本、編集者は本好きだ。
検閲で書店に出回らないような本がたくさんあるここは、単に趣味の場所ではない。
生きていくのに、必要な場所なのだ。
そんな中でも律の図書館歴は、圧巻だ。
なんなら生後間もない頃、親に抱かれて来たのが最初だと言う。
つまり年齢イコール図書館に通った年数なのだ。
さらに出版社の社長令息という身分と、美貌。
女性の図書館員の多くが、目をハートマークにして律を見ている。
今日もそんな光景を見かけた。
別に待ち合わせていたわけではなく、休みの日、偶然来る場所が同じだっただけだ。
武蔵野第一ほど広い図書館なら、待ち合わせていなければまず会えない。
だが律には今日も視線が集まっており、高野はあっさりと発見することができたのだった。
だが遠目にもわかるほど、妙な雰囲気だった。
吹き抜けになっている2階の通路に律はおり、女性図書館員2人が何やら話しかけている。
1階にいた高野はそれを見上げながら、思わず舌打ちをしてしまう。
彼女たちの熱っぽい視線や必死に喋っている感じから、色恋沙汰のにおいを感じたからだ。
律は冷たい表情で聞いていたが、しばらくすると表情が怒りに変わった。
美人が怒ると、迫力があるって本当だな。
高野は自分も美貌の持ち主であることは棚に上げて、ぼんやりとそう思った。
律は彼女たちを押しのけるように、階段を下りてきた。
置き去りにされたうちの1人が律の後ろ姿に「どうしてあんな子ばかり贔屓するんですか!?」と叫ぶ。
だが律は振り返らずに、階段を下りてきた。
そして階段の下で待ち構えた高野と目が合うなり、ウンザリした表情になった。
「上司に対して、随分失礼だな」
「何でいるんですか」
「本を読みに来ただけだ。まさかここがお前だけの場所って思ってるわけじゃないよな。お坊ちゃん。」
「それ、やめて下さい。」
律はムキになって、高野に噛みついた。
そんな表情もかわいいなどと、高野は爛れたことを考える。
だがすぐに真顔になって「あの子って誰?」と聞いた。
意味がわからなかったらしい律が「はぁ?」とポカンとした顔になる。
高野はまたしても、その顔もかわいいと思った。
「さっきの連中が言ってた捨てゼリフ。『あんな子ばかり贔屓する』ってやつ。」
「ああ。ここの女性図書館員の中で1人、友だちになった子ががいるんですよ。」
「ああ!?」
「媚びるような真似はしない真っ直ぐな子で。個人的に応援してるんです。」
「お前、それってまさか」
「あ、違いますからね!あくまで友だちです!あの子にはちゃんと王子様がいるし!」
「わかった、わかった。」
必死に否定しているのは、高野に誤解されたくないから。
高野はそんなムシのいいことを考えて、ニンマリと笑った。
それに実は「あの子」にも、心当たりがある。
名前は知らないが、おそらく背の高いショートカットの若い女性図書館員だ。
一生懸命やっている感じが前面に出ていて、高野も好感を持っていた。
個人的に応援したくなる気持ちは、よくわかる。
「わかったから。浮気じゃないなら別に」
「浮気ってなんですか!」
高野と律は傍から見れば完全にじゃれ合いに見える言い争いをしながら、ごく自然に並んで歩き始めた。
美形なツーショットは図書館内の視線を集めたが、高野は気にせず、律に至っては気付きもしなかった。
高野は女性図書館員に囲まれる律を、面白くない思いで見ていた。
武蔵野第一図書館では、律はちょっとした有名人である。
高野がそのことを知ったのは、律が丸川書店に入社して、しばらく経った頃だ。
東京在住の編集者は、ここに来ることが多い。
資料捜しなど仕事もあるが、基本、編集者は本好きだ。
検閲で書店に出回らないような本がたくさんあるここは、単に趣味の場所ではない。
生きていくのに、必要な場所なのだ。
そんな中でも律の図書館歴は、圧巻だ。
なんなら生後間もない頃、親に抱かれて来たのが最初だと言う。
つまり年齢イコール図書館に通った年数なのだ。
さらに出版社の社長令息という身分と、美貌。
女性の図書館員の多くが、目をハートマークにして律を見ている。
今日もそんな光景を見かけた。
別に待ち合わせていたわけではなく、休みの日、偶然来る場所が同じだっただけだ。
武蔵野第一ほど広い図書館なら、待ち合わせていなければまず会えない。
だが律には今日も視線が集まっており、高野はあっさりと発見することができたのだった。
だが遠目にもわかるほど、妙な雰囲気だった。
吹き抜けになっている2階の通路に律はおり、女性図書館員2人が何やら話しかけている。
1階にいた高野はそれを見上げながら、思わず舌打ちをしてしまう。
彼女たちの熱っぽい視線や必死に喋っている感じから、色恋沙汰のにおいを感じたからだ。
律は冷たい表情で聞いていたが、しばらくすると表情が怒りに変わった。
美人が怒ると、迫力があるって本当だな。
高野は自分も美貌の持ち主であることは棚に上げて、ぼんやりとそう思った。
律は彼女たちを押しのけるように、階段を下りてきた。
置き去りにされたうちの1人が律の後ろ姿に「どうしてあんな子ばかり贔屓するんですか!?」と叫ぶ。
だが律は振り返らずに、階段を下りてきた。
そして階段の下で待ち構えた高野と目が合うなり、ウンザリした表情になった。
「上司に対して、随分失礼だな」
「何でいるんですか」
「本を読みに来ただけだ。まさかここがお前だけの場所って思ってるわけじゃないよな。お坊ちゃん。」
「それ、やめて下さい。」
律はムキになって、高野に噛みついた。
そんな表情もかわいいなどと、高野は爛れたことを考える。
だがすぐに真顔になって「あの子って誰?」と聞いた。
意味がわからなかったらしい律が「はぁ?」とポカンとした顔になる。
高野はまたしても、その顔もかわいいと思った。
「さっきの連中が言ってた捨てゼリフ。『あんな子ばかり贔屓する』ってやつ。」
「ああ。ここの女性図書館員の中で1人、友だちになった子ががいるんですよ。」
「ああ!?」
「媚びるような真似はしない真っ直ぐな子で。個人的に応援してるんです。」
「お前、それってまさか」
「あ、違いますからね!あくまで友だちです!あの子にはちゃんと王子様がいるし!」
「わかった、わかった。」
必死に否定しているのは、高野に誤解されたくないから。
高野はそんなムシのいいことを考えて、ニンマリと笑った。
それに実は「あの子」にも、心当たりがある。
名前は知らないが、おそらく背の高いショートカットの若い女性図書館員だ。
一生懸命やっている感じが前面に出ていて、高野も好感を持っていた。
個人的に応援したくなる気持ちは、よくわかる。
「わかったから。浮気じゃないなら別に」
「浮気ってなんですか!」
高野と律は傍から見れば完全にじゃれ合いに見える言い争いをしながら、ごく自然に並んで歩き始めた。
美形なツーショットは図書館内の視線を集めたが、高野は気にせず、律に至っては気付きもしなかった。
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