第八話「月下、孤独の盾を棄てて」
「俺、昔……っつてもかーなーり昔ッスけど。ここに捨てられてたんスよ」
無表情ながらリリスティアの顔色は僅かな変化を見せる。それを見越していたかのように、レイムは慌てて言葉を続けた。
「ああ、人間と同じに考えちゃ駄目ッスよ! 竜ってのは、弱肉強食の世界ッスから。生まれた時に体が弱かったりすると、ふつう~に捨てるんス。そのまま竜の世界にいても、殺されるだけッスからね」
リリスティアは到底理解が出来なかった。
だが確かに今の彼の姿は人型であって、本来の姿はあの中庭にいる彼らのように、牙の生えた恐ろしい竜の姿。
勘違いしてしまいがちだが、彼らは"竜"という未だ未知の部分が多い種族なのだ。
「ははっ、俺よっぽど弱かったんスよ」
レイムは情を誘うような喋り方はしていない。むしろ、笑い話のごとく明るく喋り続ける。別に悲しみを押し隠しているわけでもなく、過去の出来事をただ淡々とリリスティアに話している。
「けど俺が生きてることを知ったカイムさんが迎えに来て……ちょっとだけ、竜の谷に居たんス」
「じゃあカイムが来るまで、ここでどうやって生きていたの?」
「決まってるじゃないスか! ヒルさんが育ててくれたんスよ!」
「ヒルが?」
「子供の扱いには慣れてたみたいで、死にかけてた小さい俺を一生懸命看病してくれたそうッスよ」
「へえ……」
小さな竜を抱くヒルを想像すると、少しおかしくもあった。
「あー……そんで、何の話しだっけ。あっ、つまりッス。俺が迷い無く戦えるのは、ヒルさんやリリスティア陛下が好きだからッス!」
レイムは照れくさそうに頬を緩めた。
その横顔は、鍛えられた体に反して、まるで少年のように幼い。
「あ! 変な意味じゃないッスよ!」
「ふふ、わかってる」
「へへっ! それに、恩人であるヒルさんが何より大事にしてるリリスティア陛下の為なら、俺は何も迷うことなく突っ走れるッス!」
「……レイム」
「あ、今笑ったッスね。もっとそんな顔したほうが皆喜ぶッスよ?」
人差し指で鼻をはじかれ、リリスティアは目を丸くした。
自分のことを陛下と呼びながらこのような振る舞いをするレイムだったが、その笑顔を見ているとリリスティアは怒る気にもなれなかった。
まさかレイムとこんな話をするとは思わなかった。彼はその風貌の為、ふざけているように見えるが、言っていることは意外にもまともだ。いつもそうだ、とは言い切れないが。
「ずいぶんと仲が良いな」
その空気を一瞬にして破壊するかのように、彼が現れた。
「カイム」
彼が現れると、回廊から人気が無くなる。
嫌っているわけではないのだが、彼を恐れてのことだ。
視界の端で、兵士や女官達がそそくさと距離を取っていく。
「仲良いッスもん、ねーリリスティア陛下」
「そ、そうなの?」
そう言いながら、レイムにさりげなく肩に手を回されたが、リリスティアはなんとも無かった。レイムもまた、ただ友好的な意味でそうしているからに過ぎない。顔は、いつもの明るい笑顔で。
「ほう……レイム、お前もえらく身分違いな相手を好むようになったな」
「あのね~なんでもカイムさんの主観で見ないで欲しいッス」
「俺に文句を言う暇があったらさっさと病室とやらに戻れ。あの軍師が手に術用ナイフを持って歩き回ってる」
「なんっでそれを先に言ってくれないんスか!!」
それを聞いたレイムは一瞬にして青ざめ、リリスティアから手を離すと左右を見渡し、カイムの歩んできた方向へとバタバタと騒がしく走り去った。
「落ち着きの無い奴だ」
ほどけかかった包帯をたなびかせ走り去るレイムを目で見送りながら、カイムは溜息を吐いた。
そして、その反対側で自分の顔をやけにじろじろと見てくる者に気づくと、不敵な笑みを浮かべた。
「どうしたリリスティア。俺の顔に見惚れたか」
「違う。似てないなと思って見ていたの」
「レイムとか? ……ふん」
即答されカイムはつまらなそうにしていたが、その長い髪をかきあげると、レイム同じくリリスティアの横に位置を取った。ふわり、女物の香水の匂いが鼻をつく。カイムの体は、いつも違う匂いがしている。相手となる人物は、余程きつく香水をつけているのだろう。
「なに……」
「レイムには笑顔を見せたくせに、俺には見せないのか?」
「レイムは根は紳士だ。お前と違って」
眉を寄せるリリスティアを見て、カイムは益々増長する。
「なら、俺も紳士に話すとするか」
不意にリリスティアは片方の手首を掴む。
「言ってる側から……離せ!」
「少し確認したいことがある」
有無を言わさず、リリスティアはカイムに連れ去られた。抵抗を試みたが、竜の力は圧倒的で、手首に跡が残ってしまった。
連れてこられた場所は、どこか寒々しい回廊の先。
行き止まりになったその先に見える扉は、ほこりが被っている。
「ここなら話の邪魔が入るまい」
カイムはその扉に目をやる。
「話とは何?」
少し距離を置いた所からリリスティアがそう言うと、カイムはその瞳だけを彼女に向けた。
彼の瞳は同じ赤でもヒルとは違い、まるで薔薇のような真紅だった。
「この戦いについてだ」
戦いと聞いてリリスティアの顔が僅かに強ばる。カイムはそのまま話を続けた。
「お前は同盟調印式の時にこう言ったな。戦いを止めたい、自分達が悪魔でないことを知らしめたいと」
「ええ」
「戦いを、どう止めるつもりだ?」
途端に、カイムの言葉尻が強くなる。
「王国軍はまた着実に戦力を増強させている。次の進攻が来る日はそう遠くはないだろう。その時、どうする?」
「それは……」
即答できないリリスティアは、彼と合わせていた目をふいに横に逸らした。そんな彼女を追い立てるように、カイムが言葉を被せる。
「レオンやヒルに任せるか」
「なっ……」
「そんなことで、戦いが止められるのか? 戦争は子供のままごととは違う。今まさにそこで起きている現実だ。現に、先の戦いの影響は世界の至る所に出ている。良い意味でも、悪い意味でもな」
窓から流れてきた風が、カイムの赤く長い髪を揺らす。強い口調で語る彼は、まさに竜族の王たる威厳を兼ね備えていた。
「お前は責務を果たせるのか?」
容赦ないカイムの言葉がリリスティアに突き刺さる。彼も王として幾多の戦いをくぐり抜けてきたのだろう。話の内容から、それは容易に伺えた。
悔しい。
それは、カイムにそう言われたからではなく。カイムの言葉に、そうとしか返せない自分が。
彼の言う言葉は、すべて図星で。
これからまた戦いが始まっても、ヒルやレオンのように動ける自信がまだ無い。いくら勉強していても、それは紙の上での事。
リリスティアには力や技はあれど、"王"として必要不可欠な"統率力"が欠けている。今まで自分勝手に生きてきたのだから、当然といえばそれまでだ。だが、もうそんな甘えは許されない。
彼女は国の復興の責任をその両肩に乗せた"ヴァイスの女王"なのだ。
大いなる責任を乗せた両肩は、あまりにも頼りなかった。
「ヒルに甘えるなリリスティア」
いきなり彼の名が上がり、リリスティアは顔を上げる。
「なんだと?」
「ヒルは、お前を守るためにある。守り導き誘う。そう位置づけられている存在だ」
カイムの言い方はどこか曖昧だが、リリスティアにもなんとなく意味はとれた。
「ヒルが私にはあまり厳しくないのは知ってる」
彼は、優しい。
冗談を言いながらも、真綿で包むように彼は自分に接する。言葉も、行動も全てそう。
「だけど甘えるつもりはない」
「ほう? だが、俺にはどうも、お前は奴に対してよからぬ情を抱いているようにしか見えないのだがな」
「な……っ」
カッ、と瞬く間にリリスティアの頬が染まった。面と向かって指摘され、みるみるうちにリリスティアの心中に波が立つ。
「違うか?」
「違う!」
何を言い出すのか、この男は。ヒルとは、まだ会って日も浅い。
カイムが妖しく笑う。だがリリスティアはいきり立って否定をする。
「私とヒルは王と臣下だ!」
それは本心か、体裁か。だがどちらにせよ、リリスティアはヒルの事になると、妙に感情が高ぶる。拳を握りしめながら、自分の言った台詞に一人心を痛めていた。
「そうか、ならいい」
無表情ながらリリスティアの顔色は僅かな変化を見せる。それを見越していたかのように、レイムは慌てて言葉を続けた。
「ああ、人間と同じに考えちゃ駄目ッスよ! 竜ってのは、弱肉強食の世界ッスから。生まれた時に体が弱かったりすると、ふつう~に捨てるんス。そのまま竜の世界にいても、殺されるだけッスからね」
リリスティアは到底理解が出来なかった。
だが確かに今の彼の姿は人型であって、本来の姿はあの中庭にいる彼らのように、牙の生えた恐ろしい竜の姿。
勘違いしてしまいがちだが、彼らは"竜"という未だ未知の部分が多い種族なのだ。
「ははっ、俺よっぽど弱かったんスよ」
レイムは情を誘うような喋り方はしていない。むしろ、笑い話のごとく明るく喋り続ける。別に悲しみを押し隠しているわけでもなく、過去の出来事をただ淡々とリリスティアに話している。
「けど俺が生きてることを知ったカイムさんが迎えに来て……ちょっとだけ、竜の谷に居たんス」
「じゃあカイムが来るまで、ここでどうやって生きていたの?」
「決まってるじゃないスか! ヒルさんが育ててくれたんスよ!」
「ヒルが?」
「子供の扱いには慣れてたみたいで、死にかけてた小さい俺を一生懸命看病してくれたそうッスよ」
「へえ……」
小さな竜を抱くヒルを想像すると、少しおかしくもあった。
「あー……そんで、何の話しだっけ。あっ、つまりッス。俺が迷い無く戦えるのは、ヒルさんやリリスティア陛下が好きだからッス!」
レイムは照れくさそうに頬を緩めた。
その横顔は、鍛えられた体に反して、まるで少年のように幼い。
「あ! 変な意味じゃないッスよ!」
「ふふ、わかってる」
「へへっ! それに、恩人であるヒルさんが何より大事にしてるリリスティア陛下の為なら、俺は何も迷うことなく突っ走れるッス!」
「……レイム」
「あ、今笑ったッスね。もっとそんな顔したほうが皆喜ぶッスよ?」
人差し指で鼻をはじかれ、リリスティアは目を丸くした。
自分のことを陛下と呼びながらこのような振る舞いをするレイムだったが、その笑顔を見ているとリリスティアは怒る気にもなれなかった。
まさかレイムとこんな話をするとは思わなかった。彼はその風貌の為、ふざけているように見えるが、言っていることは意外にもまともだ。いつもそうだ、とは言い切れないが。
「ずいぶんと仲が良いな」
その空気を一瞬にして破壊するかのように、彼が現れた。
「カイム」
彼が現れると、回廊から人気が無くなる。
嫌っているわけではないのだが、彼を恐れてのことだ。
視界の端で、兵士や女官達がそそくさと距離を取っていく。
「仲良いッスもん、ねーリリスティア陛下」
「そ、そうなの?」
そう言いながら、レイムにさりげなく肩に手を回されたが、リリスティアはなんとも無かった。レイムもまた、ただ友好的な意味でそうしているからに過ぎない。顔は、いつもの明るい笑顔で。
「ほう……レイム、お前もえらく身分違いな相手を好むようになったな」
「あのね~なんでもカイムさんの主観で見ないで欲しいッス」
「俺に文句を言う暇があったらさっさと病室とやらに戻れ。あの軍師が手に術用ナイフを持って歩き回ってる」
「なんっでそれを先に言ってくれないんスか!!」
それを聞いたレイムは一瞬にして青ざめ、リリスティアから手を離すと左右を見渡し、カイムの歩んできた方向へとバタバタと騒がしく走り去った。
「落ち着きの無い奴だ」
ほどけかかった包帯をたなびかせ走り去るレイムを目で見送りながら、カイムは溜息を吐いた。
そして、その反対側で自分の顔をやけにじろじろと見てくる者に気づくと、不敵な笑みを浮かべた。
「どうしたリリスティア。俺の顔に見惚れたか」
「違う。似てないなと思って見ていたの」
「レイムとか? ……ふん」
即答されカイムはつまらなそうにしていたが、その長い髪をかきあげると、レイム同じくリリスティアの横に位置を取った。ふわり、女物の香水の匂いが鼻をつく。カイムの体は、いつも違う匂いがしている。相手となる人物は、余程きつく香水をつけているのだろう。
「なに……」
「レイムには笑顔を見せたくせに、俺には見せないのか?」
「レイムは根は紳士だ。お前と違って」
眉を寄せるリリスティアを見て、カイムは益々増長する。
「なら、俺も紳士に話すとするか」
不意にリリスティアは片方の手首を掴む。
「言ってる側から……離せ!」
「少し確認したいことがある」
有無を言わさず、リリスティアはカイムに連れ去られた。抵抗を試みたが、竜の力は圧倒的で、手首に跡が残ってしまった。
連れてこられた場所は、どこか寒々しい回廊の先。
行き止まりになったその先に見える扉は、ほこりが被っている。
「ここなら話の邪魔が入るまい」
カイムはその扉に目をやる。
「話とは何?」
少し距離を置いた所からリリスティアがそう言うと、カイムはその瞳だけを彼女に向けた。
彼の瞳は同じ赤でもヒルとは違い、まるで薔薇のような真紅だった。
「この戦いについてだ」
戦いと聞いてリリスティアの顔が僅かに強ばる。カイムはそのまま話を続けた。
「お前は同盟調印式の時にこう言ったな。戦いを止めたい、自分達が悪魔でないことを知らしめたいと」
「ええ」
「戦いを、どう止めるつもりだ?」
途端に、カイムの言葉尻が強くなる。
「王国軍はまた着実に戦力を増強させている。次の進攻が来る日はそう遠くはないだろう。その時、どうする?」
「それは……」
即答できないリリスティアは、彼と合わせていた目をふいに横に逸らした。そんな彼女を追い立てるように、カイムが言葉を被せる。
「レオンやヒルに任せるか」
「なっ……」
「そんなことで、戦いが止められるのか? 戦争は子供のままごととは違う。今まさにそこで起きている現実だ。現に、先の戦いの影響は世界の至る所に出ている。良い意味でも、悪い意味でもな」
窓から流れてきた風が、カイムの赤く長い髪を揺らす。強い口調で語る彼は、まさに竜族の王たる威厳を兼ね備えていた。
「お前は責務を果たせるのか?」
容赦ないカイムの言葉がリリスティアに突き刺さる。彼も王として幾多の戦いをくぐり抜けてきたのだろう。話の内容から、それは容易に伺えた。
悔しい。
それは、カイムにそう言われたからではなく。カイムの言葉に、そうとしか返せない自分が。
彼の言う言葉は、すべて図星で。
これからまた戦いが始まっても、ヒルやレオンのように動ける自信がまだ無い。いくら勉強していても、それは紙の上での事。
リリスティアには力や技はあれど、"王"として必要不可欠な"統率力"が欠けている。今まで自分勝手に生きてきたのだから、当然といえばそれまでだ。だが、もうそんな甘えは許されない。
彼女は国の復興の責任をその両肩に乗せた"ヴァイスの女王"なのだ。
大いなる責任を乗せた両肩は、あまりにも頼りなかった。
「ヒルに甘えるなリリスティア」
いきなり彼の名が上がり、リリスティアは顔を上げる。
「なんだと?」
「ヒルは、お前を守るためにある。守り導き誘う。そう位置づけられている存在だ」
カイムの言い方はどこか曖昧だが、リリスティアにもなんとなく意味はとれた。
「ヒルが私にはあまり厳しくないのは知ってる」
彼は、優しい。
冗談を言いながらも、真綿で包むように彼は自分に接する。言葉も、行動も全てそう。
「だけど甘えるつもりはない」
「ほう? だが、俺にはどうも、お前は奴に対してよからぬ情を抱いているようにしか見えないのだがな」
「な……っ」
カッ、と瞬く間にリリスティアの頬が染まった。面と向かって指摘され、みるみるうちにリリスティアの心中に波が立つ。
「違うか?」
「違う!」
何を言い出すのか、この男は。ヒルとは、まだ会って日も浅い。
カイムが妖しく笑う。だがリリスティアはいきり立って否定をする。
「私とヒルは王と臣下だ!」
それは本心か、体裁か。だがどちらにせよ、リリスティアはヒルの事になると、妙に感情が高ぶる。拳を握りしめながら、自分の言った台詞に一人心を痛めていた。
「そうか、ならいい」