第七話「蒼き瞳の訪問者」
「はい。お名前は昴(すばる)。陛下に火急の用があるとかで……」
「昴!?」
リリスティアの顔色が一変した。椅子を立ち上がりメイドに詰め寄ると、息急きって言葉をぶつける。急に詰め寄られ驚いたメイドは恭しく頭を下げる。
「間違いなく昴と言ったの!?」
「はい」
「黒髪に蒼い瞳の?」
「そ、そういえば、そうでした」
いつも無感情なリリスティアらしからぬ口調に、ヒルもメイドも驚きを隠せなかった。
「昴がここに居るの?」
「はい。しかし実際に陛下のご友人であるか、そもそも身分が分かりませんので、衛兵が見張っております」
途端、リリスティアは感情の赴くままに体を動かした。メイドの横をすり抜け、足は自然と中庭へと向かった。階段を足早に降り、胸が高鳴るのを感じながら、リリスティアは走っていた。
「退いて、お願い通して!」
その声に兵士達は素早く反応し、みるみるうちに道を空けた。
やっと中庭にたどり着いたリリスティアが、息を整えながら静かにその群衆の中央に歩んでいく。
「危険です陛下!」
兵士達は口々に彼女を制止したが、リリスティアはまるで耳にしない。そして、視線の先にあの懐かしい人物を認めると、あの日のような素直な笑みを見せた。
彼、昴もまたリリスティアの顔をじっくり見つめると、懐かしそうに目を細めた。
「昴……!」
「……久しぶりだな」
空の色を映す男の瞳は、懐かしい薫りでリリスティアを包んだ。
突然の来訪者、昴。彼は全身漆黒の異国の衣服に身を包み、首には長いマフラーのようなものを巻いている。腰には刀が一本、そして、背中には布に巻かれた何かを背負っていた。
彼の声は、しんとした雪の中で聞くような静かな低さを持っており、落ち着いている。
「変わらない……」
目の前にいる人物は、あの日自分に剣を教えてくれた昴。
そう改めて認識すると、安堵の表情を見せた。
「皆、大丈夫。彼は私の剣の師だ」
まだ警戒を解ききれない兵士にリリスティアがそう言うと、彼らは次々に剣を降ろし始めた。それを見た昴は、怪訝そうに眉をひそめた。
「よくここにいるって分かったね!」
リリスティアがそう言うと、昴は眉間に寄っていた皺を元に戻し、「ああ」とだけ返事をした。
「正確には、お前ではなくヴァイスの王に用があった」
「え?」
「お前が王だとは。……何があったか、聞いてもいいのか」
柔らかく言う昴だったが、リリスティアはふと暗い表情を見せた。叱られた子供のように、自身の口元を庇う。
「あの、……昴は、ヴァイスが、悪魔だって……」
リリスティアが困ったように尋ねると、昴は僅かに首を傾げた。
「ん……?」
「わ、私……実は人間じゃなくて……その」
また、否定されるかもしれない。不安の波が胸を襲い、リリスティアは昴の顔を見る事が出来なくなっていた。
だが、そんな心配とは裏腹に、昴はリリスティアの頭をそっと撫でてみせた。
「そうか。お前は、ヴァイスの民だったんだな」
あまり会話を得意とする性格ではないのか、返答のひとつひとつがそっけなく感じられる。だが、蒼い瞳は、昔に見た彼となんら変わらずリリスティアを見つめていた。
上気する頬を、喜びで彩り、リリスティアは深く頷いた。
「やあ! ようこそ大剣豪昴サン」
二人の会話を遮るように、リリスティアの後ろからレオンがひょっこり顔を出した。
「……誰だ」
昴が、彼を威圧的に見下ろす。
「俺はこの国の軍師、レオン。貴方のことは知ってマスよー。剣の世界ではその名を知らぬ者はいない、世闇一族の長、昴サン」
「剣豪などと名乗った覚えはない」
少し強い口調で昴が返すと、レオンはにこにこしながら首を振った。
「謙遜しないでクダサイ。俺は一度貴方に会ってみたかったんデスよ~」
「言いたいことはそれだけか」
「そ、そんな邪険にしないでクダサイよ」
「そんなつもりはない」
昴は、別に怒っているわけではなのだが、妙に冷たい口調でレオンに答えている。
しかしそれが彼の性格所以だと知る者は少ない。唯一それを知るリリスティアだけが、苦笑いを浮かべていた。
「昴、私に話があるなら中で聞くよ」
リリスティアは気を遣ったのか、彼を城の中に手招きをする。昴はやはり無表情のまま答えた。
「なら、そうしよう」
「うん。レオン、少し話してきてもかまわない?」
「ああハイハイ、ちょっとだけなら」
そして、昴はリリスティアの後を追い、静かな歩みで城の中へと入っていった。
残された兵士達は役目を終えると各の仕事に戻り始めたが、レオンは歩いていく彼らの様子を見て、何故か意地の悪い笑みを浮かべた。
城の来客用の応接室に来たリリスティアと昴は、上品な装飾の二つのソファーに向かい合わせに座った。
「紅茶で、いい?」
「……ああ」
間に置かれた低いテーブルには、淹れられたばかりの暖かい紅茶が湯気を立てている。
部屋の中は廊下同様石造りで、壁には絵画や国旗が飾られていた。
洋風の部屋の中に、浮き出たように存在する昴がなんとも異質だった。彼は背中に背負っていた何かと腰の刀を傍らに置き、目の前の紅茶が入ったカップに手を伸ばした。
「大きな荷物だね」
「……ああ」
「重くなかった?」
「……ああ」
先ほどから「ああ」としか言わない昴に、あまり会話が得意ではないリリスティアは段々と言葉に詰まり始めたのか、紅茶を一口飲むとその橙色の水面を見つめたまま動かなくなった。
昴はというと、何も気にした様子はなく黙々と紅茶を飲み続けている。その顔といったら、リリスティア以上に無表情だ。
彼の蒼い瞳は下方に向けられていたが、手元のカップが空になると、ようやくリリスティアに視線を合わせた。
「俺がここに来た理由を話そう」
彼は一言そう言うと、腕を組んだ。
「俺がこの地に来た理由は二つだ」
「二つ?」
「一つは、お前に用があるから。二つ目は、ヴァイスの王に用があったからだ」
「……王に」
少し首を傾げるリリスティアに対して、昴は傍らの大きな包みを触ることでそちらに注意を促した。
「これが、お前への用だ」
「それは?」
昴の傍らの荷物は、かなりの大きさがある。だが太さは大して無い。大事そうに布で巻かれ、革のベルトできっちりと固定されている。
「預かり物だ。お前に渡すよう頼まれた」
「私に?」
「受け取れ」
昴はそれを軽々と片手で掴み上げると、リリスティアに差し出した。その様子からその布の中身は以外に細い物体だということが分かる。なんせ昴が片手でそれを握っているのだから。
誰からの預かり物なのか、一体中身は何なのか、分からないままリリスティアは長細いそれを両手で受け取った。
ずしり、とリリスティアの手に負荷がかかる。彼が軽々持っていたものだから、もっと軽いのかと思っていた。だがリリスティアにとってはそこそこ重さのある物体だった。
黙って見守っていた昴が、目を細める。
「重いか?」
「う……うん。何なのこれは?」
「開ければ分かる」
言われるがままに、リリスティアはそれの布を取り始めた。革バンドを外し、恐る恐る布を開いていく。
「──これは」
その布が全て取り払われた時、リリスティアの目の前に現れたのは、見たこともないような柄の装飾が施された細身の剣だった。
リリスティアは魅入られたかのように、それの柄を握り、膝から離し頭上にかざしてみた。
刃は銀に輝くも、光の加減で青くも光る。柄の装飾には小さな緑の宝玉が埋められていて、豪華ながらも握りやすく出来ていた。リリスティアの手のひらに、ぴったりと吸い付くようにはまる。
「重いけど、持ちやすい……」
興味深くそれを見つめ倒すリリスティアを、昴は何も言わず黙って見守っている。
「一体、誰が私に?」
「とある男に頼まれた。それだけだ」
「……そう」
心当たりが無いリリスティアにとっては、そう言われると少し気味が悪い。もっと詳しくその男のことを聞こうとも思ったが、それよりも目の前の剣の魅力に頭がいく。
「でも、これかなりいい剣だね」
「ああ」
「昴もそう思う?」
「鍛えた者はかなり腕の良い職人だろう」
昴は剣の道を行く者として、それなりの目利きはあった。無表情だが、内心はリリスティアの持つ剣に興味を持っている。
「けど、私が使っていいのかな」
「昴!?」
リリスティアの顔色が一変した。椅子を立ち上がりメイドに詰め寄ると、息急きって言葉をぶつける。急に詰め寄られ驚いたメイドは恭しく頭を下げる。
「間違いなく昴と言ったの!?」
「はい」
「黒髪に蒼い瞳の?」
「そ、そういえば、そうでした」
いつも無感情なリリスティアらしからぬ口調に、ヒルもメイドも驚きを隠せなかった。
「昴がここに居るの?」
「はい。しかし実際に陛下のご友人であるか、そもそも身分が分かりませんので、衛兵が見張っております」
途端、リリスティアは感情の赴くままに体を動かした。メイドの横をすり抜け、足は自然と中庭へと向かった。階段を足早に降り、胸が高鳴るのを感じながら、リリスティアは走っていた。
「退いて、お願い通して!」
その声に兵士達は素早く反応し、みるみるうちに道を空けた。
やっと中庭にたどり着いたリリスティアが、息を整えながら静かにその群衆の中央に歩んでいく。
「危険です陛下!」
兵士達は口々に彼女を制止したが、リリスティアはまるで耳にしない。そして、視線の先にあの懐かしい人物を認めると、あの日のような素直な笑みを見せた。
彼、昴もまたリリスティアの顔をじっくり見つめると、懐かしそうに目を細めた。
「昴……!」
「……久しぶりだな」
空の色を映す男の瞳は、懐かしい薫りでリリスティアを包んだ。
突然の来訪者、昴。彼は全身漆黒の異国の衣服に身を包み、首には長いマフラーのようなものを巻いている。腰には刀が一本、そして、背中には布に巻かれた何かを背負っていた。
彼の声は、しんとした雪の中で聞くような静かな低さを持っており、落ち着いている。
「変わらない……」
目の前にいる人物は、あの日自分に剣を教えてくれた昴。
そう改めて認識すると、安堵の表情を見せた。
「皆、大丈夫。彼は私の剣の師だ」
まだ警戒を解ききれない兵士にリリスティアがそう言うと、彼らは次々に剣を降ろし始めた。それを見た昴は、怪訝そうに眉をひそめた。
「よくここにいるって分かったね!」
リリスティアがそう言うと、昴は眉間に寄っていた皺を元に戻し、「ああ」とだけ返事をした。
「正確には、お前ではなくヴァイスの王に用があった」
「え?」
「お前が王だとは。……何があったか、聞いてもいいのか」
柔らかく言う昴だったが、リリスティアはふと暗い表情を見せた。叱られた子供のように、自身の口元を庇う。
「あの、……昴は、ヴァイスが、悪魔だって……」
リリスティアが困ったように尋ねると、昴は僅かに首を傾げた。
「ん……?」
「わ、私……実は人間じゃなくて……その」
また、否定されるかもしれない。不安の波が胸を襲い、リリスティアは昴の顔を見る事が出来なくなっていた。
だが、そんな心配とは裏腹に、昴はリリスティアの頭をそっと撫でてみせた。
「そうか。お前は、ヴァイスの民だったんだな」
あまり会話を得意とする性格ではないのか、返答のひとつひとつがそっけなく感じられる。だが、蒼い瞳は、昔に見た彼となんら変わらずリリスティアを見つめていた。
上気する頬を、喜びで彩り、リリスティアは深く頷いた。
「やあ! ようこそ大剣豪昴サン」
二人の会話を遮るように、リリスティアの後ろからレオンがひょっこり顔を出した。
「……誰だ」
昴が、彼を威圧的に見下ろす。
「俺はこの国の軍師、レオン。貴方のことは知ってマスよー。剣の世界ではその名を知らぬ者はいない、世闇一族の長、昴サン」
「剣豪などと名乗った覚えはない」
少し強い口調で昴が返すと、レオンはにこにこしながら首を振った。
「謙遜しないでクダサイ。俺は一度貴方に会ってみたかったんデスよ~」
「言いたいことはそれだけか」
「そ、そんな邪険にしないでクダサイよ」
「そんなつもりはない」
昴は、別に怒っているわけではなのだが、妙に冷たい口調でレオンに答えている。
しかしそれが彼の性格所以だと知る者は少ない。唯一それを知るリリスティアだけが、苦笑いを浮かべていた。
「昴、私に話があるなら中で聞くよ」
リリスティアは気を遣ったのか、彼を城の中に手招きをする。昴はやはり無表情のまま答えた。
「なら、そうしよう」
「うん。レオン、少し話してきてもかまわない?」
「ああハイハイ、ちょっとだけなら」
そして、昴はリリスティアの後を追い、静かな歩みで城の中へと入っていった。
残された兵士達は役目を終えると各の仕事に戻り始めたが、レオンは歩いていく彼らの様子を見て、何故か意地の悪い笑みを浮かべた。
城の来客用の応接室に来たリリスティアと昴は、上品な装飾の二つのソファーに向かい合わせに座った。
「紅茶で、いい?」
「……ああ」
間に置かれた低いテーブルには、淹れられたばかりの暖かい紅茶が湯気を立てている。
部屋の中は廊下同様石造りで、壁には絵画や国旗が飾られていた。
洋風の部屋の中に、浮き出たように存在する昴がなんとも異質だった。彼は背中に背負っていた何かと腰の刀を傍らに置き、目の前の紅茶が入ったカップに手を伸ばした。
「大きな荷物だね」
「……ああ」
「重くなかった?」
「……ああ」
先ほどから「ああ」としか言わない昴に、あまり会話が得意ではないリリスティアは段々と言葉に詰まり始めたのか、紅茶を一口飲むとその橙色の水面を見つめたまま動かなくなった。
昴はというと、何も気にした様子はなく黙々と紅茶を飲み続けている。その顔といったら、リリスティア以上に無表情だ。
彼の蒼い瞳は下方に向けられていたが、手元のカップが空になると、ようやくリリスティアに視線を合わせた。
「俺がここに来た理由を話そう」
彼は一言そう言うと、腕を組んだ。
「俺がこの地に来た理由は二つだ」
「二つ?」
「一つは、お前に用があるから。二つ目は、ヴァイスの王に用があったからだ」
「……王に」
少し首を傾げるリリスティアに対して、昴は傍らの大きな包みを触ることでそちらに注意を促した。
「これが、お前への用だ」
「それは?」
昴の傍らの荷物は、かなりの大きさがある。だが太さは大して無い。大事そうに布で巻かれ、革のベルトできっちりと固定されている。
「預かり物だ。お前に渡すよう頼まれた」
「私に?」
「受け取れ」
昴はそれを軽々と片手で掴み上げると、リリスティアに差し出した。その様子からその布の中身は以外に細い物体だということが分かる。なんせ昴が片手でそれを握っているのだから。
誰からの預かり物なのか、一体中身は何なのか、分からないままリリスティアは長細いそれを両手で受け取った。
ずしり、とリリスティアの手に負荷がかかる。彼が軽々持っていたものだから、もっと軽いのかと思っていた。だがリリスティアにとってはそこそこ重さのある物体だった。
黙って見守っていた昴が、目を細める。
「重いか?」
「う……うん。何なのこれは?」
「開ければ分かる」
言われるがままに、リリスティアはそれの布を取り始めた。革バンドを外し、恐る恐る布を開いていく。
「──これは」
その布が全て取り払われた時、リリスティアの目の前に現れたのは、見たこともないような柄の装飾が施された細身の剣だった。
リリスティアは魅入られたかのように、それの柄を握り、膝から離し頭上にかざしてみた。
刃は銀に輝くも、光の加減で青くも光る。柄の装飾には小さな緑の宝玉が埋められていて、豪華ながらも握りやすく出来ていた。リリスティアの手のひらに、ぴったりと吸い付くようにはまる。
「重いけど、持ちやすい……」
興味深くそれを見つめ倒すリリスティアを、昴は何も言わず黙って見守っている。
「一体、誰が私に?」
「とある男に頼まれた。それだけだ」
「……そう」
心当たりが無いリリスティアにとっては、そう言われると少し気味が悪い。もっと詳しくその男のことを聞こうとも思ったが、それよりも目の前の剣の魅力に頭がいく。
「でも、これかなりいい剣だね」
「ああ」
「昴もそう思う?」
「鍛えた者はかなり腕の良い職人だろう」
昴は剣の道を行く者として、それなりの目利きはあった。無表情だが、内心はリリスティアの持つ剣に興味を持っている。
「けど、私が使っていいのかな」