第二話 「衝突」

01

 配信画面に、藍良が現れる。
『みんなァお待たせ! 今日もおしゃべりしようねェ!』
 いつもは画面の中央で話す藍良が、今回は少し横にずれている。藍良が促して、その空いたスペースに一彩が現れた。カメラの位置を目線で探しながら画角に座り、やや遅れてこちらと目が合う。ライブチャットではファンの皆が『一彩くんだ!』『ヒロくーん!』と盛り上がっている。
 藍良がふたつグラスを用意してお茶を注ぎ、乾杯をする。
『今日はヒロくんと二人でお送りしまーす』
『ウム、みんな呼んでくれてありがとう!』
 以前から、ファンの間でゲストに一彩を呼んで欲しいという声があった。藍良がそれに応える形で叶ったこの日の配信。企画は、ALKALOIDの近況報告を兼ねたおしゃべりと、藍良がいつも行っているコーデ企画。
 レッスン中の出来事や、ALKALOIDの四人で食事をした話をしながらお茶とお菓子を食べる。一彩と藍良の二人を揃って応援しているファンも多いので、ライブはいつも以上に盛り上がっている。
 藍良の話をニコニコ聴いている一彩に『ゲストなんだからヒロくんがおしゃべりしてよォ!』と藍良がつつくシーンがあり、ライブチャットが勢いよく流れていく。
 後半のコーデ企画では、藍良がペアで組んだコーディネートを一彩と二人で披露した。特にカーキのジャケットをお揃いにしたペアコーデが好評だった。
『配信のために二人で買い物に行ってきたんだよォ』
 藍良が一彩のジャケットの袖を摘まむ。一彩がそれを笑顔で受けて頷いた。
『藍良は服を選ぶのが上手だからね。僕もいつも選んでもらっているよ』
『他にも色々あったけど、ヒロくんにはこれが似合うと思って選んだんだよねェ』
 藍良の笑顔や仕草が普段よりも大袈裟で明るく、とても可愛らしい。見ていると自然に口角が上がった。

「藍良も、似合ってるよ」
 画面の中で並んでポーズをとる二人を眺めながら、一彩は呟いた。シーツに沈んだ体が重いのに、心だけがふわふわと浮かんでいるような頼りない感覚があった。
 楽しそうな藍良を見ていると、心が甘く高鳴る。同時に、その隣にいる自分――画面に映る“天城一彩”が、やけに他人のように思える。
 あの時、もっと自然に返せていたら。そう思いながら、また反省がぐるぐると巡ってしまう。
 スマホを持つ腕がじんわり重くなってきて、一彩は寝返りを打った。画面では藍良が『スクショタイム終了! ハッシュタグをつけて感想を投稿してねェ』と手を振っていた。
 この時用意したコーディネートは二種類。次は藍良お得意の「ライブ参戦コーデ」としてTシャツとボディバッグを組み合わせたコーデを披露した。着替えている間、カメラの前にはパーテーションとぬいぐるみが現れる。この時は、一彩と藍良のぬいぐるみが仲良く並んでいた。
 一彩は配信を止めて、SNSを開いた。藍良がハッシュタグをつけて感想を投稿してほしいと呼びかけていたのを思い出したからだ。
 藍良はいつも、こうしてファンに投稿を促し、自分でも『エゴサ』をして感想を確かめている。一彩もそれを真似して、藍良の配信専用ハッシュタグを確認してみた。すると、早速今回の配信への感想が投稿されていた。
『藍良くんが楽しそうで癒された』
『一彩くんずっとニコニコしてたね』
 ハッシュタグ付きの投稿はもちろん肯定的なものが多い。藍良の「一彩をゲストに呼ぶ」作戦は大成功したと言っていい。
 配信のあと二人で食事をしている時も、藍良はエゴサをしながら「順調順調~」と満足げに笑っていた。
 そして一彩はおもむろに閲覧用のアカウントで『一彩 藍良 配信』で検索をかけてみる。これは藍良に教えてもらった、複数のキーワードを同時に投稿しているものを見つけるためのやり方。めったにやらないから慣れていないのだけど、今回は何故か自然に実践していた。
 ヒットした投稿を眺めながら、時折息が詰まるのを感じた。
『昨日の配信、藍良くんばっか喋ってたよね。ゲストなんだから一彩くんにもっと喋ってほしかった~』
『藍良って明らかに再生数のために一彩を利用してるよな』
 じわじわと黒い感情が心を塗りつぶしていく。それがシーツに黒いインク溜まりをつくるようで、考えてはいけないと分かるのに、一彩はそれらの投稿から目が離せなくなった。
 この配信は藍良のものなのに。企画は藍良がすべて考えていて、自分は参加させてもらっただけなのに。
 ゲストという立場で藍良の配信を盛り上げないといけなかったのは一彩にとっても同じだ。藍良ばかり批判されるのはおかしい。別に自分はどう思われてもいい。あの配信は藍良の場所だ。自分が参加することで藍良の場所を乱してしまうのなら、それは本意ではない。
 悔しい気持ちが、いくつもの反論になって浮かんでしまう。ゲストに一彩を呼んで欲しいと言ってくれたファンに、藍良は応えただけ。それに、配信をするなら再生数を増やしたいと思うのは普通のことではないのか。
 ふと、投稿のひとつに返信がついているのを見つけて、一彩はそれを開いてみた。
『藍良くん、一彩くんに『ヒロくんもしゃべって』って言ってましたよ。一彩くんが藍良くんに対してあんな感じなのはいつもじゃないですか?』
 思わずくすりと笑ってしまい、同時に安心した。藍良が楽しそうだからつい、その様子がかわいらしくて眺めてしまっていたのだけれど、それがファンにもバレているようだ。
『ゲスト回が再生伸びるのは普通じゃん?』
『藍良くんが企画とかゲストの頻度とか大事に考えてくれてるの、分かるけどなあ』
 そう、普通のことなんだ。藍良はあくまで自分の配信のこと、ファンのことを第一に考えている。それは、側にいる自分が一番よく分かっている。
 配信中、藍良は一彩と話しながらもずっとファンのチャットから目を離さなかったのだから。
 そう考えるとじわりと心が揺れたけれど、これはアイドルとしての当たり前の仕事。一彩は自分にそう言い聞かせながら、ファンの言葉を大事に心にしまった。


 ガチャガチャとドアノブの音が聞こえ、ひなたの「ただいまぁ」という声が聞こえてきた。居室のドアが開いて、部屋の空気が一気に動き出す。
「珍しー、一彩くんがゴロゴロしてるー」
 ひなたがそう言って笑いながら自分のスペースに鞄を置いて、帽子と上着を脱いでベッドにダイブする。
「おかえりひなたくん。今日は午前だけオフだから、ゆっくりしようと思って、つい」
 言いながら、一彩は腕をついて起き上がった。枕でつぶれた髪を手櫛で整える。自分のくせ毛はそれくらいではビクともしないので、諦めて代わりに枕の形を整えた。
「午後からアレでしょ、現場の顔合わせ」
「うん。よく分かったね」
「鉄くんに聞いた~」
 そう言いながら、ひなたが一彩のそばにやってくる。
「何か観てたの?」
 ひなたがベッドから落ちそうになっているスマホを拾って、手渡してくれる。それを受け取った一彩は、藍良の配信ページを開いてひなたに見せた。サムネイルには、藍良と一彩が顔を寄せ合って笑っている写真が使われていた。かわいらしい文字で『ゲストはヒロくん! お揃いコーデします♪』と書いてある。
「藍良の配信だよ。ゲストに呼んでもらったから、アーカイブを確認してたんだ」
「いいね、俺も後で観てみる!」
 さっきまで画面の向こうに飛んでいた意識が、ひなたの声によって戻ってくる。ひなたの声が、部屋の空気と一彩の気持ちを明るくしてくれた。
「ひなたくんは朝のラジオだったよね」
「そー、生放送だからねえ。眠いしお腹すいたよ」
 ひなたが立ち上がり、ヘアピンを留め直しながらキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、ひなたが掴んだ卵のパックがかちゃかちゃと音を立てた。

 ラジオといえば、『風早巽の懺悔室』が今度、公開収録をするらしい。一彩はスマホを再び起動し、番組名で検索をかける。
 公式ホームページには『ゲスト発表はお楽しみに!』とあり、チケット販売ページへのリンクはまだつながっていなかった。
 ファンの間では、自分の兄・天城燐音の出演を願う声が多いことを、一彩は少し誇らしく思っている。
「一彩くん、寝癖なおしてきなよ。朝ごはん作ってあげるからさ」
 冷蔵庫を閉める音、フライパンが置かれ、コンロに火が点く音。それらの音が、静かだった部屋の空気を、柔らかく解していく。
「ありがとう」
 卵とベーコンが焼ける匂いを感じながら、一彩は洗面所へ向かった。鏡に映った自分の寝ぐせを見て、思わず「ふふ」と笑ってしまった。まだ少し体は重いけれど、顔を水で洗い、寝癖を直すためにお湯で濡らしたタオルで頭を包んだら全身の力が抜けた。
 キッチンからはバターの美味しそうな匂いが漂ってくる。一彩は自分のお腹がきゅうと鳴るのを感じた。
 今日という一日が、やっと始まる。



つづく
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