第八話「月下、孤独の盾を棄てて」
「どんな力が使えるかは、王によって違う。誓約の儀式の時にその本質が分かる。お前は、枯れた花を蘇らし、大地に力を与える……元に戻す力だろう」
「私の父はどんな力を持っていたの?」
すると、ヒルは微笑んだだけで答えなかった。だが、なぜかそれはいつもの笑顔ではないことにリリスティアは気付いてしまう。
聞いてはいけないことだったのだろうかと迷っていると、ヒルは静かに口を開いた。
「ジオリオ陛下が力を使ったのはたった一度だけだった。常に、剏竜が王を支えていた。出来れば、俺もそうありたいものだ」
「そう……」
これ以上は、聞けなかった。ヒルの横顔はどこか寂しそうに、本の表紙を見つめていた。
「自在に使えるようになるのは相当難しいんじゃないのか」
まごつくリリスティアに、ヒルはあっけらかんとした様子で答えてみせた。
「魔法と同じだ。念じればいいんだ」
「私、その……魔法は使えなくて。試してはみたんだけど、昔からなぜか全然使えないの」
リリスティアがそう言うと、ヒルは思わず声をあげて笑った。
そして、目の前で顔をしかめるリリスティアをなだめるようにこう言った。
「教えてやるから」
ヒルは部屋の中を見渡し、その隅に置かれた観葉植物に目を留めると「これがいいな」と言い立ち上がった。
ヒルはその観葉植物の鉢の部分に手をかけ、部屋の中央に移動させた。彼の腰のあたりまで背丈のある植物は、ずいぶん生い茂っているもののどこか物足りない。葉の青みも曇っているように見える。
「まさか、これを再生させるとかいうんじゃ」
「ああ、きっと一番簡単だ」
何がどう簡単なのだ、とリリスティアは返したかった。
魔法を学んだことが無い彼女にとっては、そもそも念じるということがどういうことなのかすら分からない。
リリスティアが一人頭の中で様々な理論を打ち立てていると、ヒルが言葉を発した。
「出来るさ。順に説明する」
ヒルはそのままリリスティアの背後に回ると、彼女の体の左右からその手を植物に向けてつきだした。合わせるように、リリスティアも手を前に出す。
「うまくいけば良いものが見られるかもな」
「良いもの?」
「あとのお楽しみだ」
ヒルの方に顔をうねらせると、彼は優しく微笑みを返す。
リリスティアは妙なくすぐったさから、素早く視線を逸らした。
「目を閉じて」
言われるがままにリリスティアは瞳を閉じた。
視界が闇に染まると、まるで真っ暗な部屋に一人いるようだった。だが、その闇の中に蒼く光る何かが在るのを感じた。
その光は小さく燭台の灯よりも弱々しかったが、やがて段々とその質量を増し、こちらに近づいてくる。眩しくはない、どちらかというと木漏れ日のような柔らかい光だった。
暗闇の中、光がリリスティアに触れた。すると体の中に、急に強大な力が溢れ出てくるのをリリスティアはリアルに感じた。血液が異常に早く流れているようで、高揚する心の臓。
鼓動が大きな音を立て始める。
「そう、そのまま。その力をこめろ」
リリスティアは熱くなる自分の手に意識を集中させる。再生の力だといいながら、それはまるで炎を中に宿しているようだった。
「怖がらなくていい。それはお前の力だ」
ヒルがそう言うと同時に、リリスティアの手から淡い蒼の光が滴となって植物に降り注いだ。その滴が植物に触れると、曇りがかっていた緑は青々とした色に変わり、太陽を初めて見つけたかのように勢い良く上に向かって成長する。
恐る恐る瞳を開けたリリスティアは、目の前の植物の変化に気づき感嘆の声を上げた。
「すごい!」
「な、出来ただろ」
リリスティアが最も驚いたのは、その植物に真白で大きな牡丹のような花が咲いたことにだった。頂上に凛として咲き誇り、花弁の中央には美しい丸い宝石のようなものを乗せている。
「良いものって、これのこと?」
「ああ、久しぶりに咲いたのを見た」
リリスティアは花をまじまじと見つめる。以外に花が好きなのか、やけに興味津々だ。
「欲しいのか? ミリアに言って活けてもらおうか」
ヒルが聞くと、リリスティアは首を横に振った。
「このままでいい。綺麗だから」
何気なくそう言ったリリスティアの台詞に、ヒルは何故か顔を曇らせた。
「……そうか」
ヒルはリリスティアの頭に手を置いた。優しい顔で、リリスティアを見る。
リリスティアは、今まで出会った誰にも、こんな表情を見た事はなかった。見つめるほどに、胸が詰まる。
「なんでそんな顔をするの?」
するとヒルは、僅かに笑みを浮かべた。
「お前を見ていると、自然とこうなる」
「何故?」
「さあ。けどリリスティア、見てみろ」
ヒルはおもむろに、鏡を指差した。
壁にかけられた、小さな丸い鏡。ヒルはそれを取ると、リリスティアに手渡した。綺麗に磨かれたそこに、リリスティアの顔が映ると、ヒルは囁いた。
「お前も、同じような顔をしている」
そこには、頬が弛んだ、楽しそうな自分。
リリスティアは急に恥ずかしくなり、鏡をヒルの胸に押し付けて隠した。自分に表れるこの妙な反応は何なのだろうか。
彼が笑うと、顔が熱くなる。これも、誓約したから表れるものなの?
リリスティアが彼の顔をまともに見れずにいると、ヒルはいつもの優しい笑みを浮かべた。
そうしてる内に、ヒルはその緋色の瞳をまっすぐリリスティアに向けた。その意図が分からないリリスティアは、じっと次の言葉を待っている。
こんなに近くで、正面から見つめ合うことは今までも何回かあったが、今日はやけにリリスティアの胸が高鳴る。彼の部屋にいる所為で緊張でもしているのだろうか。
いや、彼の部屋だからといって何を緊張する必要があるのだろうか。
ヒルとリリスティアの関係は、王と総指揮官。または、ヴァイスの民と剏竜。それ以外に何もない。リリスティアは、息が詰まりそうでどうしようもなかった。
やっとヒルが語り始めようとした頃には、リリスティアはまるで子供のように極端に顔を逸らしていた。
「そういえば、今まで、ずっと一人だったのか? その、セイレがいなくなってから」
「仮の父と母とは、折り合いが悪かったから」
ヒルは、また少し顔を曇らせる。
「よく頑張ったな」
重く響くその一言。
リリスティアは少し思案した後、ぽつりと呟いた。
「寂しいとか、辛いとかは分からなかった。一人が当たり前だったし、姉さんを探すことに必死だったから。別に、頑張ったなんてことはなかった。いつも、自分の好きなように行動していたし」
それ故に、一人だった。
何も持たず、何も積み上げず。ただ毎日を消化することに、必死だった。
「でも、今は少し寂しいかもしれない」
「そうなのか?」
「この国は、人がたくさんいるから」
次の瞬間。
リリスティアの視界が真っ暗になった。ふわり、と頬に当たる柔らかな衣服の感触。反して、強さを持った鍛えられた体の感触。頭と背に回された、大きくて優しい両手。まるで羽毛に包まれたような温もりが体全体を浸食していくと、同時に意識もまた侵されていくのを感じた。
「ちょ……ちょっと!」
抵抗をしているつもりなのか、リリスティアは自分を包み込むその体を押し返そうと身をよじらせる。だが、彼の腕はリリスティアの華奢な躰をしっかりと抱きかかえ、自分の胸の中に支配したまま離そうとはしない。
何故か力が入らない自分の躰。頭では拒否しているのに、躰が言うことを聞かない。まるで、こうされて喜んでいるかのように。
ヒルは黙ったままで、それが余計にリリスティアの何かを焦らせる。
「ヒル……は、離して」
「ようやく、守れる」
「え……」
耳元で囁かれ、リリスティアの躰がぞくりと震えた。
「この腕で……近くで、お前を。大切な、王の子を」
「な、何を……」
ヒルは、その腕の中でもがくリリスティアをさらに強く抱きしめた。見た目にはあまり分からない、筋肉質な太い腕がリリスティアの体に食い込む。完全に二人の体と体が密着した為、リリスティアはもう身動きが取れなくなってしまった。
ヒルの胸にぴったりくっついてしまっている顔をなんとかよじらせ、リリスティアは彼を見上げるが、紅い前髪が垂れ下がっている為、その表情がよく分からない。
「ヒル、あの……」
「私の父はどんな力を持っていたの?」
すると、ヒルは微笑んだだけで答えなかった。だが、なぜかそれはいつもの笑顔ではないことにリリスティアは気付いてしまう。
聞いてはいけないことだったのだろうかと迷っていると、ヒルは静かに口を開いた。
「ジオリオ陛下が力を使ったのはたった一度だけだった。常に、剏竜が王を支えていた。出来れば、俺もそうありたいものだ」
「そう……」
これ以上は、聞けなかった。ヒルの横顔はどこか寂しそうに、本の表紙を見つめていた。
「自在に使えるようになるのは相当難しいんじゃないのか」
まごつくリリスティアに、ヒルはあっけらかんとした様子で答えてみせた。
「魔法と同じだ。念じればいいんだ」
「私、その……魔法は使えなくて。試してはみたんだけど、昔からなぜか全然使えないの」
リリスティアがそう言うと、ヒルは思わず声をあげて笑った。
そして、目の前で顔をしかめるリリスティアをなだめるようにこう言った。
「教えてやるから」
ヒルは部屋の中を見渡し、その隅に置かれた観葉植物に目を留めると「これがいいな」と言い立ち上がった。
ヒルはその観葉植物の鉢の部分に手をかけ、部屋の中央に移動させた。彼の腰のあたりまで背丈のある植物は、ずいぶん生い茂っているもののどこか物足りない。葉の青みも曇っているように見える。
「まさか、これを再生させるとかいうんじゃ」
「ああ、きっと一番簡単だ」
何がどう簡単なのだ、とリリスティアは返したかった。
魔法を学んだことが無い彼女にとっては、そもそも念じるということがどういうことなのかすら分からない。
リリスティアが一人頭の中で様々な理論を打ち立てていると、ヒルが言葉を発した。
「出来るさ。順に説明する」
ヒルはそのままリリスティアの背後に回ると、彼女の体の左右からその手を植物に向けてつきだした。合わせるように、リリスティアも手を前に出す。
「うまくいけば良いものが見られるかもな」
「良いもの?」
「あとのお楽しみだ」
ヒルの方に顔をうねらせると、彼は優しく微笑みを返す。
リリスティアは妙なくすぐったさから、素早く視線を逸らした。
「目を閉じて」
言われるがままにリリスティアは瞳を閉じた。
視界が闇に染まると、まるで真っ暗な部屋に一人いるようだった。だが、その闇の中に蒼く光る何かが在るのを感じた。
その光は小さく燭台の灯よりも弱々しかったが、やがて段々とその質量を増し、こちらに近づいてくる。眩しくはない、どちらかというと木漏れ日のような柔らかい光だった。
暗闇の中、光がリリスティアに触れた。すると体の中に、急に強大な力が溢れ出てくるのをリリスティアはリアルに感じた。血液が異常に早く流れているようで、高揚する心の臓。
鼓動が大きな音を立て始める。
「そう、そのまま。その力をこめろ」
リリスティアは熱くなる自分の手に意識を集中させる。再生の力だといいながら、それはまるで炎を中に宿しているようだった。
「怖がらなくていい。それはお前の力だ」
ヒルがそう言うと同時に、リリスティアの手から淡い蒼の光が滴となって植物に降り注いだ。その滴が植物に触れると、曇りがかっていた緑は青々とした色に変わり、太陽を初めて見つけたかのように勢い良く上に向かって成長する。
恐る恐る瞳を開けたリリスティアは、目の前の植物の変化に気づき感嘆の声を上げた。
「すごい!」
「な、出来ただろ」
リリスティアが最も驚いたのは、その植物に真白で大きな牡丹のような花が咲いたことにだった。頂上に凛として咲き誇り、花弁の中央には美しい丸い宝石のようなものを乗せている。
「良いものって、これのこと?」
「ああ、久しぶりに咲いたのを見た」
リリスティアは花をまじまじと見つめる。以外に花が好きなのか、やけに興味津々だ。
「欲しいのか? ミリアに言って活けてもらおうか」
ヒルが聞くと、リリスティアは首を横に振った。
「このままでいい。綺麗だから」
何気なくそう言ったリリスティアの台詞に、ヒルは何故か顔を曇らせた。
「……そうか」
ヒルはリリスティアの頭に手を置いた。優しい顔で、リリスティアを見る。
リリスティアは、今まで出会った誰にも、こんな表情を見た事はなかった。見つめるほどに、胸が詰まる。
「なんでそんな顔をするの?」
するとヒルは、僅かに笑みを浮かべた。
「お前を見ていると、自然とこうなる」
「何故?」
「さあ。けどリリスティア、見てみろ」
ヒルはおもむろに、鏡を指差した。
壁にかけられた、小さな丸い鏡。ヒルはそれを取ると、リリスティアに手渡した。綺麗に磨かれたそこに、リリスティアの顔が映ると、ヒルは囁いた。
「お前も、同じような顔をしている」
そこには、頬が弛んだ、楽しそうな自分。
リリスティアは急に恥ずかしくなり、鏡をヒルの胸に押し付けて隠した。自分に表れるこの妙な反応は何なのだろうか。
彼が笑うと、顔が熱くなる。これも、誓約したから表れるものなの?
リリスティアが彼の顔をまともに見れずにいると、ヒルはいつもの優しい笑みを浮かべた。
そうしてる内に、ヒルはその緋色の瞳をまっすぐリリスティアに向けた。その意図が分からないリリスティアは、じっと次の言葉を待っている。
こんなに近くで、正面から見つめ合うことは今までも何回かあったが、今日はやけにリリスティアの胸が高鳴る。彼の部屋にいる所為で緊張でもしているのだろうか。
いや、彼の部屋だからといって何を緊張する必要があるのだろうか。
ヒルとリリスティアの関係は、王と総指揮官。または、ヴァイスの民と剏竜。それ以外に何もない。リリスティアは、息が詰まりそうでどうしようもなかった。
やっとヒルが語り始めようとした頃には、リリスティアはまるで子供のように極端に顔を逸らしていた。
「そういえば、今まで、ずっと一人だったのか? その、セイレがいなくなってから」
「仮の父と母とは、折り合いが悪かったから」
ヒルは、また少し顔を曇らせる。
「よく頑張ったな」
重く響くその一言。
リリスティアは少し思案した後、ぽつりと呟いた。
「寂しいとか、辛いとかは分からなかった。一人が当たり前だったし、姉さんを探すことに必死だったから。別に、頑張ったなんてことはなかった。いつも、自分の好きなように行動していたし」
それ故に、一人だった。
何も持たず、何も積み上げず。ただ毎日を消化することに、必死だった。
「でも、今は少し寂しいかもしれない」
「そうなのか?」
「この国は、人がたくさんいるから」
次の瞬間。
リリスティアの視界が真っ暗になった。ふわり、と頬に当たる柔らかな衣服の感触。反して、強さを持った鍛えられた体の感触。頭と背に回された、大きくて優しい両手。まるで羽毛に包まれたような温もりが体全体を浸食していくと、同時に意識もまた侵されていくのを感じた。
「ちょ……ちょっと!」
抵抗をしているつもりなのか、リリスティアは自分を包み込むその体を押し返そうと身をよじらせる。だが、彼の腕はリリスティアの華奢な躰をしっかりと抱きかかえ、自分の胸の中に支配したまま離そうとはしない。
何故か力が入らない自分の躰。頭では拒否しているのに、躰が言うことを聞かない。まるで、こうされて喜んでいるかのように。
ヒルは黙ったままで、それが余計にリリスティアの何かを焦らせる。
「ヒル……は、離して」
「ようやく、守れる」
「え……」
耳元で囁かれ、リリスティアの躰がぞくりと震えた。
「この腕で……近くで、お前を。大切な、王の子を」
「な、何を……」
ヒルは、その腕の中でもがくリリスティアをさらに強く抱きしめた。見た目にはあまり分からない、筋肉質な太い腕がリリスティアの体に食い込む。完全に二人の体と体が密着した為、リリスティアはもう身動きが取れなくなってしまった。
ヒルの胸にぴったりくっついてしまっている顔をなんとかよじらせ、リリスティアは彼を見上げるが、紅い前髪が垂れ下がっている為、その表情がよく分からない。
「ヒル、あの……」