第七話「蒼き瞳の訪問者」
どの記録文献にも、彼に対して不の要素を書く者はいない。賢王であり、弱気を助け、民を愛する。信心深い聖王国の民からすれば、彼は神に等しい存在であり、心のより所として神格化されつつあった。
それが実は、ヴァイスの民を悪魔に仕立てあげた王族の血に連なる者だというのだ。
「アルフレッドが即位してからは、民の結束は益々強くなった気がする。姉さんも、彼の事はよく誉めて――」
リリスティアはふと、ある疑問を思い浮かべた。
「アルフレッドはセイレを捕らえて何をしたいんだろう」
そのリリスティアの言葉に、レオンが著しく反応を見せた。
「は? セイレって、あのセイレデスか?」
「ええ」
「捕らわれてるって、牢屋に?」
「いえ、祈りの塔の中。巨大な水晶みたいなものの中にいたわ」
「ちょっとヒル君! そこまでは俺聞いてないデスよ?!」
「言って無かったか?」
レオンが慌ててヒルにそう言うと、彼はあっけらかんとした様子で答えた。
「妙なとこ適当なんデスからヒル君は……。しかし水晶の中に人を……?」
「姉さんは生きているに違いない。きっと何かに利用されそうになっているんだ」
リリスティアの瞼にあの美しいセイレの姿が映る。十四年前と変わらない、彼女の姿。実の姉では無いと分かった今でも、思うことはひとつ。
助けたい。
きつく顔を歪ませるリリスティアを見て、ヒルはそれをほぐすかのように彼女の膝にある手に自らの手を置いた。
「なっ」
ふいに手を置かれ半ば条件反射的にリリスティアは手を離すと、ヒルは少し不服そうに頬杖をついた。
「辛そうだったから、心配しただけだなんだが」
「き、急に触るから何かと思ったんだ」
「セイレを助けたいんだろう?」
ヒルはいつも彼女の心を見透かした発言をする。それがリリスティアには妙にこそばがゆく、素直な答えを返すことが出来ない。
そっけない返事にも、ヒルは笑顔で答えた。
「じゃあ俺たちのこれからやらなければいけないことは、セイレ救出と、国家再建だな」
「良いの?」
リリスティアの表情が途端に暗くなる。
「良いも悪いも、セイレはお前の姉だ。血の繋がりは無くともな」
「そうじゃなくて」
生きているかどうかもはっきりとしないセイレを助ける為には、王国の祈りの塔に行かなければならない。そんな事を一人思い悩むリリスティアに、レオンが明るく声をかけた。
「リリスティアちゃん。なーに気を遣ってんだか手に取るように分かりマスけど。セイレは俺達にとっても助けたい人物デスから気にしなくて良いデスよ」
「あいつは、初めての人間の協力者だからな」
セイレは王と戦った後、少しだけこの地に居たという。
リリスティアはそれを思い出すと、彼らと話すセイレの姿が幻覚のように浮かび上がるのを見た。
きっと、彼らとセイレは色んな話をしたんだ。あのセイレの事だから、疑問を次々にぶつけまくったに違いない。
「変わってマシたよね。怖いもの知らずっていうか……空気読まないっていうか」
恐らく、彼女の質問に答えを出す役だったであろうレオンは、げんなりと当時を思い出していた。
「助けないと後々文句を言われそうだ。捕まっているのに助けないとはどういうことだ、とかな」
「ああ言いそうデス」
ヒルとレオンは互いに笑い合うと、気を取り直しリリスティアに向き直った。
「というわけだ。リリスティア、国を再興、そしてセイレを助けに行く。いいな?」
ヒルにそう言われ、リリスティアは嬉しさを表に出すのをこらえながらも、僅かに笑みを見せ返事をした。
「うん」
「さーて、それじゃあ俺は仕事がたくさん出来ましたからそっちに取りかかりマスよ」
レオンは大きく伸びをすると、机に置いていた資料やら本やらをきちんと纏め、脇に抱え部屋の出口へと向かった。途中顔だけリリスティアに向けると、眼鏡の奥の瞳の目尻を下げ、微笑んだ。
「リリスティア陛下。最初俺はキツいこと言いマシたけど、焦らなくていいデスからね」
「私こそ、その生意気でごめん」
「いいええ。またミリアさんの紅茶で休憩でもしマショ」
扉が軽く閉まる音がし、部屋にはリリスティアとヒルだけになった。
二人だけになると妙に静けさを増すこの空間。それはその広さの所為か、それとも心の持ち方によるものかは分からない。
「さてと、俺も部屋に行くかな」
ヒルは席を立つと、軽く服を整えるような仕草をした。
「俺の部屋は、お前の隣の部屋だから何かあったらすぐ言え」
「うん、分かっ……」
返事をしかけたものの、ヒルから発せられたその言葉を聞き流すことは出来なかった。
「隣?」
「ああ」
リリスティアの眉間に渓谷の如く皺が寄る。
「王が使う部屋の真横に、何故お前の部屋があるの」
「俺はドラフェシルトの隊長で、王の護衛をする者を束ねる立場だ。また、軍部の最高指導者でもある。何かあったらいち早く駆けつける位置に居なければ」
それはそうだが、普通は軍部のものが王族の隣にいるなんてことは聞いたことがない。普通なら王の部屋の隣には王の伴侶が配置される。女王ならば、王配だろう。
「私は一人でも身を守れる。軍の指導者だというなら、もっと動きやすい位置にいた方がいいでしょ?」
「確かに、王の部屋は城の最上階の奥にあるし、不便かもしれないな。だがそれなら尚更、傍にいた方がいいだろう。もしもの事態があった時にはどうするんだ?」
「いや、それは……。でも、いくらなんでも隣は、その」
反論の言葉が無くなってきたのか、リリスティアの言葉尻は小さくなっていった。
するとヒルは、椅子に座っているリリスティアの傍らに急に膝をついた。
ふわり、とローブが揺れて床に広がる。大きな体は屈めてもなお、存在感がある。
ヒルはリリスティアを見上げ、こう言った。
「お前を守ること以上に、大事な仕事なんか無い」
恥じらいもせず、優しく微笑んでそう言われると、さすがのリリスティアも頬を染めずにはいられなかった。
「それでも駄目だというなら、部屋を変えるよ」
「……その言い方は、卑怯だ」
「何故?」
「断れない」
赤くなったリリスティアの顔を見て、ヒルは益々優しい笑顔を見せた。
「なら、部屋はそのままだな」
「……わ、かった」
「くくっ」
ヒルが、堪えきれなくなった様子で笑った。
リリスティアはすぐにカッと赤くなり、ヒルを睨んだ。
「何を笑うの!」
「いや、すまない。……案外、普通の女の子なんだなと思って」
「え……」
「心を開いてくれるまで十年は覚悟していた」
リリスティアは顔に手を当てて考えてみた。
以前の自分は、どんなものだったというのだろう。余程殺伐としていたということだろうか。
「その調子で、もっと心を開いてほしいがな」
どう答えて良いのか分からず、リリスティアは沈黙する。
「言ってみただけだ、気にするな」
なら言わないでほしい、と思いつつ、リリスティアは考え込んだ。他人に心を開くなどと、ここ何年も無かった。聖騎士になってからは特に、他人には警戒を強めていたからだ。
ふと、リリスティアの頭に、とある人物の姿がよぎった。そういえば、彼にだけは素の自分を出していた気がする。
「……元気かな」
リリスティアが無意識に呟く。
「何がだ?」
傍らで膝をついていたヒルが、立ち上がりながら首を傾げる。
「ううん。独り言」
「そうか」
「失礼します」
ふいに、扉を叩く音と共に女性の声がした。それがリリスティアの侍女の声だと分かると、ヒルはすぐさま返事を返した。
「入れ」
するとメイドは丁寧に扉を少し開き、お辞儀をすると部屋の中に入ってきた。リリスティア達に向かって再度頭を下げる。
「お話中、失礼します。先程陛下の旧友だと申される方が城の中庭に見えられました」
「旧友?」
リリスティアが聞き返す。
「はい、このような状況ですからとお断りしたのですが。見たところ剣士のようです。武器を地面に置くなど、敵意がない様子でした」
リリスティアは思い当たる人物が居ないのか、頭をひねらせる。そもそも友などベリー以外思いつかない。
「名前は聞いているか?」
ヒルがメイドに尋ねると、彼女はスカートのポケットから小さなメモ用紙を取り出し、そこに書かれた文字を読み上げた。
それが実は、ヴァイスの民を悪魔に仕立てあげた王族の血に連なる者だというのだ。
「アルフレッドが即位してからは、民の結束は益々強くなった気がする。姉さんも、彼の事はよく誉めて――」
リリスティアはふと、ある疑問を思い浮かべた。
「アルフレッドはセイレを捕らえて何をしたいんだろう」
そのリリスティアの言葉に、レオンが著しく反応を見せた。
「は? セイレって、あのセイレデスか?」
「ええ」
「捕らわれてるって、牢屋に?」
「いえ、祈りの塔の中。巨大な水晶みたいなものの中にいたわ」
「ちょっとヒル君! そこまでは俺聞いてないデスよ?!」
「言って無かったか?」
レオンが慌ててヒルにそう言うと、彼はあっけらかんとした様子で答えた。
「妙なとこ適当なんデスからヒル君は……。しかし水晶の中に人を……?」
「姉さんは生きているに違いない。きっと何かに利用されそうになっているんだ」
リリスティアの瞼にあの美しいセイレの姿が映る。十四年前と変わらない、彼女の姿。実の姉では無いと分かった今でも、思うことはひとつ。
助けたい。
きつく顔を歪ませるリリスティアを見て、ヒルはそれをほぐすかのように彼女の膝にある手に自らの手を置いた。
「なっ」
ふいに手を置かれ半ば条件反射的にリリスティアは手を離すと、ヒルは少し不服そうに頬杖をついた。
「辛そうだったから、心配しただけだなんだが」
「き、急に触るから何かと思ったんだ」
「セイレを助けたいんだろう?」
ヒルはいつも彼女の心を見透かした発言をする。それがリリスティアには妙にこそばがゆく、素直な答えを返すことが出来ない。
そっけない返事にも、ヒルは笑顔で答えた。
「じゃあ俺たちのこれからやらなければいけないことは、セイレ救出と、国家再建だな」
「良いの?」
リリスティアの表情が途端に暗くなる。
「良いも悪いも、セイレはお前の姉だ。血の繋がりは無くともな」
「そうじゃなくて」
生きているかどうかもはっきりとしないセイレを助ける為には、王国の祈りの塔に行かなければならない。そんな事を一人思い悩むリリスティアに、レオンが明るく声をかけた。
「リリスティアちゃん。なーに気を遣ってんだか手に取るように分かりマスけど。セイレは俺達にとっても助けたい人物デスから気にしなくて良いデスよ」
「あいつは、初めての人間の協力者だからな」
セイレは王と戦った後、少しだけこの地に居たという。
リリスティアはそれを思い出すと、彼らと話すセイレの姿が幻覚のように浮かび上がるのを見た。
きっと、彼らとセイレは色んな話をしたんだ。あのセイレの事だから、疑問を次々にぶつけまくったに違いない。
「変わってマシたよね。怖いもの知らずっていうか……空気読まないっていうか」
恐らく、彼女の質問に答えを出す役だったであろうレオンは、げんなりと当時を思い出していた。
「助けないと後々文句を言われそうだ。捕まっているのに助けないとはどういうことだ、とかな」
「ああ言いそうデス」
ヒルとレオンは互いに笑い合うと、気を取り直しリリスティアに向き直った。
「というわけだ。リリスティア、国を再興、そしてセイレを助けに行く。いいな?」
ヒルにそう言われ、リリスティアは嬉しさを表に出すのをこらえながらも、僅かに笑みを見せ返事をした。
「うん」
「さーて、それじゃあ俺は仕事がたくさん出来ましたからそっちに取りかかりマスよ」
レオンは大きく伸びをすると、机に置いていた資料やら本やらをきちんと纏め、脇に抱え部屋の出口へと向かった。途中顔だけリリスティアに向けると、眼鏡の奥の瞳の目尻を下げ、微笑んだ。
「リリスティア陛下。最初俺はキツいこと言いマシたけど、焦らなくていいデスからね」
「私こそ、その生意気でごめん」
「いいええ。またミリアさんの紅茶で休憩でもしマショ」
扉が軽く閉まる音がし、部屋にはリリスティアとヒルだけになった。
二人だけになると妙に静けさを増すこの空間。それはその広さの所為か、それとも心の持ち方によるものかは分からない。
「さてと、俺も部屋に行くかな」
ヒルは席を立つと、軽く服を整えるような仕草をした。
「俺の部屋は、お前の隣の部屋だから何かあったらすぐ言え」
「うん、分かっ……」
返事をしかけたものの、ヒルから発せられたその言葉を聞き流すことは出来なかった。
「隣?」
「ああ」
リリスティアの眉間に渓谷の如く皺が寄る。
「王が使う部屋の真横に、何故お前の部屋があるの」
「俺はドラフェシルトの隊長で、王の護衛をする者を束ねる立場だ。また、軍部の最高指導者でもある。何かあったらいち早く駆けつける位置に居なければ」
それはそうだが、普通は軍部のものが王族の隣にいるなんてことは聞いたことがない。普通なら王の部屋の隣には王の伴侶が配置される。女王ならば、王配だろう。
「私は一人でも身を守れる。軍の指導者だというなら、もっと動きやすい位置にいた方がいいでしょ?」
「確かに、王の部屋は城の最上階の奥にあるし、不便かもしれないな。だがそれなら尚更、傍にいた方がいいだろう。もしもの事態があった時にはどうするんだ?」
「いや、それは……。でも、いくらなんでも隣は、その」
反論の言葉が無くなってきたのか、リリスティアの言葉尻は小さくなっていった。
するとヒルは、椅子に座っているリリスティアの傍らに急に膝をついた。
ふわり、とローブが揺れて床に広がる。大きな体は屈めてもなお、存在感がある。
ヒルはリリスティアを見上げ、こう言った。
「お前を守ること以上に、大事な仕事なんか無い」
恥じらいもせず、優しく微笑んでそう言われると、さすがのリリスティアも頬を染めずにはいられなかった。
「それでも駄目だというなら、部屋を変えるよ」
「……その言い方は、卑怯だ」
「何故?」
「断れない」
赤くなったリリスティアの顔を見て、ヒルは益々優しい笑顔を見せた。
「なら、部屋はそのままだな」
「……わ、かった」
「くくっ」
ヒルが、堪えきれなくなった様子で笑った。
リリスティアはすぐにカッと赤くなり、ヒルを睨んだ。
「何を笑うの!」
「いや、すまない。……案外、普通の女の子なんだなと思って」
「え……」
「心を開いてくれるまで十年は覚悟していた」
リリスティアは顔に手を当てて考えてみた。
以前の自分は、どんなものだったというのだろう。余程殺伐としていたということだろうか。
「その調子で、もっと心を開いてほしいがな」
どう答えて良いのか分からず、リリスティアは沈黙する。
「言ってみただけだ、気にするな」
なら言わないでほしい、と思いつつ、リリスティアは考え込んだ。他人に心を開くなどと、ここ何年も無かった。聖騎士になってからは特に、他人には警戒を強めていたからだ。
ふと、リリスティアの頭に、とある人物の姿がよぎった。そういえば、彼にだけは素の自分を出していた気がする。
「……元気かな」
リリスティアが無意識に呟く。
「何がだ?」
傍らで膝をついていたヒルが、立ち上がりながら首を傾げる。
「ううん。独り言」
「そうか」
「失礼します」
ふいに、扉を叩く音と共に女性の声がした。それがリリスティアの侍女の声だと分かると、ヒルはすぐさま返事を返した。
「入れ」
するとメイドは丁寧に扉を少し開き、お辞儀をすると部屋の中に入ってきた。リリスティア達に向かって再度頭を下げる。
「お話中、失礼します。先程陛下の旧友だと申される方が城の中庭に見えられました」
「旧友?」
リリスティアが聞き返す。
「はい、このような状況ですからとお断りしたのですが。見たところ剣士のようです。武器を地面に置くなど、敵意がない様子でした」
リリスティアは思い当たる人物が居ないのか、頭をひねらせる。そもそも友などベリー以外思いつかない。
「名前は聞いているか?」
ヒルがメイドに尋ねると、彼女はスカートのポケットから小さなメモ用紙を取り出し、そこに書かれた文字を読み上げた。