第八話「月下、孤独の盾を棄てて」

 たきつけた割にあっさりと引くカイムに、リリスティアは気が抜けたように握りしめていた手の力を抜いた。

「今の言葉、忘れるなよ」

「どういう……」

「気にするな。お前の意志は確認出来た」

「……何を」

「ふっ、それでいい。情など抱いたところで、貴様は王。いずれ正統な身分の男を番にするのだからな」

 カイムは満足げに鼻を鳴らし、リリスティアに近寄り髪を一房手に取った。前よりもまた長くなったその髪は段々と青よりも銀の色味が増している。

「それを、わざわざ言いに来たのか」

 震える声が、辿々しく言葉を紡ぐ。

「いや? それだけではない。お前が真に王としての責任を果たす気があるなら、いい知恵を貸してやろうと思ったのだ。それが本題だったんだが、いつの間にか話がそれていたな」

 意地悪そうに笑うカイム。きっとわざとそうしていたのだろう。楽しくて仕方が無いといったように目を細めている。

「何が紳士的な話……」

 小さく恨めしそうにリリスティアはぼやく。胸に刺さる針の痛みに耐えながら。

「リリスティア、王国軍との戦いに勝つ為に、こちらにまず必要なのは数だ」

 気を取り直したカイムが、先ほどの事などなかったような素振りで次の話題へと駒を進めた。
 頭の切り換えが早いのは良いことだが、リリスティアにとっては言われっぱなしであまり気分が良くなかった。だがカイムはフォローすることなく、話を続ける。

「俺たちが控えていたとはいえ、今回の奴らの撤退は『助かった』といったところだったな」

 そうだ、誰もがあの後そう言った。 異常なまでの神鉄の魔導師の強さに加え、やけに統制のとれた指揮系統は、ヴァイス軍に痛恨のダメージを与えた。にも関わらず、やるだけやった後にそそくさと軍を撤退させた王国軍。
 まるで、報復戦争とは名前ばかり。それよりも何か他に目的があったかのようだった。

「リリスティア、ユアの一族を仲間にするがいい」

 急にカイムの切り出した言葉に、リリスティアが首を傾げる。

「知らんのか」

 馬鹿にしたように言われ、リリスティアはムッと眉を寄せた。

「知らない」

「ユア・ラムダ王国……有翼の民の国だ」

 リリスティアは頭の中の辞書から必死にその単語を探してみたが、どうにも思い当たらず無表情のまままた首を傾げる。

「……聞いた事がない」

「だろうな。エルフ同様、世間では未知の民に分類されているからな」

「なのに何故お前は知っているの」

「千年竜だからな」

 そういうカイムの顔が、僅かに曇ったのをリリスティアの翡翠の瞳が捉えていた。


  * * *


「ユア・ラムダ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのはベリーだった。椅子から腰を浮かし、細長いテーブルを挟んで右斜め前に座ったレオンに、その大きな目をこれでもかと開いて見せていた。
 会議室には、ヒルを上座に、続いてレオン、ライザー、レイム、ベリーが、会議をする為に据えられた細長い机に着席していた。
 だが、ヒルの横にある王が座るための席は、空いたままで。

「あれっ? ベリーちゃん知ってるんデスか」

「知ってるもなにも、ユア・ラムダはどの王国も重要視してる一族だもん!」

「はっ、知識だけは一人前か」

 ベリーの向かい側に座ったライザーが意地悪く言い放つ。
 瞬間、ベリーが小さく指を立てると、彼の顔めがけて水の塊が勢いよく飛んできた。

「っ冷て! 何すんだこの阿呆!!」

 洗髪した直後のように濡らされたライザーは当然牙を剥く。

「キンパツいちいちうるさい」

「しょうもないことで魔導術使ってんじゃねえよ!!」

「ま、まあまあ、二人とも。喧嘩はやめるッスよ。ライザー卿も大人げ無いッスよ」

 ベリーの横に座っているレイムが、立ち上がった二人を笑顔でなだめるも、それは益々ライザーの怒髪天を突いただけだった。

「ああ!? てめぇどっちの味方だレイム!」

「俺は可愛い子の味方ッス!」

 即答するレイムの可愛い発言を聞き、ベリーは勝ち誇った顔を見せた。
 会議の最中だというのに、三人がああだこうだと騒ぎだしても、ヒルは怒った様子も無く見ている。むしろ、満面の笑みを浮かべている。が、それがどういった意味の笑顔なのか知っているレオンだけは、手元にある本で口を押さえたまま無言で冷や汗を流していた。

「話を進めたいんだが?」

 ぴたり。音楽が止められたかのように会議室の中が静まりかえった。
 先ほどまで威勢の良かったベリーとライザーとレイムだが、言葉の主にゆっくり視線をやると、三人同時に青菜に塩をふりかけたかのように大人しくなった。
 ヒルはテーブルに頬杖をつきながらやっといつもの笑みを取り戻した。

「良かった、じゃあレオン。続けてくれるか?」

「ハイハイ」

 レオンは軽く咳払いすると、持っていた本…というよりは資料の束といったほうがしっくりくる物に目を通しながら、"ユアの一族"について語り始めた。

「彼らは一様にして背中に翼を持ち、空を飛ぶことが可能です。正当な王の一族は純白の羽根を持ち、また不思議な力を持ちマス」

 ユア・ラムダ。正式名称はユアリス・デュ・ラムダ・ロワイアム。
 その背に真白の翼を持ち、強い力を持ちながらもけして他を脅かすことは無く。世界でもエルフと並んで不可侵とされてきた種族だ。彼らの同族として一般的に"有翼人"とされる者達がいるが、その翼の美しさがまるで違うという。誰もがその美しさに心を奪われ、戦意を無くす。古代に栄えた強国の武王でさえ、彼らの姿を目にすると剣を降ろしたという。
 そんな種族を、仲間にしようというのだ。

「不思議な力ッスか?」

 レイムが首を傾げる。

「ハイ。彼らが持つのは『魅了(エピカリス)』と言われる術デス」

「人の心を操れるのかよ」

 ライザーが興味深げに尋ねる。

「詳細はなんとも。ユアは超排他的で、これはエルフや世闇の比じゃないデス」

「昴は仲間になってんじゃねえか……。しかしそんな奴らを仲間にしようなんて、カイムの馬鹿殿も何考えてんだ」

「ライザー君、一応でも竜の王様に向かって馬鹿はやめなさい馬鹿は」

「簡単じゃないよ~? あの国は鎖国してからかなり長いし……」

 ベリーが心配そうに眉を下げるのを見て、ヒルが穏やかに声をかける。

「確かにな。だが、それはリリスティア次第といったところだ」

「リリスティアの~?」

 ヒルは黙って頷く。そんな二人の話に割って入るかのように、レイムが元気よく手を挙げた。元気なのはいいが、先ほどより包帯が増えているのは気のせいなのだろうか。

「リリスティア次第っつったなヒル」

 ふと、ライザーが口を開いた。

「ああ」

「まさかリリスティアを直接あそこに行かせる気なんじゃねえだろうな」

「そうだが?」

 至って冷静に答えるヒルに、ライザーは声を荒げた。

「阿呆か! リリスティアは王だぞ! しかもこんな状況で他国に行かせたら何が起こるかくらいわかんだろ!」

「ライザー君、落ち着いて」

 いきり立つライザーをレオンが困ったようになだめるが、彼はそれを袖にしない。
 確かに、長年悪魔として認知されてきたこの国には外交というものが全くといっていいほど無い。竜族との繋がりを除けば、ほとんど陸の孤島状態の国だ。これではいずれ、数でやられる。
 孤立した国の末路はどんなものか、少し考えれば分かることだった。
 だから、強力な味方がほしい。
 その相手として、カイムがヒルに提案したのはユア・ラムダなのだ。

「だいたい王と総指揮官である二人がいっぺんに国を空けるなんてふざけてんのか」

「その心配ならいりまセンよ」

「あ?」

 レオンがその丸く小さな眼鏡を中指で押し上げながら、含んだように笑った。不可解なその言動に、ライザーは頭の上に疑問符を浮かべる。

「俺はここに残る」

 穏やかで余裕のある表情ながらも、僅かに瞳を歪めながら、ヒルが答えた。

「はあっ?!」

 それを聞いてやけに驚嘆したのはベリーだった。

「何驚いてんデスか。当たり前デショ」

「そ、そうだけどさ」

 ちら、とヒルを伺いながら答えるベリーの言葉に、レオンは公私の線を引くように答える。

「護衛には他の者をつけマスよ」

「じゃあユア・ラムダには誰がついてくッスか?」

 レイムが興味津々の瞳でレオンに問う。

「レイム君行きたそうデスね~」

「行きたいッスー!」

「はいはい、ですがもうメンバーは決めてマス」

「ね、ね、誰がリリスティアについてくの?」

 レイム同じく興味津々のベリーが、爛々と目を輝かせる。

「ユア・ラムダとの交渉にピッタリな選考をしましたよ。人選は――」


 * * *


「――シャジャと、ライザーとお前?」

 城の回廊を歩いていたリリスティアは、前を行くカイムに向かって驚きの声を上げた。

「ああ、出発は早い方がいい。早朝がいいな」

「ユア・ラムダに私が直接協力を願いにいくのは分かったけど、何故お前がついてくるの? ヒルは?」

「俺がいる方が交渉が有利になるからだ。となるとシャジャも必然的にメンバーに入る。あと、あの若僧は王家の血に連なる者。それに何かあった時に魔導術が使える奴は必要だからだ」

 正当な理由をすらすらと語るカイムに、 リリスティアは反論することはない。だが、ヒルと離れるということに知らず知らずのうちに不安が募る。
 思えば、あの時からずっと、ヒルは自分の側にいたのだ。それこそ、寝るときと風呂以外はほとんどといっていいほど、リリスティアは彼の目の届く範囲内でしか行動していなかった。

「頼れる竜がいなくて不満か?」

「ちょうどいい。私は甘えすぎているから」

 リリスティアは、全く感情無く言い放った。カイムよりも、自分に言い聞かせるように言う。ヒルを頼る弱い自分など、認めたくない。そう、最初に出会ったのが彼だから、彼に甘えがちになっているだけ。

「なるほど」

 だが、そう言いながらも顔をこわばらせるリリスティアを見て、カイムは口端をつり上げた。赤い髪を翻すと、リリスティアを気にせずさっさと歩いていく。
 リリスティアはそれに追いつこうとはせず、ぼんやりとしたまま足を進めた。

 リリスティアがカイムと別れた後、会議室に到着すると、もうそこにはベリーしか居なかった。ベリーによると、レオンはまた忙しそうにどこかへと消え、他の者やヒルも、すぐに退室したらしい。

「あたしもついていきたいけど……」

 ベリーが心底残念そうに眉を下げる。

「貴女の力は、もし私たちの留守中に何かあった時とても頼りになる。貴女まで連れていったらレオンに叱られる」

「いつ出発するの~?」

「さすがに明日は無い。カイムは明日がいいって言っていたけれど、準備もあるし」

 いつもと変わらない様子で淡々と話すリリスティアに、ベリーは何か言いたそうにその目をじっと見つめる。

「何?」

「絶対弱いとこ見せないよね」

 拗ねたような彼女の口振りに、リリスティアは首を傾げる。

「これは国の命運を決める任務だもの。私が行かなきゃ」

「かっこいいじゃん。そういうとこ好きだよ」

 その言葉によりリリスティアは、目の前にいるベリーがその外見に反してずっと年が上な女性なのだということを改めて実感させられた。彼女は、周りの人物をよく見ている。それも客観的に。しぐさや言動だけで相手が何を考えてるか見抜いてしまえるのは、長い年輪を重ねた者だからこそ出来る技だ。

「リリー、注意してね。白い羽根の子たちは、本当は選ばれたくなかった子たちだと思うから」

「……選ばれたくなかった?」

「ん」

 彼女はただ、物憂げに微笑んでその場を後にした。


 * * *


 それから、出発の日まで、ヒルはあまり私の側には居なかった。
 国の再建の準備が忙しいのか、顔を合わせたくないのかは分からない。私も、必要最低限のこと以外は喋らなかったし、彼も以前のような冗談は言わなくなった。
 何故かは、分からない。

 あの時、私を抱きしめた彼の腕は確かに熱くて、私は目眩がしていたのに。まるでなにも無かったかのように、ヒルは私を見なくなった。

 次に再会する時は、私はヒルと目を合わせて喋れるだろうか?
 ユア・ラムダの地は、遠い。

第八話・終
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