第28話「かわいい、ですか?」

「どう?どう!?」
桃井は唖然とする男たちを見回して、ドヤ顔だ。
黒子はいつもと同じ、抑揚のない声で「かわいい、ですか?」と問いかけた。

黒子の本は、ここへ来てまた右肩上がりに売れていた。
桐嶋たちが手掛けたコミカライズ本が売れ、律が訳した英語版の本も着実に売り上げを伸ばしている。
そうなると全てが相乗効果をもたらすのだ。
アニメ化だの、映画化だのと盛り上がる。
そして英語版は単にアメリカだけではなく、日本でも売れ始めたのだ。
黒子の物語は元々わかりやすい言葉を選んで書かれており、律の英訳もそれを踏襲している。
だから日本では、英語学習に適しているという評価を得たのだ。
結果として、元々黒子が書いた、いわゆる原作もまた売れる。

ここまで売れると、今度は黒子本人への詮索がますます増えてくる。
顔写真もプロフィールも明かさない、謎の作家。
それはそれでミステリアス感がプラスされる。
それで作品の価値が増したような気になるから、不思議なものだ。

だがその素性を探ろうとする者も、増えている。
出版社への問い合わせは後を絶たず、また作品から作者のプロファイリングも盛んに行なわれている。
あの文体は女性だろう。
いや、そう見せているだけで、実は男の手によるものだ。
作風からして、若い作家であることは間違いない。などなど。

そしてここへ来て、火神の行動が仇となっていた。
何しろ「まこと・りん」の本を、友人が書いたとマスコミの前で発言していたからだ。
試合会場や所属チームの練習場、果ては自宅マンションで待ち伏せされた。
そして無遠慮にマイクを向けられ「まこと・りん」とは誰なのかと問われてしまうのだ。
誤魔化すことが苦手な火神は、毎回四苦八苦していた。

「何か手を打たないと、このままじゃ時間の問題だな」
冷静にこの状況を評したのは、高野だった。
何しろ黒子は、火神と同居している。
つまり一番近しい人物だからだ。
表向きは高校時代の友人に、ハウスキーパーを頼んでいるという名目だ。
だがこれを疑う者が出ても、不思議はない。
この同居人こそが「まこと・りん」ではないのかと。

「それなら、ミスリードしましょう。」
そう言い出したのは、当の黒子本人だった。
黒子は日本で出産をし、最近アメリカに戻ってきた青峰夫人さつき、通称桃井にあることを頼んだ。
桃井は「まかせておいて!」と力強く請け負ってくれたのだった。

黒子から桃井に依頼したのは「女装」だった。
完璧に別人に扮して、写真を撮る。
そして「著者近影」として、発表するのだ。
そうすれば多少たりとも、目くらましになると思う。

「そんなことをしなくても、別人の写真、載せりゃいいんじゃねーの?」
火神は首を傾げながら、そう言った。
だが黒子は「バレたら、いろいろやっかいですから」と答えた。
このコンプライアンスが叫ばれる時代、別人の写真ではニセモノだとバッシングされる可能性がある。
それに写真を提供してくれた別人だって、巻き込んでしまうかも知れない。
だが本人の女装なら、誰に迷惑をかけることもない。
バレたときの言い訳だって「ちょっとしたシャレ」で何とか切り抜けられるだろう。
かくして妻が戻ったことで、ようやく掃除が行き届いた青峰邸で、黒子の女装がお披露目になった。

「どう?どう!?」
桃井は唖然とする男たちを見回して、ドヤ顔だ。
黒子はいつもと同じ、抑揚のない声で「かわいい、ですか?」と問いかけた。

「本当に、黒子君?」
呆然とそう告げたのは、律だ。
火神も高野も青峰も、その仕上がりに呆然とする。
メイクとドレス風のワンピースで装った黒子は、完全に美少女になっていた。
ブラウンのウィッグやカラーコンタクトで、特徴ある髪色や瞳の色も見事に隠している。

「お前、何もここまでしなくても」
火神が呆然とした表情のまま、呻く。
すると黒子は冷静な表情のまま「ついでにやりたいことがあるので」と告げた。
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