第一話 「挑戦」
04
会議が終わり、ALKALOIDの四人は誰からともなく空中庭園へと向かっていた。最近はそれぞれのソロの仕事が忙しく、レッスン以外で揃って顔を合わせることがなかったので、離れ難い空気を感じていた。
外は暗く、星が見え始める時間帯だった。夜風が涼しく、足元のタイルには日中の熱がまだわずかに残っている。
花壇の間を抜けるように敷かれた小道には、柔らかな照明が等間隔に灯っていた。
四人はカフェテーブルに自然と集まり、それぞれ席に腰を下ろした。
「ヒロくんはさァ、なんでおれを推薦しようとしたの」
藍良が水を均すように、沈黙を破った。テーブルの縁を指でなぞりながら、目線は自分と一彩の手元を行き来している。
「それは、藍良がALKALOIDの代表にふさわしいと思ったからだよ」
一彩は取り繕わず、思ったことを正直に言った。藍良はアイドルとしての実力も申し分なく、何よりアイドルを愛している。真っ先に立候補するやる気を見ても、藍良が選ばれるべきだと考えたのだ。
「ふゥん、それは嬉しいけどォ、ヒロくんはいいの? 自分も選ばれたいって思わないのォ?」
慎重に言葉を選んでいるのか、藍良はゆっくりと問うた。一彩は少しだけ目を伏せ、間を置いてから答える。
「僕が選ばれるなら、確かに光栄なことだ。嬉しいと思う。……ウム、言われてみれば、僕は真っ先に藍良がやりたいのならと考えてしまった」
藍良の「その仕事をやりたい」という気持ちが分かるから、それを押しのけてまで自分がという発想にならなかったのだ。
藍良が細く長く息を吐く。納得のいかないやるせなさ、小さな苛立ちを落ち着けているようだった。
「ヒロくん、おれはね……みんなと一緒に頑張りたいの。ひとりしか選ばれないなら、競い合って選ばれたい。誰かに譲られるなんてイヤ」
藍良が、手元に視線を落としている一彩の顔を、横から覗き込む。
「おれは譲られないと代表になれないってこと?」
「そ、そんなことは言ってないよ」
思わず身を乗り出して否定する。藍良がはっと目を見開いて、目を伏せながら姿勢を戻した。
「……わかってる。ごめんね、意地悪言っちゃった」
気まずい沈黙のあと、藍良が椅子から立ち上がる。
「何か食べるもの買ってくる。お腹空いたでしょ、みんな」
藍良の気持ちを感じ取ったのか、マヨイが慌てて後に続く。
「わ、私も行きますぅ!」
二人の足音が遠ざかっていく中、一彩と巽がテラスに残された。
「藍良さんは、ご自分のプライドをハッキリと主張できるようになりましたね」
巽の優しい声が、夜の静けさに溶ける。張りつめていた空気を和ませてくれるその声に、一彩は肩の力を抜いた。
「……驚いた。そんなつもりは無かったけれど、僕の発言は藍良を子ども扱いしているように聞こえてしまったよね」
自分の言葉が、時には意図しない受け取られ方をしてしまうことを、一彩は実感を伴って理解した。
「一彩さんも、そうやって自分の発言や態度を省みることができるようになりましたな。偉い偉い」
そう言って、巽が一彩の頭を軽く撫でる。
「な、撫でないで欲しいよ。僕だっていつまでも、先輩たちに甘えているわけにはいかないからね」
一彩が反射的に首をすくめる。自分が実際にされると分かるのにと、一彩は自分自身に呆れてしまう。一彩が藍良にしようとしたことは、自立しようとする子どもから成長の機会を奪うようなことだったのだ。
「ふふ、失礼しました。しかし、俺も一彩さんや藍良さんが経験を積めるのならと、一歩引こうと思っていましたが」
巽が花壇の花を眺め、目を細める。そこには、競い合うように伸びる草花が星灯りに輝いていた。
「藍良さんにああ言われてしまっては、俺も本気で取り組みたくなってきましたな」
一彩も巽にならって、同じ方向を眺める。
巽は、一彩に言い含めるように続けた。
「藍良さんは、一彩さんを認めているんですよ。だからこそ競り合い、追いつき、追い抜きたいと思っている。一彩さんには常に前を走って、皆をリードして欲しいと思っている」
「そう、なのかな」
「ええ。藍良さんはとくに、一彩さんが振り返って足を止めるのを嫌がるでしょう。仲間の足を引っ張っていると感じ、自分を許せないと思ってしまうんです」
一彩は会議室で見た藍良の表情を思い出す。怒りと悲しみ、期待と失望の入り混じった瞳。改めて、藍良が一彩に対して抱いている「アイドル・天城一彩像」を裏切ったのだと実感した。
「一彩さんは、どうしたいと思いましたか?」
一彩の考えがまとまるのを待ってくれていたのか、巽がしばらくの沈黙のあとに問う。一彩は言葉を選びながら深く息を吸い、約束するように吐き出した。
「……挑戦、したい。藍良と競いたいと思ったよ」
巽は一彩の言葉を聞き届けると、何も言わずに頷いた。
風に木々が揺れる音の向こうで、藍良とマヨイの声が聞こえてきた。
目が合うと、藍良が買い物袋を持ち上げて笑う。
「ただいまァ。ヒロくんはオムライス弁当にしといたよォ」
「ありがとう、藍良!」
先ほどの気まずい空気を拭うためだろう、藍良が明るく言って丁寧にお弁当を手渡してくれた。一彩と藍良はオムライス弁当、巽とマヨイはハンバーグ弁当のようだ。
店の電子レンジで温めてくれたのか、お弁当の底の熱がじわりと両手に伝わる。
いただきます、と四人で両手を合わせる。その姿勢のまま、藍良が隣の一彩に言った。
「ヒロくん。おれはやっぱり、実力で選ばれて代表になりたい」
合わせた手を見つめる藍良の視線は、真剣だった。まるで祈りのように、一言一言を大切に紡ぐ。
「本気のヒロくんに、勝ちたいの」
藍良の言葉は確かに一彩の心に火を灯す。藍良はいつも、アイドルとしてのあるべき姿を教えてくれる。
一彩は誓うように、自分の合わせた手の指先を見つめて言う。
「……受けて立つよ、藍良」
二人の間に、静かな風が通り抜けた。
藍良が顔を上げて、一彩と目が合う。互いに何も言わずに、ただ少しだけ笑った。
それだけで、もう充分だった。
二人のその様子を見て、巽が安心したように笑う。
「お二人の成長に必要ならば、俺達が試練になりましょう」
巽の声は静かだったが、その奥には確かな熱がこもっていた。胸に手をあてて「ね、マヨイさん」と目配せをする。マヨイが肩を飛び上がらせながらこくこくと頷いた。
「え、は、はいぃ!! 私も頑張ってみたいと思います」
マヨイが手を胸の前でぎゅっと握る。藍良が嬉しそうにはしゃいだ。
「そうこなくっちゃァ!」
「ふふ、先輩たちは手ごわいだろうね」
一彩が笑うと、四人の間を笑い声がやさしく満たしていく。
夜風がまた、花壇の花をそっと揺らした。
第一話 挑戦
おわり
会議が終わり、ALKALOIDの四人は誰からともなく空中庭園へと向かっていた。最近はそれぞれのソロの仕事が忙しく、レッスン以外で揃って顔を合わせることがなかったので、離れ難い空気を感じていた。
外は暗く、星が見え始める時間帯だった。夜風が涼しく、足元のタイルには日中の熱がまだわずかに残っている。
花壇の間を抜けるように敷かれた小道には、柔らかな照明が等間隔に灯っていた。
四人はカフェテーブルに自然と集まり、それぞれ席に腰を下ろした。
「ヒロくんはさァ、なんでおれを推薦しようとしたの」
藍良が水を均すように、沈黙を破った。テーブルの縁を指でなぞりながら、目線は自分と一彩の手元を行き来している。
「それは、藍良がALKALOIDの代表にふさわしいと思ったからだよ」
一彩は取り繕わず、思ったことを正直に言った。藍良はアイドルとしての実力も申し分なく、何よりアイドルを愛している。真っ先に立候補するやる気を見ても、藍良が選ばれるべきだと考えたのだ。
「ふゥん、それは嬉しいけどォ、ヒロくんはいいの? 自分も選ばれたいって思わないのォ?」
慎重に言葉を選んでいるのか、藍良はゆっくりと問うた。一彩は少しだけ目を伏せ、間を置いてから答える。
「僕が選ばれるなら、確かに光栄なことだ。嬉しいと思う。……ウム、言われてみれば、僕は真っ先に藍良がやりたいのならと考えてしまった」
藍良の「その仕事をやりたい」という気持ちが分かるから、それを押しのけてまで自分がという発想にならなかったのだ。
藍良が細く長く息を吐く。納得のいかないやるせなさ、小さな苛立ちを落ち着けているようだった。
「ヒロくん、おれはね……みんなと一緒に頑張りたいの。ひとりしか選ばれないなら、競い合って選ばれたい。誰かに譲られるなんてイヤ」
藍良が、手元に視線を落としている一彩の顔を、横から覗き込む。
「おれは譲られないと代表になれないってこと?」
「そ、そんなことは言ってないよ」
思わず身を乗り出して否定する。藍良がはっと目を見開いて、目を伏せながら姿勢を戻した。
「……わかってる。ごめんね、意地悪言っちゃった」
気まずい沈黙のあと、藍良が椅子から立ち上がる。
「何か食べるもの買ってくる。お腹空いたでしょ、みんな」
藍良の気持ちを感じ取ったのか、マヨイが慌てて後に続く。
「わ、私も行きますぅ!」
二人の足音が遠ざかっていく中、一彩と巽がテラスに残された。
「藍良さんは、ご自分のプライドをハッキリと主張できるようになりましたね」
巽の優しい声が、夜の静けさに溶ける。張りつめていた空気を和ませてくれるその声に、一彩は肩の力を抜いた。
「……驚いた。そんなつもりは無かったけれど、僕の発言は藍良を子ども扱いしているように聞こえてしまったよね」
自分の言葉が、時には意図しない受け取られ方をしてしまうことを、一彩は実感を伴って理解した。
「一彩さんも、そうやって自分の発言や態度を省みることができるようになりましたな。偉い偉い」
そう言って、巽が一彩の頭を軽く撫でる。
「な、撫でないで欲しいよ。僕だっていつまでも、先輩たちに甘えているわけにはいかないからね」
一彩が反射的に首をすくめる。自分が実際にされると分かるのにと、一彩は自分自身に呆れてしまう。一彩が藍良にしようとしたことは、自立しようとする子どもから成長の機会を奪うようなことだったのだ。
「ふふ、失礼しました。しかし、俺も一彩さんや藍良さんが経験を積めるのならと、一歩引こうと思っていましたが」
巽が花壇の花を眺め、目を細める。そこには、競い合うように伸びる草花が星灯りに輝いていた。
「藍良さんにああ言われてしまっては、俺も本気で取り組みたくなってきましたな」
一彩も巽にならって、同じ方向を眺める。
巽は、一彩に言い含めるように続けた。
「藍良さんは、一彩さんを認めているんですよ。だからこそ競り合い、追いつき、追い抜きたいと思っている。一彩さんには常に前を走って、皆をリードして欲しいと思っている」
「そう、なのかな」
「ええ。藍良さんはとくに、一彩さんが振り返って足を止めるのを嫌がるでしょう。仲間の足を引っ張っていると感じ、自分を許せないと思ってしまうんです」
一彩は会議室で見た藍良の表情を思い出す。怒りと悲しみ、期待と失望の入り混じった瞳。改めて、藍良が一彩に対して抱いている「アイドル・天城一彩像」を裏切ったのだと実感した。
「一彩さんは、どうしたいと思いましたか?」
一彩の考えがまとまるのを待ってくれていたのか、巽がしばらくの沈黙のあとに問う。一彩は言葉を選びながら深く息を吸い、約束するように吐き出した。
「……挑戦、したい。藍良と競いたいと思ったよ」
巽は一彩の言葉を聞き届けると、何も言わずに頷いた。
風に木々が揺れる音の向こうで、藍良とマヨイの声が聞こえてきた。
目が合うと、藍良が買い物袋を持ち上げて笑う。
「ただいまァ。ヒロくんはオムライス弁当にしといたよォ」
「ありがとう、藍良!」
先ほどの気まずい空気を拭うためだろう、藍良が明るく言って丁寧にお弁当を手渡してくれた。一彩と藍良はオムライス弁当、巽とマヨイはハンバーグ弁当のようだ。
店の電子レンジで温めてくれたのか、お弁当の底の熱がじわりと両手に伝わる。
いただきます、と四人で両手を合わせる。その姿勢のまま、藍良が隣の一彩に言った。
「ヒロくん。おれはやっぱり、実力で選ばれて代表になりたい」
合わせた手を見つめる藍良の視線は、真剣だった。まるで祈りのように、一言一言を大切に紡ぐ。
「本気のヒロくんに、勝ちたいの」
藍良の言葉は確かに一彩の心に火を灯す。藍良はいつも、アイドルとしてのあるべき姿を教えてくれる。
一彩は誓うように、自分の合わせた手の指先を見つめて言う。
「……受けて立つよ、藍良」
二人の間に、静かな風が通り抜けた。
藍良が顔を上げて、一彩と目が合う。互いに何も言わずに、ただ少しだけ笑った。
それだけで、もう充分だった。
二人のその様子を見て、巽が安心したように笑う。
「お二人の成長に必要ならば、俺達が試練になりましょう」
巽の声は静かだったが、その奥には確かな熱がこもっていた。胸に手をあてて「ね、マヨイさん」と目配せをする。マヨイが肩を飛び上がらせながらこくこくと頷いた。
「え、は、はいぃ!! 私も頑張ってみたいと思います」
マヨイが手を胸の前でぎゅっと握る。藍良が嬉しそうにはしゃいだ。
「そうこなくっちゃァ!」
「ふふ、先輩たちは手ごわいだろうね」
一彩が笑うと、四人の間を笑い声がやさしく満たしていく。
夜風がまた、花壇の花をそっと揺らした。
第一話 挑戦
おわり