第一話 「挑戦」

03

「急に呼び出してすまなかったね。君たちのスケジュールと僕の空き時間がちょうど合いそうだったから」
 英智は、挨拶もそこそこに本題へと話を進めた。
 季節の花が活けられた会議室には、空調の静かな音と英智のよく通る声だけが響く。ALKALOIDの四人は、手元に配られた資料を真剣に見つめ、英智の説明を聞いていた。
 最初に伝えられたのは、大型ライブイベントの開催についてだった。
 それはESだけでなく、外部のプロダクションからもユニットが参加するという大規模な企画。
 ALKALOIDも、その出演ユニットとして名が挙がっているということだった。
「このライブイベントは外部の、つまり他プロダクションのアイドル達にも参加してもらう重要なイベントだ。ESにとっても、他にはない規模と意義を持つ初の取り組みになるよ」
 その言葉に、室内の空気がわずかに動いた。「外部」という言葉の響きが彼らの日常とは異なる遠い世界を思わせる。ALKALOIDの四人が小さく姿勢を正した。
「当然、招待側のESが半端なパフォーマンスを披露するわけにはいかない。内容を協議していたら時間がかかってしまってね。君たちへの告知が遅れてしまったことは申し訳ないと思っているよ」
 謝罪の言葉が重苦しさを帯びないのは、彼がその場を掌握しているからだろう。
 配られた資料の紙が、誰ともなくめくられ、再び会議室に小さな紙擦れの音が広がった。そして、藍良が最初に反応した。
「三か月後ォ!?」
 開催日を見て、藍良が椅子の背から浮かせた体をぐいと乗り出した。 
「今、各ユニットに参加の意思があるかどうか、事務所ごとに確認している最中でね。ALKALOIDの皆はどうするかな?」
「参加する! するよねヒロくん!」
 藍良が一彩の方へ前のめりになり、目を輝かせている。一彩は藍良の勢いに押されて頷き、巽とマヨイも藍良の期待のこもった目線に笑顔で頷いた。
「では、ALKALOIDは参加するということでいいね」
 英智が言うと、プロデューサーが手持ちのタブレットに何かを打ち込んだ。そこまでの流れを呆然と眺め、一彩は自分がALKALOIDのリーダーだから最初に聞かれたのだと、やっと気づいた。
「では話を次に進めるよ。ドリームライブフェスでは、ES側が事務所ごとに選抜ユニットを結成することになった」
「選抜ユニット?」
 一彩が聞き返すと、英智が頷く。
 ESにある四つの事務所の所属アイドルをそれぞれ選抜し、事務所代表ユニットを結成する。いわゆる期間限定のシャッフルユニットということだそうだ。
 事務所代表ユニットはイベント当日のオープニングアクトを披露する他、テレビ番組やネットメディアなどに告知のために出演する機会が多くあるということ。
 かなり多忙になるが、露出の機会が増えることはアイドルとしてはかなりのチャンスになる。
「その選抜ユニットとやらは、何を基準に選出するのですか?」
 巽が穏やかに、確認するように問う。
「いい質問だね、風早くん。選抜は原則事務所が行うけれど、推薦も可能だ。fineからは桃李を検討しているよ。僕は運営の方で手一杯だからね」
 アイドルとしての実績やこれからの期待値、ファンの声など、様々な要素を考慮して代表ユニットは選抜されるようだ。
 重要なのは本人の意志と、選抜されるに値する実績があること。それを聞いて、四人は目を合わせた。
「おれ、選抜ユニットに立候補したい! こんなチャンスなかなか無いよォ!」
 藍良が一番に名乗りを上げる。声が弾んでいた。
 同意を求めるように身を乗り出して、一彩と目を合わせる藍良。一彩は自然に頷いていた。目の前にいる藍良の気持ちに触れて、それを応援したいと純粋に思ったからだった。
「藍良が出たいなら、僕からも藍良をお願いするよ」
 当然のように口をついて出た言葉だったが、言った瞬間に藍良の動きが止まった。背筋を伸ばしたまま、わずかに目を開いたように見えた。
 笑っていたはずの口元が静かに閉じられていく。どうしてだろう、と一彩は思った。嬉しそうだったのに、また自分は何か間違えたことを言ってしまったのかと息を呑んだ。
 その空気を察してか、マヨイが遠慮がちに一彩の顔を覗き込む。
「い、いいんですかぁ? 一彩さん……私は構いませんけれど」
 マヨイの声にも、藍良は何も反応しない。ただずっと一彩を見ている。その様子を、巽が黙って見守っていた。
 少しの間不自然な無音の時間が流れ、次の瞬間に藍良がバンッと机を叩いた。
「だめ!」
 藍良が叫んで、その場にいる全員が彼を見た。が、藍良は一彩だけをまっすぐに見つめていた。手のひらをテーブルについたまま、体を乗り出すようにして。
「譲られて代表になるなんて絶対にイヤ! ヒロくんも立候補してよ!」
 まっすぐにぶつけられたその言葉に、一彩は少しだけ瞬きをした。怒っているというのはわかった。でも、どうして怒らせてしまったのか、すぐには答えが出なかった。
 藍良の気持ちを尊重したつもりだった。藍良が代表になりたいというのなら、応援したかったのだ。しかし、藍良は自分にも「立候補して」と言う。
「……分かった。僕も立候補する」
 一瞬の間に考えを巡らせて、やっとの思いで絞り出した台詞だった。それを聞いた藍良がほんの一瞬だけ、目を見開いた。驚いたような、まだ怒っているような、でもどこか悲しそうな目だった。
 すぐに顔を逸らしてしまって、それが何だったのかは分からなかった。
「それでは、ALKALOID全員で立候補しましょう。俺も久しぶりに年長者ぶりたくなりましたな」
 巽の言葉に、会議室の空気がほんの少しだけ和らぐ。
「で、では私も……。私なんかが選ばれるとは思いませんが、そのつもりで皆さんとレッスンしますぅ」
 マヨイが苦笑まじりに肩をすくめて、指先をもぞもぞと組みながらそう言った。
 全員の目が英智の方へと向いた。彼はその視線を受け止めるように軽やかに微笑んだ。
「ふふ、ALKALOIDらしい答えだね。ではそのように把握しておくよ」
 英智が頷くと、プロデューサーが静かにタブレットを操作する音が聞こえた。
 一彩はほっと肩の力を抜いて、藍良を見る。藍良はじっと一彩を見ていた。この表情は知っている。
 藍良は、怒っていた。



つづく
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