第七話「蒼き瞳の訪問者」
「お前に渡せということは、お前に使わせる為だろう」
「そうだろうけど、身に覚えが無い」
リリスティアは剣を膝に戻し、困惑の色を表情に表し俯く。
「……意匠か、剣の名前がどこかに無いか?」
この世界の武器には、必ずといっていいほど名前がついている。それは武器を創りだす職人の熱意の表れであり、名は武器のどこかに必ずといっていいほど彫られているのだ。
そうすることで、職人達は自分の魂を分け与え、武器に命を宿すのだ。
リリスティアは柄に目を凝らし探していたが、どこにも見当たらず刀身に視点を移す。だが、そこにも名前らしきものは見あたらない。
「無い……みたい」
「そうか」
「でも、ありがとう昴。わざわざ届けてくれて」
リリスティアは剣を布で巻き直しながら、少し笑みを見せる。
昴は照れくさかったのか、視線を逸らした。
「構わない、ついでだ」
「そういえば、用はもう一つあったのよね」
「ああ」
リリスティアは剣を傍らに立てかけると、彼の話を聞くために背筋を伸ばし姿勢を正した。
「何?」
昴は少し言いにくそうに間を置いたが、リリスティアに目を合わせると、淡々と語り始めた。
「俺が、世闇(よやみ)の民だということは知っているか?」
「世闇が何かは、竜が何かと聞かれた時に答えられる程度の知識しかないし、昴がそうだとは噂程度しか知らなかった」
この世界では、種族が違うとその関係も複雑に変化する。互いに協力し合い友好的な者達もいるが、姿を見れば殺し合いに発展するほど仲の悪い者達もいるのが現実だった。
「──俺があの頃から旅をしていたのはある目的があったからだ」
「それは?」
「俺には妻がいる。そして、娘もいる」
娘と聞いて、リリスティアの脳裏には瞬時に彼女の顔が浮かび上がった。
父親を憎み、忌み嫌い、ついには自分の手で斬るとまで言い放ったあの年を同じくする彼女、アメリの姿が。
「妻は、今は共和国にいる。娘は」
「英雄聖騎士、アメリね」
昴が言う前にリリスティアが言ったものだから、彼は目を僅かに見開くことで驚きを見せた。
「知っていたのか」
「会ったから」
「戦ったのか?」
昴の口調が少し変わったのに気づき、リリスティアはどこまで話そうか迷った。まさか、斬り合ったなどと言えるだろうか。そして、彼女が言ったあの言葉なんて口に出来るわけがなく。
「……王国軍の中にいた」
そう言うしか出来なかった。だが昴にはそれで全てが理解出来たのだろう。妙に落ち着いた様子だった。
「やはりな」
「知っていたの? だって昴はアメリを捨てたって」
咄嗟に口をついて出た失言に、リリスティアは慌てて口を押さえた。気まずそうに昴を見ると、彼はやはり無表情だった。
「アメリから聞いたようだな」
射ぬかれるような瞳で見つめられると、リリスティアはもう正直に答えるしかなかった。
「……ごめんなさい」
「なぜお前が謝る。アメリがそう思うのは当然だ。俺の目的を知らないからな」
「その目的って、何なの?」
「世闇の寿命は、長い。老化も成人後すぐに止まる。寿命の終わりは神しか知らぬ」
昴の外見は、どう見ても二十代半ばから後半の男性だ。だがアメリが娘だというなら、少なくとも四十は越えているだろう。
世闇というだけで、彼の外見には全く老いが感じられない。
「だが、妻は違う」
「え?」
「俺の妻は世闇ではない。ただの人間だ」
「じゃあアメリは……人間と世闇の子供なのね」
「そうなるな。だが、問題はそこではない。妻の、弥生の方だ」
そう話す昴の拳がきつく握られた。リリスティアは彼の中に深い悲しみが見え隠れするのを感じた。
彼は、何か重大な目的の為にはるばるこの地にやってきたのだ。
「弥生さんが、何かあったの?」
すると、昴はまた口ごもった。答えたくないのか、ぐっと拳を握りしめている。
だがそのままで話が進まない。決意した彼は、真剣な表情で力強くリリスティアに言った。
「……リリスティア。弥生を、助けてくれ」
大きな男が、頭を深く下げる。いたたまれず、リリスティアは彼の顔を上げさせた。
「ま、待って昴。私が弥生さんを? 助ける?」
「お前がヴァイスの王であるならば、出来る筈なんだ」
リリスティアは少し考えた。彼の求める物にある程度の予想はついたが、それを確信に変えるため再度問う。
「弥生さんに、一体何があったの?」
「あれは、今も死の淵に立たされている。何故か、内蔵機能だけが急速に衰えていっているんだ。原因は分からない。だが、このままでは……」
あまり変わらない昴の表情が、その先を語らまいとした為にきつく歪んだ。
「でも、何故私が弥生さんを助けられるの? 病気なら医者の方が」
「病気か、呪いか。それすらも分からない。世界中を旅して分かったことは、医者や魔法使いには治せないということだ。だが」
「ヴァイスの、王の力が必要なのね」
リリスティアがそう言うと、昴は軽く頷く。
「虫のいい話だと思われてもかまわない」
彼が求めているのは、リリスティアの力。つまり、剏竜を従え奇跡を操るヴァイスの王族の力だった。
彼にとっては人間だろうが悪魔だろうが関係ない。愛する妻を助けられるならば、なんだろうと構わないのだろう。
「――お前達を悪魔と呼ぶのは、愚かな人間くらいだ」
リリスティアに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、昴は呟いた。
「え、何?」
「いや……なんでもない。とにかく、俺は旅をしているうちに、ヴァイスの民の奇跡の力の存在を知った。お前が王ならば、"浄化"の力を使えると」
「浄化?」
リリスティアは首を振る。
「違うのか?」
「私の力は、こう、元に戻すような力らしいの。それもまだ、扱い方を知らない」
「そういえば、王に成り立てだと言ったな」
「ええ」
その返答に拍子抜けしたのか、昴は言葉を失った。そんな昴を見てリリスティアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「この大地が常春の気候になったのは、お前の力だと聞いたが」
「ごめんなさい。私の力は、確かに何かを蘇らせたりする力があるみたい。けど……その、人の呪いや病気にそれがきくかどうか」
「どうやら、時期が悪かったみたいだな」
「昴……」
「そんな顔をするな。責めているわけではない」
そう言われても、リリスティアは不甲斐ない自分が歯がゆかった。力があるのに使いこなせていないということほど恥ずかしいことはない。まして、恩人に恩を返す絶好の機会だというのに。
そんなリリスティアに、昴は優しさの帯びた声をかけた。
「悪かったな。突然」
「ううん。早く力を扱えるようになるから、そしたら、すぐに昴のところに行くから」
「そのことだが」
突如言葉を遮られ、リリスティアは首を傾げた。
「──俺を、ここに傭兵として置いてくれないか?」
第七話・終
「そうだろうけど、身に覚えが無い」
リリスティアは剣を膝に戻し、困惑の色を表情に表し俯く。
「……意匠か、剣の名前がどこかに無いか?」
この世界の武器には、必ずといっていいほど名前がついている。それは武器を創りだす職人の熱意の表れであり、名は武器のどこかに必ずといっていいほど彫られているのだ。
そうすることで、職人達は自分の魂を分け与え、武器に命を宿すのだ。
リリスティアは柄に目を凝らし探していたが、どこにも見当たらず刀身に視点を移す。だが、そこにも名前らしきものは見あたらない。
「無い……みたい」
「そうか」
「でも、ありがとう昴。わざわざ届けてくれて」
リリスティアは剣を布で巻き直しながら、少し笑みを見せる。
昴は照れくさかったのか、視線を逸らした。
「構わない、ついでだ」
「そういえば、用はもう一つあったのよね」
「ああ」
リリスティアは剣を傍らに立てかけると、彼の話を聞くために背筋を伸ばし姿勢を正した。
「何?」
昴は少し言いにくそうに間を置いたが、リリスティアに目を合わせると、淡々と語り始めた。
「俺が、世闇(よやみ)の民だということは知っているか?」
「世闇が何かは、竜が何かと聞かれた時に答えられる程度の知識しかないし、昴がそうだとは噂程度しか知らなかった」
この世界では、種族が違うとその関係も複雑に変化する。互いに協力し合い友好的な者達もいるが、姿を見れば殺し合いに発展するほど仲の悪い者達もいるのが現実だった。
「──俺があの頃から旅をしていたのはある目的があったからだ」
「それは?」
「俺には妻がいる。そして、娘もいる」
娘と聞いて、リリスティアの脳裏には瞬時に彼女の顔が浮かび上がった。
父親を憎み、忌み嫌い、ついには自分の手で斬るとまで言い放ったあの年を同じくする彼女、アメリの姿が。
「妻は、今は共和国にいる。娘は」
「英雄聖騎士、アメリね」
昴が言う前にリリスティアが言ったものだから、彼は目を僅かに見開くことで驚きを見せた。
「知っていたのか」
「会ったから」
「戦ったのか?」
昴の口調が少し変わったのに気づき、リリスティアはどこまで話そうか迷った。まさか、斬り合ったなどと言えるだろうか。そして、彼女が言ったあの言葉なんて口に出来るわけがなく。
「……王国軍の中にいた」
そう言うしか出来なかった。だが昴にはそれで全てが理解出来たのだろう。妙に落ち着いた様子だった。
「やはりな」
「知っていたの? だって昴はアメリを捨てたって」
咄嗟に口をついて出た失言に、リリスティアは慌てて口を押さえた。気まずそうに昴を見ると、彼はやはり無表情だった。
「アメリから聞いたようだな」
射ぬかれるような瞳で見つめられると、リリスティアはもう正直に答えるしかなかった。
「……ごめんなさい」
「なぜお前が謝る。アメリがそう思うのは当然だ。俺の目的を知らないからな」
「その目的って、何なの?」
「世闇の寿命は、長い。老化も成人後すぐに止まる。寿命の終わりは神しか知らぬ」
昴の外見は、どう見ても二十代半ばから後半の男性だ。だがアメリが娘だというなら、少なくとも四十は越えているだろう。
世闇というだけで、彼の外見には全く老いが感じられない。
「だが、妻は違う」
「え?」
「俺の妻は世闇ではない。ただの人間だ」
「じゃあアメリは……人間と世闇の子供なのね」
「そうなるな。だが、問題はそこではない。妻の、弥生の方だ」
そう話す昴の拳がきつく握られた。リリスティアは彼の中に深い悲しみが見え隠れするのを感じた。
彼は、何か重大な目的の為にはるばるこの地にやってきたのだ。
「弥生さんが、何かあったの?」
すると、昴はまた口ごもった。答えたくないのか、ぐっと拳を握りしめている。
だがそのままで話が進まない。決意した彼は、真剣な表情で力強くリリスティアに言った。
「……リリスティア。弥生を、助けてくれ」
大きな男が、頭を深く下げる。いたたまれず、リリスティアは彼の顔を上げさせた。
「ま、待って昴。私が弥生さんを? 助ける?」
「お前がヴァイスの王であるならば、出来る筈なんだ」
リリスティアは少し考えた。彼の求める物にある程度の予想はついたが、それを確信に変えるため再度問う。
「弥生さんに、一体何があったの?」
「あれは、今も死の淵に立たされている。何故か、内蔵機能だけが急速に衰えていっているんだ。原因は分からない。だが、このままでは……」
あまり変わらない昴の表情が、その先を語らまいとした為にきつく歪んだ。
「でも、何故私が弥生さんを助けられるの? 病気なら医者の方が」
「病気か、呪いか。それすらも分からない。世界中を旅して分かったことは、医者や魔法使いには治せないということだ。だが」
「ヴァイスの、王の力が必要なのね」
リリスティアがそう言うと、昴は軽く頷く。
「虫のいい話だと思われてもかまわない」
彼が求めているのは、リリスティアの力。つまり、剏竜を従え奇跡を操るヴァイスの王族の力だった。
彼にとっては人間だろうが悪魔だろうが関係ない。愛する妻を助けられるならば、なんだろうと構わないのだろう。
「――お前達を悪魔と呼ぶのは、愚かな人間くらいだ」
リリスティアに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、昴は呟いた。
「え、何?」
「いや……なんでもない。とにかく、俺は旅をしているうちに、ヴァイスの民の奇跡の力の存在を知った。お前が王ならば、"浄化"の力を使えると」
「浄化?」
リリスティアは首を振る。
「違うのか?」
「私の力は、こう、元に戻すような力らしいの。それもまだ、扱い方を知らない」
「そういえば、王に成り立てだと言ったな」
「ええ」
その返答に拍子抜けしたのか、昴は言葉を失った。そんな昴を見てリリスティアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「この大地が常春の気候になったのは、お前の力だと聞いたが」
「ごめんなさい。私の力は、確かに何かを蘇らせたりする力があるみたい。けど……その、人の呪いや病気にそれがきくかどうか」
「どうやら、時期が悪かったみたいだな」
「昴……」
「そんな顔をするな。責めているわけではない」
そう言われても、リリスティアは不甲斐ない自分が歯がゆかった。力があるのに使いこなせていないということほど恥ずかしいことはない。まして、恩人に恩を返す絶好の機会だというのに。
そんなリリスティアに、昴は優しさの帯びた声をかけた。
「悪かったな。突然」
「ううん。早く力を扱えるようになるから、そしたら、すぐに昴のところに行くから」
「そのことだが」
突如言葉を遮られ、リリスティアは首を傾げた。
「──俺を、ここに傭兵として置いてくれないか?」
第七話・終