第2話「祝福できない」

「うわ、すごいんだ。」
律はパソコンを見ながら、思わず声を上げる。
画面の中では先程会ったばかりの青年が、静かに微笑んでいた。

マンション内のフィットネスジムで出会った、日本人の青年。
お互いに自己紹介をしたのだが、律は「黒子テツヤ」という彼の名を聞いたことがあるような気がした。
そこで自室に戻って、パソコンを立ち上げ、ネット検索を試みる。
すると黒子の思いもよらない経歴が、明らかになった。

「ウィンターカップ、優勝!?」
律は思わず小さく叫んでしまう。
実を言うと、バスケに関しては全然詳しくない。
ウィンターカップと言われても、高校のバスケの大会程度の認識しかなかった。
それでも優勝というのがすごいということはわかる。
何しろ全国のバスケをやってる高校生たちの頂点に立ったということなのだ。
並大抵のことでは、成しえないだろう。

律は検索にかかったニュース記事を1つ1つ読んだ。
黒子の母校は誠凛高校。
創部2年目にして、王者洛山高校を倒した奇跡の新星。
エースは火神大我という選手で、今はNBAでプレイしているらしい。
この凄さも律には何となくしかわからない。
身体能力もポテンシャルも欧米人には劣る日本人。
ことにバスケはそういうのがモロに影響しそうなスポーツだ。
その中で日本人が活躍するのは、大変だろうなと漠然と思うだけだ。

黒子テツヤに関しても、いろいろと記事があった。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)、パス回しに特化した見えない選手などなど。
どうやら選手としては、かなり変わったプレイスタイルの選手だったことがうかがえる。
それでも注目度は高く、有名選手だったのだろう。

「それにしても黒子君、変わらないんだなぁ」
律は画面の中の黒子に、思わずそう声をかけてしまう。
高校1年のウィンターカップ優勝直後、誠凛のユニフォームに優勝のメダルを首にかけた黒子。
その見た目は嘘のように、先程会った姿と変わらない。
律も童顔だとよく人に言われるが、黒子には全然かなわない気がする。

だが黒子のバスケ以外の経歴は、何もわからなかった。
高校時代の黒子の話はこれでもかというくらい出てくる。
それなのに、卒業後の話は1つもない。
どうやらプロのバスケ選手になったわけではないらしい。

「どこで聞いたんだろう?」
律はパソコンの画面を閉じながら、ため息をついた。
はっきり言ってバスケにはほとんど興味がない。
だから高校時代の黒子の活躍を耳にしたという可能性はほぼない。
ではなぜ黒子の名をどこかで聞いたような気がするのだろう。
かなり珍しい名前だから、同名の別人とも考えにくい。

まぁおいおい思い出せばいい。
同じマンションだし、また会う機会もあるだろう。
律はパソコンの電源を落とすと、ゆっくりと立ち上がった。
もうすぐ帰って来る恋人のために、食事の支度をする。
料理の腕前を上げるのが、現在の律の目標の1つなのだ。
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