第39話「さすが美人」

「男の人にこんなことを言っていいのかどうかわかりませんが」
黒子は静かにそう前置きする。
そして一拍置いて「すごく綺麗です」と告げた。

今夜、とあるホテルで財界人が集うパーティがある。
丸川書店の代表取締役社長、井坂龍一郎が訪米した理由の1つは、このパーティへの出席だ。
井坂曰く「めんどくせーばかり」のパーティ。
それでもこういう場にコツコツと顔を出すことが、人脈作りにつながる。
ひいてはビジネスチャンスを招くこともあるのだ。

「よかったらお前も来るか?」
先日、滞在するホテルを訪問した時、井坂は気安い口調で、高野を誘った。
これは大いにありがたい申し出だった。
高野はまだ会社を立ち上げたばかり、どうにか軌道にのりつつはあるが、まだまだこれからだ。
ここで財界人の間に人脈が作れれば、今後の会社運営にも役に立つ。

「行きます。ぜひ」
高野がそう答えると、井坂はニヤリと笑って「基本はパートナー同伴だそうだ」と告げる。
そして意味あり気に、律を見た。
高野と律は顔を見合わせて、困惑した。
パートナー。
確かに高野と律の関係はその通りなのだが、そんな場所に同性の恋人を連れて行ってもいいものか。
すると井坂は「大丈夫だ」と笑って、請け合った。

「同性のパートナーを連れてくる出席者は多いから、気にする必要はない。俺もそうだしな。」
井坂はそう言って、秘書の朝比奈を見た。
朝比奈はいつもの冷静な顔のまま、高野と律に軽く頭を下げる。
そういうことなら。
高野と律は笑顔で「2人で行きます」と告げたのだった。

そしてパーティ当日。
高野と律の部屋には、黒子が来ていた。
律に呼ばれたのだ。
パーティに出席するために、高野も律も正装していた。
黒子は2人を会場であるホテルに送るために、車を運転することになっていた。

「男の人にこんなことを言っていいのかどうかわかりませんが」
黒子は静かにそう前置きする。
そして一拍置いて「すごく綺麗です」と告げた。

高野は黒、そして律は白いタキシード姿だった。
2人とも美人であるから、恐ろしいほど絵になっている。
黒子は真剣に「律さん、銃を持って行った方がいいかもしれません」と告げた。
これなら仮に同性愛を嫌悪している男でも、簡単に堕とせそうだ。
そして律の色香に惑わされた男が、不埒なことをするかもしれない。

「大丈夫、格闘術は身についてるし」
律もまた何とも物騒な言葉で答える。
高野は「なるべく俺から離れるな」と現実的な解決策を示唆した。
そんな風に肩を寄せ合って喋っている様子さえ、何だか近寄りがたいほどのオーラが出ているようだ。
黒子はそんな2人を見ながら「さすが美人」と小さくため息をついた。

「それじゃ車を表に回しますから。」
黒子はそう言って、先に部屋を出た。
火神と黒子の関係がマスコミに漏れたように、高野と律の関係も表に出ようとしている。
だけどこの2人だって、きっと大丈夫に決まっている。
黒子は少しだけ頬を緩ませながら、マンションの駐車場へと向かった。
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