第八話「月下、孤独の盾を棄てて」

 此処は蒼い世界。翠の世界。
 貴方が生まれて、私が生きる。そしていつも、月が巡る私の世界。
 どこにいるかも分からない。でも、決して黙りはしない貴方たち。
 ねえ、私を、見つけられますか。





 雷のような荒々しいノックが扉を震わせた。壊されてはたまらないといった様子で、部屋の主は扉へ向かった。乱れた服もそのままに、警戒もなく扉を開いた部屋の主に、来訪者は皮肉めいた言葉を吐く。

「よく眠れているか?」

 長い炎の髪をなびかせ、カイムはその部屋に足を踏み入れた。
 彼が入ってきたのを確認すると、部屋の主はあまりいい顔はしていなかったが、形式的に言葉を発した。

「何の用だカイム」

「立ち話をさせる気か? 目立って仕方がないと思うがお前はそれでいいのか?」

 ヒルはふっと笑いをもらすと、円形のテーブルの上に散らばったままの本やら資料やらを片づけ始めた。カイムはその行動や、乱雑な本棚に視線を移動させる。
 くっくっと嘲笑うかのように肩を揺らすカイムを、ヒルは軽く睨む。

「さっさと用件を言え」

「ふん、そう急かすな。おもしろい話を持ってきてやったというのに」

 カイムは手に持っていた筒状に丸められた紙を、おもむろにヒルに差し出す。どうやら新聞のようで、その隅々に文字がびっしり敷き詰められている。ヒルはそれを受け取ると、言われる前に広げ、紙面に目を通した。

「聖王国の新聞か」

 骨ばった指が紙面を摘み、一枚目を開く。
 そこには、歌劇女優と思われる女性の不倫に関する記事が載せられていた。

「これがどうかしたのか?」

「どこを見ている。そこじゃない。もう一枚めくれ」

 ヒルがもう一枚頁をめくると、一面に国王アルフレッドの写真と、"各国、各種族に公式の悪魔狩り依頼"の文字が掲載されていた。

「アルフレッド……」

 ヒルは、低く名を呟く。新聞を持つ手に力が入る。

「それが今の王の名か」

 ヒルは新聞の記事に目を通し始め、幾度となく使われている"悪魔"の二文字に口を結ぶ。

「この世界に星の数ほどある国や種族、全てに書面が行ったとは考えがたいが、それでも効果は十分だろうな」

 カイムの言葉に、ヒルが続ける。

「手を打って協力しそうなのはマラカイデス大陸の国々、後は幾つかの民族か」

「こうなると敵はますます増えるな。人間の"フリ"をしないと表も歩けなくなる……おっと、今のお前たちは見た目は人間と変わらないな」

 その発言を聞き、ヒルは不快に思ったが口にはしなかった。反論しても、意味が無い。つまらなさそうにカイムは新聞を取り上げると、頁を戻し、女優の顔をまじまじと眺めながらこう言った。

「さっさと王都を攻め落とせばよかったのだ」

「できるか。お前が言うような力押しが通用する相手ではない」

「なら、策を練るか?」

 カイムが意味深に言うのを見て、ヒルは目を細める。

「お前に何か策がある。だからわざわざ俺の所に先に来たんだろ」

「察しがいいな、そうだ。無知なお前達に英知を授けてやる」

 永き悠久の時を生きるカイムの経験や知識は半端ではない。だがそれを使うべきときに使うことは余りない。気が向いた時、思い立った時のみだけだ。それがまた、理解しがたい竜族の特徴ともいえる。

「だがあれにそれを成し得る器量があるかどうかだ」

「あれとはリリスティアのことか」

 カイムは無言に頷く。

「ふん、察しのいい貴様のことだ。もうわかっただろう」

「だが、あそこは」

 ヒルの顔が曇る。カイムの言う"何か"にためらいを見せた。

「リリスティアには俺から話してやろう。貴様はあの軍師に話をつけろ」

 だがカイムはヒルの返事も聞かぬうちに、勝手な自己完結を以て部屋の扉へと向かった。

「おい待てカイム」

 慌ててヒルが制止するも、カイムはその言葉に蓋をするかのように扉に手をかけ、勢いよく開けはなつ。そして、不安な表情を見せるヒルに、その赤く鋭い瞳を向けた。

「俺はお前とは違う。お前のように、無駄な時間を過ごす気はない」

 荒々しく扉が閉められると、部屋の中はヒル一人だけになり、石造りのせいもありよりいっそう冷えた空気に包まれた。

「……だから、なんだ。お前と違って俺はこうするしか出来ないんだ」

 彼にしか分からない、目には見えぬ楔が幾つも体の周りに打ち立てられているような。ヒルはそんな気分の中、悔しそうに顔を歪めていた。


 * * *


「でやあああ!!」

 勢いの良い若い男の声が、晴れ渡った空の元響き渡る。
 ヴァイス王城のある一角、兵士達が訓練する為に造られた円形の訓練施設では、男二人が今まさに剣を交えていた。
 訓練施設は、それほど広さはない。少し手狭と思えるそこで、男達は土煙を上げながら存分に剣を振るっていた。
 若い男は重そうな両手剣をしっかりと握り、力一杯に剣をぶつける。そんな若い男の剣撃を表情一つ変えずに、受け止めていくもう一人の男。手に持つ剣は変わった形をしていたが、やけに細身で、ともすれば折れてしまいそうだ。だが、男は器用にそれを操り、金属音を響かせながら立ち回る。
 彼らの周りにはその様子を見守る仲間達。安全を考慮し、訓練場をぐるり囲んだ観客席ともいえる場所で腰を据え落ち着いてはいるものの、目を逸らすことなく食い入るように見つめている。

「すっごいね~。あたし剣のことはよく分かんないけど、すごいのは分かるよ」

 ベリーが感心した声を上げた。

「ヒルに習っただけあって、レイムは剣に関しちゃかなりの腕があるからな」

 傍らで退屈そうに頬杖を膝についているライザーがぼやく。その台詞にベリーは目をぱちぱちと瞬きさせ、ライザーの顔を下から悪戯っぽくのぞき込む。

「キンパツは剣使えないの?」

 ベリーは、まるで何かおもちゃを見つけた子供のように楽しそうに笑う。ベリーの思惑に気づいたライザーは、そっけなく言葉を返した。

「使えねえからなんだよ悪いのかよ」

 どうやら剣を扱うことにはあまり慣れていない彼は、ベリーのからかうような言葉にも過剰に反応した。それが滑稽なのか、ベリーは口を押さえクスクスと笑った。

「笑うなバカが! ったく……ことあるごとに絡みやがって」

「あはは、ごめんごめん。そんな怒らないでよキンパツ~」

 ベリーは全く詫びた様子も無く、ライザーの肩を二回ほど軽く叩いた。

「なら黙って見てろ! テメェがバカなこと言ってる間に、あの昴って奴にレイムが押されてきてんじゃねえか」

 ライザーにそう言われ、ベリーがすぐにそちらに目をやると、確かにレイムが苦しそうな表情を浮かべ、防戦一方の展開になっていた。

「くっ……」

 昴の振るう刀は軌跡を描きながら、レイムの防御の弱い場所を正確に突いていく。息が上がりつつあるレイムとは対照的に、昴はまるで人形のように無表情だった。そうして、喋りもしない。
 普通ならば剣を打ちつける瞬間は咄嗟に気合いにも似た声が出るものだが、この昴という剣士は全く無表情のまま、刀を振るい続けている。

「あ、アンタなんで平然としてんスか!!」

「無駄口を叩くな」

 やがて、頃合いを見たのか、昴はその刀を右下方から一際強く振り切った。

「うわっ!!」

 強い衝撃が剣先からレイムの両手首に伝わり、びりびりとした細かい痺れに変わった。足を踏ん張りその場に留まろうとするも、衝撃に押されどうしても後ずさってしまう。

「病み上がりでそれだけ立ち回れられるのなら、上等だ」

 昴はそう言って刀を鞘に納め、衣服の乱れを整えた。
 よく見るとレイムの体にはあちこち包帯が巻かれている。見た目ほど傷は深くないのだろうか、明らかに負傷者だと見てとれるその外見にも関わらず、レイムはやたらと元気に両手剣を肩に担いだ。

「へへっ、褒められるとやっぱ嬉しいッスね!」

 力が抜けたようにレイムが表情を崩す。それを見ていたライザーとベリーも、苦笑いを浮かべた。

「しかしいきなり来てヴァイスの傭兵になるなんて……何考えてんだあいつ」

 あの後、昴がリリスティアに自信を傭兵としてここに置いてほしいと頼み込んだらしい。とはいっても、昴は世闇という種族の長だ。いきなりそんなこと言われてどうぞどうぞと言えるわけがない。と、誰もが思っていたのだが。

「いいんじゃないデスか~ってあの意地悪眼鏡が言うなんてね~」
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