第21話「なんであんたから聞かされるんだよ」

「君に信じてもらおうとは思わない。」
久し振りに対面した男は、きっぱりとそう言い切った。
黒子は迷いのないその冷徹さが、いっそ見事で清々しいと思った。

黒子は火神の父親と向かい合っていた。
場所は赤司邸の客間の一室。
本当はどこか外で会うつもりだったが、それは危険だと火神に言われた。
赤司もその意見に同意し、こうして屋敷の客間を提供してくれたのだ。

「お久し振りです。お呼び立てしてすみません。」
赤司邸に現れた火神の父親に、黒子は丁寧に頭を下げた。
本当は恋人の父親相手に、危険なんて言葉は使いたくない。
そのために明らかにしなければならないことがある。

客間のソファに、2人は向かい合って座った。
すると赤司邸の執事が2人の横に立ち、傍らのワゴンでティーポットの紅茶をカップに注ぐ。
そして2人の前にカップを置くと、頭を下げて部屋を出た。
流れるような一連の動作は、まさに熟練の技だ。
わざわざ他の使用人ではなく、使用人の長である執事が接客することに、赤司の心使いを感じる。
それだけ黒子と火神のことを、心配してくれているのだろう。

「あの誘拐事件について、お聞きしたいんです。」
黒子は前置きは抜きにして、ずばりと本題を切り出した。
火神の父親の会社の関係者による黒子の誘拐事件、そして未だに逮捕されない犯人。
全てがうやむやにされたままだ。
そして火神の父親は、黒子に黙っていてくれれば火神との仲を認めるようなことを仄めかした。

「あの事件をもみ消そうとしたのは」
「自分の保身のためだと、思っているか?」
火神の父親は、黒子の言葉を遮るようにそう言った。
黒子は「それを直接、お聞きしたいんです」と答える。
よくわからない事件のせいで、火神まで父親と疎遠になっている。
このままモヤモヤと終わるのだけは、嫌だった。

「その前に聞きたい。赤司財閥の屋敷で会うのは、自分の後ろ盾を誇示するためか?」
「まさか。友人の家をお借りしているだけです。」
黒子はきっぱりとそう答える。
そして「ボクの質問にも、答えて下さい」と告げた。

2人の視線がバチッと噛み合った。
そしてしばらく沈黙が漂う。
穏やかな静けさではなく、張りつめるような緊張感だ。
だが先に視線を外したのは、火神の父親だった。
そしてそれを誤魔化すように、紅茶のカップを手に取った。
しばらく喉を潤した後、おもむろに口を開いた。

「大我のためだと言ったら、信じるか?」
「・・・火神君の?」
「事件が明らかになり、君の存在が世間に知れたら。同性の恋人がいると知れたら」
「スキャンダルになりますか?」
「わからない。だがならない保証はない。」

確かにNBAの注目選手の火神の同居人の誘拐は、ニュースになるかもしれない。
詳細が発表されたら、火神と黒子の関係を怪しむような話になるかもしれない。
だがそれは本当に彼の本心だろうか?
黒子は火神の父親の表情を、じっと観察した。
そこには迷いや動揺などはまったく見られない。

「つまり息子を愛しているからということですか?」
「君に信じてもらおうとは思わない。」
久し振りに対面した男は、きっぱりとそう言い切った。
黒子は迷いのないその冷徹さが、いっそ見事で清々しいと思った。

「やっぱり私は大我と君の関係を祝福できない。だが大我の父親であることはやめられない。」
「ボクも祝福してもらおうとは思いません。」
黒子もまた迷いのない口調で、そう言った。
そして火神の父親との距離の取り方を、ようやく理解する。

この先、わかりあうことができるかどうかはわからない。
だけどとりあえず敵ではないのだ。
黒子はそう思い、静かに紅茶のカップを口に運んだ。
甘いバニラシェイクが好みの黒子には、高級な紅茶は少し苦かった。
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