第31話「行くぞ、バカガミ!」

「ったく、急げ、バカガミ!!」
青峰はガラの悪い声を張り上げながら、走っている。
遅れて走る火神は「うるさい、お前がバカガミ言うな!」と叫び返した。

2人は急いでいた。
今日は黒子と律の本の出版記念パーティだった。
しかも2人とも、女装するのだという。
だがそんな日に限って、試合なんて面倒なものがあったりする。
いや、プロ選手なのだから試合優先は当然なのだが、何でよりによって今日だ。
しかも火神のチームと青峰のチームが対戦するという、偶然。
まったく鬱陶しいことだ。

そして試合が終わるや否や、2人は飛んできたのだった。
文字通り飛行機に乗り、空港からはタクシー。
そしてタクシーからパーティ会場までのわずかな距離は猛ダッシュだ。
何しろ、時間はギリギリだった。
おそらくパーティに参加できるのは、ラストの15分程度だ。
だから2人は着替える時間も惜しんで、スーツ姿での移動だ。

「かわいいよな、テツの女装。それに律さんも美人だし」
「自分の嫁のこと、忘れてねーか?」
「嫁に今さら萌えねーよ。だけどテツには萌える。律さんも楽しみ。」
「お前、巨乳好きじゃなかったか?」

走りながらも、2人は下世話なことを叫び続ける。
火神にとっては、青峰の好みはまったく不可解だ。
なぜ本物の女、しかも世間一般では美人で巨乳と評される妻がいるのに。
わざわざ女装した男に「萌える」のか。

ちなみに火神はわかりやすく、黒子一筋である。
とにかく微妙に楽しみの観点はズレているが、目的はただ1つ。
パーティにまぎれこんで、かわいい黒子の美少女姿を拝みたいのだ。

だがこんなときに限って、2人の知名度が邪魔をする。
ようやくパーティ会場の前に辿り着いたときには、人垣に囲まれてしまった。
何せ、NBAプレーヤー、有名人なのだ。
やれサインだ、握手だと揉みくちゃにされて、なかなか会場に入れない。

「ったく、終わっちまうだろうが!」
未だに英語が得意でない青峰は、日本語で叫びながら人波をかき分ける。
火神は「急いでいる」と英語で叫ぶが、あまり効果がない。
結局実力行使で、何とか少しずつ、会場内へと攻め入ることになる。

あと少しで会場に入れるところまで来た時、パンと乾いた音が鳴り響いた。
火神と青峰は顔を見合わせる。
アメリカで暮らせば、日本よりも格段に聞く機会が多い音。銃声だ。
しかも続けて、パンパンと2発、今度は先程より重い音がした。
2人を囲んでいた人波は、その音に驚き、嘘のように離れていく。

「行くぞ、バカガミ!」
青峰が叫んで、会場に駆け込んだ。
火神は「だから、バカガミやめろ!」と叫び返すと、その後を追った。
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